わかめくん
わかめくんは、サメのいる海にぽつりとうかぶ島の近くで、ゆらゆらとゆれています。ゆらゆらとゆれながら、あたりをおよぐサメをいつもみていました。
サメはつよくて、せびれがとてもかっこいいとわかめくんはおもっていました。
みんなも「サメにはかなわないよ」といいます。
サメはぎざぎざの歯とあごの力で、どんなものもかみくだいてしまいます。
わかめくんは、いつかこのサメにくわれてしまうのではないかと思うこともありましたが、サメはわかめを食ったりはしません。わかめにはきょうみがないのです。ぎらぎらとした目で、今日もサメは、えものをねらいます。
わかめくんは、およぐことができません。海底にひっついて、しおの流れにたゆたうことしかできませんでした。
じゆうにおよぎまわる小魚が、わかめくんにはうらやましく思えました。
ぼくはどうして、ここにいるしかできないのだろう。
わかめくんはいつもそう思っていました。
「サメはかっこいいなぁ…」
ある日、サメを見ながらわかめくんはそうつぶやきました。
すると、わかめくんのもとにあつまっていた小魚のいっぴきが、こういいました。
「なにをいうんだ、きみは。ぼくはサメがこわくてしかたがないんだよ。だってぼくらを食べてしまうんだもの。そら、見てごらん、また食われたよ。いま食われたあれはね、ぼくのきょうだいなんだ。」
小魚はぶるぶるとふるえて、わかめくんの根もとにかくれました。
それはかわいそうに。わかめくんは小魚をサメからかくすために、根もとに力を入れて、思いっきりにゆらゆらとゆれました。そのさまは、ひにくにも、まるでダンスのようでした。
するとおおきくゆれるわかめくんのもとに、もっとたくさんの小魚があつまりはじめました。あそこにかくれれば、きっとだいじょうぶであろうとかんがえたのです。
わかめくんはたくさんあつまってくる小魚にこたえるために、さらに根もとに力をこめました。
ゆらゆらとゆれるわかめは、小魚をサメからたしかにまもりました。まもられた小魚はあんしんして、わかめくんにあわせて、ゆかいにおどりだしました。
小魚たちはだんだんとたのしくなって、わらいだしました。
「なんてたのしいのだろう!こんなにたのしいのは、うまれてはじめてだ。しらなかったよ。わかめくんはすごいなぁ。こんなにおどれて、すごいなぁ。」
わかめくんは根もとにもっと力をこめて、そして思いました。
ぼくは今、しあわせだなぁ。
かっこいいせびれはないけれど、じゆうにおよぐこともできないけれど、
でもたしかにぼくは今、しあわせだなぁ。
たのしそうにおどる小魚を見て、わかめくんはさらに思いました。
ぼくは、ここにいていいのだ。
ここにいるから、いいのだなぁ。
今日、わかめくんは、小魚にたいせつなことをおしえてもらいました。
…
サメはじゅうおうむじんにえものをねらい、およいでいました。
みんなこわがって、にげていきます。でもそうでないと、サメは生きていくことができないのでした。
オレにはオレの生きかたがある。サメはそれをよく知っていました。
サメの目に、わかめがうつりました。ゆらゆらとせいだいに、ゆれています。
「あいつはなんだか、たのしそうだな。」
サメはそうつぶやいて、すこしうらやましいと思いました。
ですがすぐに思いなおして、せびれに力をこめました。
〝これがオレのありかた”
サメはスピードを上げてえものをおいます。
〝これがぼくのありかた”
わかめくんは小魚とともにゆれて、おどります。
サメのいる海にひとつあるその島は、
今日もここで、ぽつりとうかんでいます。
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