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3. 地質遺産、地質学的なもの、地質学的物質、そして地質物品

前回は、「ジオパーク用語の曖昧さ」について考えてきましたが、今回は議論のテーマである地質物品の販売に関わる用語の曖昧さについて述べていきます。ユネスコ世界ジオパークのガイドラインに記述された「地質物品の販売に特化した部分の記述」をもう一度見てみましょう。

ここでは、①地質遺産、②地質学的なもの、③地質学的な物質、という3つの用語が使われていて、しかもGuy Martini氏の動画では、そのタイトルに「地質遺産の保全と地質物品の売買の問題」となっています。そして、いつのまにか「地質物品」という第4の用語が現れています。このコラムでは、主に「地質物品」という用語を用いていますが、もちろんこの定義も、他の用語同様に、不明瞭で確定していません。ひとつひとつ考えていきましょう。
 ジオパークの概念の基本である「地質遺産」の定義も曖昧です。ガイドラインの作業指針 2.基本概念の2.2.において、「国際的な地質学的重要性を有するサイトや景観」というのが、定義に最も近いと思うのですが、明瞭に示されていません。 
 Guy Martiniの動画において、「地質遺産」という用語が国際的に初めて採用されたという「地球の記憶」の権利に関する国際宣言では、『地球の過去、人類誕生以前の記憶である新しい遺産』と述べられています。この定義は、非常に幅の広いもので、地球上の地層や岩石のすべてが含まれる可能性があります。この国際宣言は、ジオパーク発足のきっかけとなっていることから、ジオパーク発足以前の定義であり、ガイドラインで述べられている「国際的な地質学的重要性」は、ジオパーク発足後に加えられた定義であることが分かります。

 注:「地球の記憶」の権利に関する国際宣言  https://geopark.jp/jgn/pdf/digne_declaration_japanese_traslation.pdf

「地質学的なもの」は、「地質遺産に関連する具体的なアイテムや工芸品、化石や鉱物、装飾用の岩石などを指す」とガイドラインで述べられていますが、上記のように地質遺産の定義がはっきりしないと、この「地質学的なもの」が何を示すのか?は明瞭には定まりません。ガイドラインで『いわゆる「石の店」で通常見られる物』とも補足説明されていますが、そもそもどの店が「石の店」なのか明確に言える人は、あまりいないでしょう。ましてや世界各国で商売の形式は異なり、「石の店」の説明は世界中で使えるとは思えません。ガイドラインでは、「地質学的物質」の持続可能ではない取引を積極的に防ぐように指摘されています。地質物品の販売を議論するときに最も重要な用語のはずですが、この「地質学的物質」は『岩石や鉱物などからなる原材料など、広範囲の地質関連の物質』とされており、その適用範囲は極めて広いと考えられます。そもそも地質学が扱う物質は、岩石・化石・鉱物に限らず、水やガス、空気、土砂、砂礫など、地球上のありとあらゆる物質に及びます。もちろん「岩石や鉱物などからなる原材料など」という制限があるにしても、「など」がついている以上、範囲はあまり限定されません。
 2023年10月28日に開催された日本ジオパーク第13回全国大会の基調講演において、茨城大学の岡田誠教授は、地質学者にとって、すべての地層は地球の記憶を保存しており「地質遺産」であると述べています。これは、多くの地質学者の本音だと思います。私もある意味同感です。ジオパークでは、国際的に価値があることが研究者によって調べられた地層や岩石からなるサイトや景観を地質遺産としていますが、それは研究された時点の話であって、すべての地層や岩石は、地球の記憶を保存しており、今はジオパーク的意味で地質遺産でなくても、近い将来だれかが詳しい研究をして、地球の記憶を明らかにした場合、そこは地質遺産となる。つまり地球上のすべての地層や岩石は、ジオパーク的意味での地質遺産となるポテンシャルを有しているのです。そして、ジオパーク的意味は現時点での話ですので、地球の歴史の中では、岡田先生のおっしゃるとおり、地球上のすべての地層や岩石は、地質遺産に該当するはずです。このことが、ジオパークの審査において、どんな岩石・鉱物・化石を販売しても、それはジオパークの理念に反しているという判断をしばしば生じさせる要因となっているのでしょう。またガイドラインにおいて『いかなる産地のものであろうとも「地質学的なもの」の売買に関わってはならない』と表現されていることや、『地球上のありとあらゆる物質を含む可能性のある「地質学的物質」の販売を積極的に防ぐべきである』という強い表現で示されていることは、このような事実に起因していると思われます。

地質物品(岩石・鉱物・化石など)の販売は、ジオパークの規則で禁じられています。