銀河と昴と虚子
虚子の「句日記」にて
だいぶ時節遅れの話題になるけれど、「俳壇」2024年7月号にひとつ気になる記事があった。
この号は高濱虚子生誕百五十年を記念した特集が組まれている。井上泰至氏・西村和子氏・堀切克洋氏による鼎談をはじめ、虚子をめぐるさまざまな記事が53ページにも渡って掲載されていた。
その中に、本井英氏が書かれた「写生の奥にあるもの」と題されたエッセイがあるのだが、そこに書かれていることが気になったのである。
このエッセイでは、虚子の『句日記』(昭和二十八年、創元社刊)のうち、昭和24年7月23日についての記述と句群が引かれている。
虚子がこの日の未明に虚子庵の縁側に出て座り、夜空を眺めつつ詠んだと考えられる句が並んでいる。なお、本井英氏のエッセイには、この日の出来事について高濱年尾が書いた『俳句ひとすじに』中の文章も引用されている。(虚子の書いた本文には「蚊帳を出て雨戸を開け」としか書かれていないのに、なぜ「縁側に出て座」って空を眺めたと言えるのかは、年尾が「藤イスを縁に引出して父はそれに腰をおろした」とそこに書いているからだ。)
本井氏はこの『句日記』の句群、特に虚子が自身の死後という超越的な世界に対するまなざしを持っている句を示すことで、虚子の俳句の世界が決して形而下の事物の観照のみにとどまるものではなく、より複層的な世界観を持っていることを示そうとしている。こうした本井氏の主張に対しては、もちろん私が異論をさしはさむべくもない。私が気になったことは、本井氏の記事の中心的な内容に関するものなのではない。それに対してはごくごく末節のことに過ぎないのだ。
銀河は星の大集団を内から見たもの
私が気になったのは、虚子の句が「銀河」と「昴」を詠みあわせている点である。
まず「銀河」とは言わずもがな季語であり、天の川のことである。天の川は、夜空を南北にまたがって見えるぼんやりとした光の帯であるが、その正体は星の集まりだ。肉眼では個々の星々として識別できないほどの明るさではあるが、たくさんの星が集中して見えているのでほのかに光る白い帯として見えるというわけだ。
さらにいえば、この銀河、天の川とは、私たちの住んでいる地球や、その他の惑星・衛星、またそれらを率いる太陽が属している「銀河系」という星の大集団である。その大きな星の集まりを内側から眺めたものが、夜空にかかった河のような形として見えているということなのである。
私たちの太陽系は、銀河系の辺縁部寄りに位置していて、銀河系の中心部の方を見るのかその反対の方を見るかで星の凝集度や広がりの幅が異なるということが起こる。つまり、天の川の見た目が変わるのだ。銀河系の中心部を見るのであれば、星がより集まっているところを見ることになる。また、銀河系自体は中心部分が膨らんでいて、たとえるならばどら焼きのような姿をしているから、中心の方を見るならば、天の川は太くて濃いのである。それに対して、銀河系の端の方向を見るのであれば、星はまばらな方を見ることになる。だから、その場合の天の川は細くて薄い。
季節と銀河の姿
この、銀河系の中心部分を見ることになるのか端の方を見ることになるのか、というのは地球の公転軌道上での位置に関係している。つまり、季節によって異なるのだ。
銀河系の中心部方向を見る位置に地球が来るのは、地球の北半球が夏~秋の頃である。反対に、冬~春の時季は、地球からは銀河系の端の方を見ることになる。
だから、夏の夜に見られる天の川は濃く太い。一方、冬の夜に見られる天の川は細くて薄い。
夏の夜に見られる天の川というのは、こと座のベガとわし座のアルタイルをほぼ挟むようにして見られる白い帯状の明るさがそれである。なお、ベガは織姫、アルタイルは彦星であり、この二人が天の川で隔てられてしまうという七夕伝説は、この二つの恒星と銀河の位置関係から生まれている。
そして、冬の夜に見られる天の川は、オリオン座のベテルギウス、おおいぬ座のシリウス、こいぬ座のプロキオンから成る「冬の大三角」のあたりに見える。
この二つの季節の天の川は、もともとは銀河系という一つの実体の二つのパースペクティブに過ぎないのだが、季語として「天の川」、「銀河」、「銀漢」というときには、夏の夜に見られるそれ、つまりベガとアルタイルが挟むそれを指しているのは間違いない(季語としては秋に属するのではあるが)。逆に「冬銀河」という季語が指すのはオリオン座やシリウスなどとともにみられる天の川のことであろう。
プレアデス星団
次に、「昴」とは何なのか。これは、「プレアデス星団」と呼ばれる恒星の集まりの和名である。星は宇宙空間を漂うガスが凝集して生まれるが、多くの場合はガスから一つだけ星が生まれるのではなく、兄弟姉妹のように複数の星が生まれ出る。そのようにして、近い領域に集まって見えている恒星の集団が星団と呼ばれ、昴もそんな天体の一種だ。
「昴」という名は「統まる」という古語に由来する。肉眼で空を眺めても一カ所に星がいくつか集まっている様子が認識できるところから、いくつかの宝玉を紐で通して一つにした(統べた)飾りに見立てて、この名で呼ばれるようになったという話である。なお、「プレアデス星団」という呼び名の「プレアデス」というのはギリシャ神話に登場する七人姉妹の女神の総称だ。星のそれぞれが姉妹に見立てられ、彼女たちが集まっている様がこの天体であると考えられたわけだ。
