療法士の大学院進学はキャリアに繋がるのか、を真剣に考えてみた
社会人の学び直しや、更なるステップアップの手段として"大学院進学"を選ぶ方は非常に多くなっており、これは療法士業界でも同様となっています。
前回、【理学療法士の学位と給与】に関する記事を書きましたが、そこで理学療法士業界は経験年数が給与に反映しづらいこと、大卒と専門卒では給与に差がないことが見えてきました。
こうなると、大学院という高等教育を修了することによる待遇の変化にも興味が湧いてくると思います!
療法士の場合は、学会発表や論文執筆などの学術活動のステータスが高いこともあり、大学院に進学するケースが多いようですが、それらが自身のキャリアに繋がっていないと悩むケースも少なくないようです。
大学院に限らない話ですが、【経験や自己研鑽をキャリアにどう繋げていくか】は中々難しい課題であり、先が見えない時代だからこそ重要な課題になっていると感じています。
そこで一番わかりやすいものとして「大学院を修了すると給与は変わるのか」という調査をしてみたことがあります(キャリア=お金という意味ではないので悪しからず)。今回は【修士号と給与】についての調査結果をご紹介しつつ、この調査したことで見えてきた僕なりの疑問についてもまとめてみたいと思います。
大学院を検討されている方はもちろん、ご自身の働き方やキャリア形成を考えておられる方にとって、少しでも気づきがあれば幸いです。
理学療法士の修士号取得による金銭的インセンティブは0.6%
【調査】理学療法士の学歴が金銭的インセンティブに与える影響(2012年)
調査方法は、僕が当時所属していた大学に届いた理学療法士の求人票を全て抽出し、大学卒者と専門学校卒者の給与の違いを調査するというものでした(その結果は前回の記事でまとめています)。
この調査を進めていく中で、「大学院教育はどうなのだろう?」ということに関心が出てきたので調べてみました。
その方法は、修士号を持つ者に対し給与の上乗せをする施設はあるかどうかを調べるというものでした。その結果は以下の通りです。
調査した487施設のうち、3施設(約0.6%)で修士号取得者に対して給与の上乗せがあることがわかりました。
もちろんこのデータは大学に来ている求人情報ですので、中途採用を反映しているとは言えません。しかしながら、この傾向は中途採用でも同様の結果になる可能性が高いと考えられます。
『PTが修士号を取るメリットは給与的には一切ない』
と結論付けざるを得ないのかもしれません。
こういう話になると、「別に私は給料上げたくて大学院に来ているんじゃない」という意見も出てきそうですが、理学療法士という職域として考えてみるとかなりセンシティブな問題だと思います。
なぜなら、工学系などの職種であれば、修士号を取ると給与は上がることが一般的です。博士号は取ると給与をあげなくちゃいけないので、企業は避けることがあるという話も耳にします。
しかし理学療法士の場合はほぼあり得ないということなのです。
理学療法士には学歴なんていりませんよ!
と雇用する病院施設から言われているようなものなのです。
これは一体なぜなのでしょうか?もう少し考えてみたいと思います。
海外のPT教育から大学院について考えてみた
大学院教育の位置付けを考えていくときに、海外の理学療法教育について調べてみると面白い発見がありました。
まずは、理学療法士になる養成課程の違いです。資格取得に必要な学位レベルを“Entry level”と言いますが、このEntry levelは国によって異なります。
有名どころで言えば、アメリカ合衆国は大学院でPTを養成します(専門職大学院でDoctor of Physical Therapy;DPTの学位となります)。カナダでも同様に専門職大学院でPTが養成され、イギリスやオーストラリアは大学院と大学のどちらかで養成されています。
最近では台湾でもDPT制度が開始され、注目が集まっていますね。
一方、日本は専門学校か大学教育です。おそらくここに同じ職種でもその社会における地位や扱いの違いがあることが予想できるかと思います。
ここで気づくことは、大学院教育大きく分けて2つあるということです。
・《Professional doctorate》専門職としての博士課程
・《Research doctorate》 研究職としての博士課程
諸外国では理学療法の大学院教育でもこの2つの博士課程が存在し、専門職学位は専門職としてより高等教育を受けた存在として、差別化がなされています。一方、我が国の理学療法養成校における大学院は全てResearch doctorate(研究職としての博士課程)のみとなっています。
つまり、日本の理学療法教育における大学院の位置付けは「研究に関わる知識やスキルを身につけ、研究職として育成すること」と言えます。
大学院で高める研究力と、臨床現場で求められる能力が合致していないことが、上述の調査の結果に影響しているのではないかと僕は考えています。
*諸外国の理学療法については日本理学療法士協会の国際事業のサイトに豊富な情報が載っていますので、興味のある方はチェックしてみてください。
⇨https://www.japanpt.or.jp/pt/international/
ちなみに、文部科学省が『大学院教育の在り方』に関する提言の中で、修士課程は『教員の資質の向上を図るため』という箇所が強く書かれていますので、やはり大学院は大学教員を育てる場という認識が日本では強いと考えられます。
⇨https://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo4/gijiroku/attach/1410662.htm
学位が治療成績に与える興味深いデータ【看護師編】
ここで疑問が出てきます。
大学院で高等教育を受けたとしても臨床現場に与える影響は一切ないのか?
