SF笑説「がんばれ!半田くん」 ⑥ “マグネシウム王子”との出会い
私は、笠山つばき。笠山の安山岩を見ているうちに、石の中に閉じ込められてしまったの。こんな不思議なことってあるかしら?それしても、この薄暗い部屋は、どのくらい続いているんだろう?さっき入ってきた壁を押してみたけど、ボヨンボヨンしていて、全然外には出られそうも無いわ。怖くはないけど、困ったわね。夕方だから、お母さんもお父さんも心配しているだろうな?でもお父さんは、いつも飲んで帰ってくるから、まだ気づいてもいないわね。お母さんも夕飯の準備で忙しくしているだろうな。夕飯までには、帰らないと本当に心配して、警察に駆け込みそうだわ。私は大切な一人娘だもの。
私がそんな心配をしていると、みたこともない不思議な黒い球体が、私の方に向かってスーッと近づいてきた。
「笠山つばきちゃん、こんにちは」
その球体は、ちょっと遠慮気味に話しかけてきた。
「あなた、誰?まっくろくろすけ?」
私は、スタジオ・ジブリの「となりのトトロ」に出ていた”まっくろくろすけ”は、真っ黒な毛で囲まれていたから、このツルツルテカテカの黒い球体とは違うかなと思ったけれでも、他に名前を思いつかなかった。
「ぼくは マグネシウム。僕には、遠い未来に存在するマグネシウム王国の3365番目の王子だよ。」
「マグネシウムって、磁石のことかな?」
「磁石はマグネットだよ。マグネシウムは、金属元素の一つなんだ。小学5年生ではまだ習ってないのかな?つばきちゃんたち人間が生きていくのに欠かせないミネラルの一つだよ。体内で合成できないから食事などからマグネシウムを必ず摂取しないといけないんだよ。」
「じゃあ、あなたは、私に食べられに来たわけ?あまり美味しそうじゃないけど、必ず食べないといけないなら、我慢して食べて上げるわ。あーん。」
「やっやめて、ください。つばきちゃんは、お母さんの作った朝ごはんや学校の給食で、もう十分なマグネシウムを摂っているんだから、僕を食べなくて良いんだよ。僕は君の守護球体で、安山岩の中に入ってしまった笠山つばきちゃんを、これから冒険旅行に連れて行って、そのあとお家まで届けるミッションをもって、未来からやってきたのさ。」
「それはそれは、ご親切に。冒険旅行は楽しみだわ。それにお家に帰してくれるのもとても嬉しいわ。でも素敵な王子さまに出会って王様のお妃になるのが夢だったのに、あなた黒い球体でしょう?ちょっとガッカリだわ。しかも、王子といっても3365番目じゃあ、王様になれる確率は限りなくゼロじゃない。つまんないの。」
「またまた、ひどいことを言う。まあいいや。とにかく、つばきちゃんは、僕とこの足元の道に沿ってしばらく歩いて行くんだよ。わかった?」
「はーい。仕方ないわね。ちゃんと私を護るのよ。守護球体くん!」
私は、マグネシウム国の王子と称しているこの黒い球体とともに、薄暗い空間を足元の白っぽい道を頼りに、歩き始めた。
「ねえ、マグネシウム王子。あなたは、どうして私の道案内に選ばれたの?」
「マグマからできた石には、マグネシウムや鉄が多い石とケイ素やアルミニウムが多い岩石があるんだ。つばきちゃんが大好きな笠山の安山岩や富士山の玄武岩などには、マグネシウムが比較的たくさん入っているんだよ。だから、安山岩に入ったつばきちゃんの案内者に、僕が選ばれたって訳さ。半田くんの案内はカルシウム球体が、田床山美ちゃんの案内はシリコン(ケイ素)球体がそれぞれ担当しているよ。みんなそれぞれ違う石から入って同じ場所に向かっているところなんだ。」
「えっ?半田くんも、山美も、石の中に入っちゃったの?まったくドジねぇ。でも、二人とはどこかで会えるの?」
「そうね。うまくすると会えるかもしれない。まあ、冒険中に会えなくても、また元の世界に戻れるから、美怜小学校でまた会えるさ。」
「そうか、それなら安心ね。でも、どうせなら冒険中に会いたいわ。楽しみね。」
黒い球体と話をしながら歩いているうちに、足元の道の輪郭がぼやけてきた。道がこれ以上先に続いているようには見えなかった。
「ねえ、マグネシウム王子。もう道が無いわよ。どうするの?」
「そうね。どうしようかな?この先は、暗闇に飛び込むしかないんだよね。さっき、半田くんは勇敢に飛び込んだって、カルシウムくんからテレパシーで連絡が来たよ。」
マグネシウム王子は、勇敢にという嘘をついたことを少し後悔したけど、まあ飛び込んだことは事実だから、多少の誇張はいいかなと思った。そして、つばきちゃんに声をかけた。
「さあ、一緒に飛び込もう。暗闇だから、バンジージャンプほどは怖くないよ。さあ行くよ。せえの。ジャンープ!」
マグネシウム王子の掛け声を合図に、私は暗闇に向かって飛び込んだ。確かに怖くはなかった。でも、どこまで続くかわからなさあい暗闇に、底ってあるのだろうか?そして、そこは奈落の底なのだろうか?何もわからない不安はあるけど、この黒い球体、マグネシウム王子を信じてついていこう。そう思ったが、マグネシウム王子は、私を先導するわけではなく、目をつぶったまま私の足にしがみついて、一緒に暗闇を落ちていった。