なお、星団と呼ばれる天体には、望遠鏡や双眼鏡を使わずに肉眼で星の集団だと分かる天体はそう多くない。逆に、肉眼でそれと識別できる昴はそれだけ特徴的で目を引く天体である。全天の星座や星々にくまなく神々の名やそれに関わる事物の名を与え識別していたヨーロッパ(古代ギリシャに端を発する)と比較して、天体を呼称する大和言葉は格段に少ない。それは私たち日本人が夜空の星々にあまり関心を向けていなかったことを示すものである。
その中でプレアデス星団が固有の和名を与えられていたことは大きい。『枕草子』のなかでも「星はすばる」と言及されており、それだけ日本人にとっても古くから注目されなじみのある天体であると言える。
昴は冬の天体
では、この昴は一体天球上のどこに見えるのか。これが本文の最も大きな問題である。要点から言えば、昴はおうし座のなかに位置している天体であり、その見ごろは冬なのだ。
おうし座は、星座絵では前足をあげて駆けようとしている牛の前半身だけの姿として描かれる。牛の眼の位置にはアルデバランという、赤みを帯びた光を放つ一等星があり、その近辺にVの字型のように星が並んで、牛の顔を形作る(なおその中には、ヒヤデス星団という、昴よりは目立たない星団もある)。そこからやや西北西の方、牛の姿でいえば肩のあたりに昴がある。
そして、おうし座自体の位置はというと、だいたいオリオン座の西隣と言っていい。プラネタリウムでは、オリオン座の中央にある三ツ星を結び、その線を西の方に伸ばしていくとおうし座のアルデバランが見つかると案内することがよくある。
おうし座のアルデバランは、オリオン座のリゲル、おおいぬ座のシリウス、こいぬ座のプロキオン、ふたご座のポルックス、ぎょしゃ座のカペラという他の五つの星と線で結んで「冬のダイヤモンド」という六角形を構成する。そんな冬の星座の代表格であるおうし座に属する昴は、やはり冬に見ごろの天体であると言わざるをえない。
なお、「俳壇」2024年7月号にて本井英氏は、この虚子の句群についての解釈として
と書いている。これは明らかに間違った解釈であるということは指摘しておかねばならない。昴が秋の季語であるところの「銀河」の中に見えることはまずあり得ない。
「銀河」と「昴」、遠くない?
ここまで「銀河」と「昴」についての説明がかなり長くなってしまったが、話を虚子の句に戻そう。虚子は以上のような「銀河」と「昴」を句に詠みこんでいる。それが少し奇異な感じがしたのだ。
もちろん、時間帯によっては夏の方の(秋の季語の)銀河と昴が同時に見えることもあり得る。国立天文台の「きょうの星空」https://eco.mtk.nao.ac.jp/cgi-bin/koyomi/skymap.cgiで調べてみると、7月23日であれば午前2時には南西の空に天の川を見つつ、東の空やや低いけれども昴がすでに天空に上っていることが分かる。
昭和24年当時の虚子庵からの眺めが実際にどうだったかは分からないけれども、周囲に高い建物が無く、空を東西に広く仰げる環境で、しかもその夜がよく晴れていたのであれば、銀河と昴が共にある夜空は十分可能な眺めだろう(よく晴れていたのであれば、という条件もなかなか気になるのだが……)。
とはいえ、銀河と昴はやはり視線として離れすぎているように思うのは私だけだろうか。ひとつの句に詠みこむには距離がある、私にはどうしてもそう思えてしまう。
蕪村も東西にある天体を詠んだけれども
もちろん、私達は与謝蕪村の詠んだ〈菜の花や月は東に日は西に〉という、東西の対照的な位置にある天体を詠んだ句のことをよく知っている。しかし、この句は一方では月、もう一方では太陽という二大天体を詠んだものである。レトリック面で考えても、「月は東に日は西に」というリズムの無類の心地よさは、東から西への大胆なカメラワークを必然性のあるものにしていると思う。
それに対して、虚子の句群の二句目〈昴明く銀河の暗きところあり〉などはどうだろう。この散文的とも言える質朴な調子は、蕪村の句とは対照的である。「明く、暗き」というコントラストが要素としてはあれど、東天の昴から、南天低いところの銀河の暗み(銀河中心にあるブラックホールのあたりがこのように暗く見えるのだ)へ視点を推移させるには、あまりに鈍い韻律だと私は思う。
むしろ〈流れ行く大根の葉の早さかな〉や〈川を見るバナナの皮は手より落ち〉よろしく、放心に近いまなざしでひとところを見ているような視点をこの句から感じるくらいだ。「銀河の暗きところ」の近くに位置するさそり座のアンタレスを虚子は昴だと勘違いしていたのではないか、そんなふうに言いたくなる(ただ、最後の句〈昴燃え時計は三時明け易き〉からその可能性は否定される。この日の午前3時頃にはアンタレスは沈んでいるようなのだ)。
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もちろん、虚子が本当に東天の昴に目をつけ、南西の空ややかたむいている銀河にそれを配合させようと純粋に考えたのかもしれない。その真相のほどは何とも言えないし、またその如何によってこの句群の文学的な価値が左右されるなどということは無いはずだ。私自身がかつてプラネタリウムの解説員をしていたことがあり、天体の位置について多少の知識があるためについつい気になってしまったのである。
こんなに長々と、俳句にはあまり貢献しないことを書いてしまったと思う。