渡辺明先生の芸術

我々の世代からすれば、"渡辺明"その人は強さの象徴である。

さらに言えば、明るいトーンで繰り出されるユーモアに溢れたマシンガントーク。あれほどの立場でありながらファンサービスの意味も込めて踏み込んだ発言をする事の凄さは、棋士になった今ならよく分かる気がする。
リスクを取る事より大事な何かを取っているという事だと勝手に推察している。

子供時代からのお手本であり続けている渡辺将棋は、多面的な強さを持っているが「堅い、攻めてる、切れない、勝ち。」のフレーズで集約できるような観る者に伝わりやすい魅力がある。

子供たちに、「渡辺先生を真似しましょうね。」と教えやすいというのは実はかなり固有の魅力なのではないかと思う。

"試合巧者"と言われる事が多いように、"再現性の高い理想的なゲーム展開"を得意とする渡辺先生の駒運びは、言うなれば名将と言われるような監督の名采配を見ているようで、"人間離れした個人技で押す"みたいなスタイルとは一味違った魅力があると思うのだ。
そして、そういう誰もが真似したくなるような試合運びの妙を芸術の域にまで高めている点が渡辺先生の将棋の魅力の一つではないかなと個人的に思う。
また、ご本人は恐らく芸術などという非合理的視点では考えていなさそうなのに、結果的にこちら側は芸術を感じてしまうくらい綺麗な将棋というところがミソだ。

他に表現すると、
・「大体こうだよね」の大局観の正確性の高さ
・絶品の「穴熊感覚」
・少ない手数で相手の急所を突く攻めのシャープさ
・攻めに繋げるための「伸ばしの受け」の技術(犠打などが上手いイメージ)
・入玉形も上手い
・総じて強い

こんな感じだろうか。

一時B1に降級した渡辺先生が、得意とする堅さ重視の戦い方に現代将棋の感覚をチューニングして見事に復活したのは記憶に新しい。やはりどんな戦い方をしても強いんだ、と感動した事を覚えている。

その渡辺先生が今回の名人戦に持ってきた戦い方は、現代の居飛車最新系(角換わりや相掛かり)よりは研究勝負になりづらく王を堅陣に組みやすい矢倉雁木系統の将棋だった。後手番で2手目△3四歩で自分の土俵に持っていく指し方はここ数年ではあまり見ていなかったと思う。

自分の得意とする戦いに命運を委ねるーー"堅さへの回帰"に、子供の頃から渡辺将棋を見てきた自分は胸が熱くなった。あの勝ちパターンを史上最強棋士である藤井聡太挑戦者相手に見られるかも知れない。と。
それだけ印象が強く、渡辺先生の「堅い、攻めてる、切れない、勝ち。」は芸術的なのだ。

渡辺先生を見て育った世代には切ない夜である。

ーー

んー。正直自分は振り飛車党なので、渡辺将棋の凄さや魅力について語るには力不足感が否めないです。ごめんなさい。
ただ、自分なりに表現するとこういう事かな、と思って書いてみました。

とりあえず2008年の羽生ー渡辺の竜王戦第七局を並べて寝る事にします。

山本博志

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