入試問題の俳句鑑賞 ~灘中学2024年度①~
私は、普段は国語科の学習塾を経営しており、そのかたわらで俳句をやっている。このような立場の者として、入試問題に出題される俳句はそれなりに気になる存在だ。
入試問題の俳句といえば、私が真っ先に思い浮かべるのが灘中学である。最新の2024年度では、このような問題が出された。
灘中学の入学試験は国語・算数・理科の3教科が受験生に課せられるが、国語と算数は2日にわたって2回の試験が行われる。1日目の国語の問題は語句の知識に関する出題であり、2日目は文章の読解問題が出されるというのが毎年の形式だ。
問題構成に各年若干のちがいはあるが、1日目には例年俳句の出題があり、たいていは上記のように季語となる言葉を推測させる内容になっている。
この問題の解法を考えていこう。
音数によって答えの候補となり得る選択肢をしぼっていくというのが考え方の第一歩になるだろう。もちろん、厳密に五・七・五のリズムにはなっていない字余りや字足らずの句もあり得るため、必ずしも音数では決められないと考えることもできる。しかし、入試問題である以上は、どのような難度であれ、手がかりをたどって論理的に考えて行けば必ず答えが導きだせるかたちになっていると考えるのが筋だ。そうだとすれば、その手がかりの1つとして音数という要素が受験生に与えられている可能性は高いはずである。
また、問題文にある「次の俳句は新年から春夏秋冬の順でならんでいます」というただし書きも要注目である。音数とこの条件を考えに入れていけば、句の内容を深く理解しない段階でも選択肢をかなりしぼることができる。
( 1 )…4音→ア、エ、カ、ケ(ただし、夏の季語であるアとケ、冬の季語であるエの可能性は低い)
( 2 )…2音→イ、オ、ク、コ(ただし、冬の季語であるクの可能性は低い)
( 3 )…2音→イ、オ、ク、コ(ただし、冬の季語であるクの可能性は低い)
( 4 )…4音→ア、エ、カ、ケ(ただし、新年の季語であるカの可能性は低い)
( 5 )…3音→ウ、キ、サ、シ(ただし、春の季語であるウとキの可能性は低い)
( 6 )…2音→イ、オ、ク、コ(ただし、新年の季語であるオ、春の季語であるイとコの可能性は低い)
この段階で、( 1 )と( 6 )はすでに答えの候補が1つにしぼられてしまう。( 1 )にはカの「すずしろ」、( 6 )にはクの「葱」の入る可能性が高いとみなせる。
ただし、このようにしぼることができるのは「それぞれの選択肢がどの季節の季語であるか」を明確に理解していることが前提となるのは言うまでもない。
しかし、問題の設計としては、そうでなくとも正解を推測することはできるようになっているようだ。たとえば( 6 )を考えてみよう。ここで明らかな手がかりとなる言葉は、「棒」と「刻む」だ。「…のひかりの棒」という表現になっているのだから、( 6 )にあてはまるのは棒のような形状の植物であると推測できる。しかも、それを「刻む」というのは、包丁などで切り刻むということを意味していると考えられる。つまり、料理に使う植物がここに入ると推理できるのだ。
料理につかう、棒状の植物…
やはり「葱」しかあてはまらない。( 6 )に入るのはクで間違いないと考えてよい。
正解が分かったところで、少しこの句を鑑賞してみよう。
私は「いぶき」という俳句会に所属しているが、その代表をしている今井豊・中岡毅雄は両者とも黒田杏子に学んでいる。私自身は直接教えを受けたことはないのだが、そのような事情から黒田杏子の句に浅からぬ縁を感じるし、実はこの句についても知っていた。
「ひかりの棒」というのが少し大きすぎるたとえであるとも思えるが、白葱の清潔な色つやを印象深く表現していると思う。「ひかり」という平仮名表記がやさしい。
こんなふうに葱が明るく生き生きと見えているのだから、その空間は光に満ちているのだろう。時間帯はきっと朝。「葱」は冬の季語なのだから、これは冬の朝の景だと考えるべきだろう。
冷え冷えとしつつもきりっとした朝の光が存分に入ってくる台所で、葱はまな板の上に横たわっている。もしかしたら、この葱でお味噌汁を作るのではないだろうか。だとすれば、お湯をわかすグツグツグツ…という音も聞こえていそうである。
葱を刻むというのはごくありふれた日常の行動であり、特別なことは何もないはずだけれど、なぜだかそんなささいなことがとても尊く思える。「いま」という二字が、日々の中にふと胸をよぎるそんな尊さを抱きこんでいるように感じられる。
……こんなふうに、正解の季語を考え出す筋道をたどりつつ、答えが分かったものから鑑賞をものしていこうと考えている。だが、1つ目からすでにかなりの分量になってしまった。
書き出したはじめは、他の年度の問題のこともどんどん書いていこうと思っていたが、このままでは2024年度だけでもだいぶ時間がかかりそうだ。
ひとまずここで一段落し、続きはまたの折にしようと思う。
(つづく)