SF笑説「がんばれ!半田くん」⑯ 海そして生命
「冷たい!」
だれかが突然叫んだ。
岩の上に大の字になって寝転がっていた僕たちの上に、雨が降ってきたんだ。
「傘忘れたぁ!長靴もないよー。」
山美は悲痛な声を上げた。
「いや、そんな心配をしている場合じゃないよ。この雨は、大雨になるし、当分降り止まないよ。そして、この陸地は水で覆われてしまうんだ。」
「えっ?それは、水たまりや池ができるってこと?」
今度は、つばきちゃんが、心配そうに聞いた。
「いやそれ以上だよ。雨がどんどん降り続いて、地球表面全部が、海に覆われるんだ。みんな泳げるかい?」
マグネシウム王子が恐ろしい未来を予言してみせた。
「ムリー!泳げるどころか、僕は二酸化炭素入りの水で溶けちゃうよ。だ・ず・げ・でー!」
僕は、絶望的気分になって、助けを求めた。
「じゃあ、こんどは防水コーティングをしてあげよう。酸素ボンベを咥えるのわすれないでね。」
カルシウムくんは、僕たち一人一人に、新しいコーティングを施してくれた。新しいコーティングは、透明で丸くて、まるでシャボン玉に入っているようだった。
「わーい。シャボン玉の中で、逆立ちもできるよ。すごいや。」
「半田くん、あんまりはしゃがないで、恥ずかしいから。」
僕がはしゃいでいたら、つばきちゃんにきつく怒られてしまった。
「お嫁さんには、つばきちゃんみたいな、きちんと叱ってくれる人がいいな」
そんな夢想をしていると、山美がぬーっと出てきて
「半田くん、私のコーディングに入る?」と誘ってきました。
「狭そうなので、遠慮しておきます。」
僕は、慌てて自分のコーティングの中に逃げ込んだ。
そうこうするうちに、雨はどんどん降り続いて、膝くらいの高さまで水が来た。
ぼくは、コーティングから手を出して、その海水をなめてみた。
「あれ?しょっぱくないよ?ただの水だ。海水じゃないのかな?」
僕は、普通の水の味だったのにびっくりした。
「海水がしょっぱくなるのは、海の上に出ている大陸ができるようになってからだよ。地球に最初にできた海はしょっぱくないのさ。」
マグネシウム王子は、そんなことは当たり前だという感じでさらっと説明をした。
「さあ、もうすぐ地球が海に覆われるよ。今度は地球の海を旅しよう。新しい冒険の始まりだよ。」
カルシウムくんの呼びかけに応じて、つばきちゃん、山美がマグネシウム王子やシリコンさんと一緒に海に飛び込んだ。
「このコーティングは、本当に大丈夫?僕溶けない?」
僕は、とても心配で、海に飛び込むのを躊躇していた。
「大丈夫だよ。早くしないと、どんどん深くなっちゃうよ。それに、つばきちゃんや山美とはぐれちゃうよ。」
カルシウムくんがそう言うので、僕は意を決して、飛び込んだ。山美とはぐれるのはラッキーだけど、つばきちゃんと別れるのはとても辛い。
「みんな、待ってくれー!」
そう叫んでみたが、コーティングの中で、「まってくれー、まってくれー, まってくれー」とコーティングの中だけで響いて、外に聞こえているようではなかった。
こだまでしょうか?いいえ、誰でも。。。(金子みすず詩集より)
僕たちは、それから毎日、塩っぱくない海のなかをあっちへプヨプヨ、こっちへプヨプヨと漂っていた。どんなに漂っても、魚に会うこともないし、クラゲにさされることもない。海の中には生き物がいないのだ。
「マグネシウム王子、これだけ長い間海の中にいるけど、まだ一匹も魚をみないえわ。どうしてなの?」
つばきちゃんは、不思議そうに聞いた。
「この海はまだ出来たばかりで、まだ生物ができる前の時代の海なんだ。でも、つばきちゃんの愛するマグマのおかげで、もう少ししたら、生き物ができるかもしれないよ。」
マグネシウム王子は、生命誕生の瞬間が近づいていることを、僕たちに教えてくれた。
「いろいろなところで、生命が誕生した可能性があるけど、ここは一つ、海の底で噴火している火山に行ってみよう。萩の笠山や萩六島と同じように海底で噴火するマグマ活動が、生命誕生のきっかけになる可能性があるんだよ。」
マグネシウム王子がそう言うので、僕たちは、海の底へ向かって移動を始めた。
僕たちがついた場所は、まだ火山という感じではなくて、海の底からポコポコと温泉やガスが湧き上がっていた。
「これが地球最初の生物はどこ?魚も、くじらもいないわ。」
つばきちゃんはとても不満そうだった。
「いや、最初の生物というのは、とても小さいもので、みんなの目には見えないんだ。目に見えるような生物が登場するのは、ずっと後のことなんだよ。でも、この貴重な場所に連れてきてもらったことを感謝しなさい。生物が地球上に生まれなかったら、半田くんのような石灰岩は生まれなかったんだよ。半田くんのような石灰岩は生物の遺骸で出来ているからね。つばきちゃんや山美、君たち人間もこうした小さな生物が長い年月をかけて進化して生まれてきたんだよ。」
マグネシウム王子は、目に見えない生物誕生の現場をできるだけ感動的に説明してくれた。
「やっぱりマグマは、すごく大切なものなのね。マグマがなければ、私や山美のような人類も生まれなかったかもしれないんだ。私、とっても感動したわ。」
つばきちゃんは、マグネシウム王子の言葉に感動していたが、僕は、つばきちゃんが、ぼくだけ人間扱いしてないことに、とても失望していた。
「僕は、人間じゃないんです。本当にごめんなさい。(野田洋次郎作詞:棒人間)」
と悲しい思いに駆られていた。一方、山美は山美で、別のことに感動していた。
「マグマってすごいのね。海底で生命が誕生しなければ、植物である大豆もできないから、納豆ができないのよ。マグマって最高!」
つばきちゃんの感動も、山美の感動も理解できないまま、深い海底にある“生命を生み出す泉”を、僕は静かに眺めていた。