僕の個人的な感覚ですが、そんなことはないのではないかなと思っています。しかし中々そんなことを検証しているデータは見当たりません(ご存知の方はコメントで教えてください)。
一方で、看護師業界には注目すべきデータがありますのでご紹介したいと思います。
Aiken et. al :Educational levels of hospital nurses and surgical patient mortality. JAMA, 2003, Sep24;290(12): 1617-1623(https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/14506121/)
こちらは2003年JAMAに発表されたデータです。
「看護師の教育水準の向上は患者死亡の減少をもたらすか」を検証しています。
その結果、学士または修士を持つ看護師割合と、患者死亡率及び重症合併症患者死亡率に有意な関連があり、看護師の経験年数とは関連がなかった。
この結果だけで「学位が大切だ」と結論付けることはできませんが、看護師業界ではこのように学術的にも学位(教育水準)を高めていくことの重要性をきっちり出していることが素晴らしいと思います。療法士業界でもこのようなデータを蓄積していきたいものですね。
ちなみに、このテーマについては他にも論文が出ていますので、いつか記事にしてみたいと思います。
まとめ
ここまで見てきてわかることは、
①理学療法教育における大学院は研究者育成を目的としたもの
②臨床現場における金銭的インセンティブはほとんど期待できない
ということだと思います。
やはり大学院での経験をどう活かしていくかは人それぞれという結論になってしまいそうです。しかしながらもう一つの気づきはこのような情報を知った上で自分なりの『大学院に進学する目的』を持つことが大切だということだと思いました。
研究者になりたい(または研究のスキルを高めることを目的とする)場合、大学院は非常に素晴らしい環境であることは間違いありません。研究を通して論理的思考や問題解決能力を身につけ、様々な仕事に繋げていく方も最近ではどんどん増えてきています。
一方で、研究を志していない場合や、安直なキャリアアップを目的に大学院に進学しようとすることは、合理的な判断とは言えないかもしれません。
このように大学院に進学する目的を明確にし、その目的と合致した手段として大学院が適切かを考えることが大切です。また、大学それぞれにアドミッションポリシーがあるので、どの大学院に進学するかによっても、目的と結果は大きく変わってくると思います。
僕の出身校である畿央大学のアドミッションポリシーには、『高度専門職業人、教育研究者として健康科学の実践の発展に貢献する』とあり、やはり自分に適した良い大学だと改めて感じています。
さいごに
先が見えないこの時代、単に大学院進学を考えるだけでなく、自分自身のキャリアを考えることが不可欠となってきています。しかしながら、療法士の業界では、キャリア教育は普及しておらず、またそれを論じるためのデータも乏しい現状にあります。私たちはまず知ることから始めていく必要があると考えています。
そこで現在、『療法士のキャリアに関する調査』を行っております。
今回のアンケートを通して、現代の療法士が考える”理想”と”不安”を見つめ直し、個人のキャリアと組織のマネジメントを考えるきっかけにしていきたいと考えています。それが業界を発展させる一助になると信じています。
回答にご協力いただいた方には、集計結果を分析し、共有させていただく予定です。何卒、ご協力のほどよろしくお願いいたします。
《調査概要》
・テーマ:療法士の理想のキャリアと不安・悩みに関するアンケート調査
・対象: 理学療法士、作業療法士、言語聴覚士
*対象外の職種の方もご回答いただけます。
・所要時間: 6分程度
・お礼: 調査結果を分析し、まとめて共有させていただきます
・調査責任者: 山本純志郎、細川寛将
☆アンケートフォーム:https://forms.gle/RfvajCXW1TGrHMPB7
*本アンケート調査の募集は終了しました。
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アカウント:https://lin.ee/HaQYs2L
尚、本調査は論文化や学会発表を想定したものではなく、研究としては事前調査という意味合いで行っております。個人情報の保護には十分注意しており、個人を特定できる情報を取得する項目はございません。結果の公表につきましては、主に回答者の方へ個人情報を含まない集計結果をclosedな環境で共有させていただきますことをご理解ください。
最後までお読みいただきありがとうございました。
山本純志郎