第6回 メタルとわたし (2007年8月)
デトロイトメタルシティというメタルを題材にした漫画が大変話題になっていますね。ぼくも愛読者です。非常にお下品で下ネタ満載の内容ですが、木村カエラさんや長澤まさみさんも読んでいるらしい。ピストン大橋はこの漫画を読みながらエッチな言葉が出てくる度に、「これ長澤まさみちゃんも読んだんだ~」と鼻息を荒げ興奮しています。
この漫画の大ヒットも物語っていますが、ここ数年「メタルの時代が来る!」という噂を方々で耳にしてきました。ぼくは正直メタルを通っておりませんが、なぜか周囲に強烈なメタル信仰者が多数います。クラシックの番組なのにメタルを流しちゃうラジオディレクター、カウンターの向こうから客に「メタルは死なない!」と訴え続けるバーのマスター…。そんな熱い方々の影響か、今ではカメラを向けられると無意識にメタルポーズ(メロイックサイン)で写っているぼくがいます。こうしてメタルは伝染していくのかっ!渋谷でギャルたちが「オジーやばくね」と語り合い、昼休みのOLがスタバでスウィーツ片手に「BURRN!」を読みふける…そんな時代はそこまで来ているのかもしれません!
(後記)
このコラムを書いてから12年。干支が一周してしまった。果たしてその後メタルの時代は来たのか。サザンやミスチルを聴くように国民がメタルを聴くような時代は来ていない。正直、実際にそんな時代が来てしまったら色々な意味でヤバい。
しかしこの後、アイドルとメタルを融合したBABY METALが世界的に大活躍し、日本の音楽シーンやライブハウスシーンでも「メタルっぽい」バンドがちょいちょい人気だったりもする。ポイントは「メタルっぽい」ということである。メタルの要素をほどよく取り入れているというか、隠しきれない「メタル通ってきました感」が垣間見えるというか。ちゃんとメタル聴いたことはなくても、そういう音楽を聴いて知らないうちにメタルの洗礼を受けている若者はけっこういるだろう。そういう意味では今も昔もメタルの時代は常にジワジワと来ているのかもしれない。
さて、文中で書いたクラシックの番組なのにメタルの曲を流してしまうラジオディレクターは宮崎にいた。初めてのツアーのキャンペーンで出会ったフジモリさんという人だ。番組の打ち合わせもせず、初対面の我々になぜかメタルの話を延々とした。
ツアーのキャンペーンでやってきたインディーズバンドと、たまたま担当してくれたFMのラジオディレクター。それだけの繋がりなのだが、そこからウラニーノとフジモリさんとの奇妙な交流が始まった。当時やっていたウラニーノのラジオのレギュラー番組では毎回フジモリさんと電話をつなぎ、メタルに関する講釈を垂れてもらうコーナーを担当してもらった。小倉はフジモリさんを漫画のキャラクターにしてたくさん描いた(これがとても似ていた)。それに留まらず、ついにはウラニーノの東京でのワンマンライブになぜかスペシャルゲストとして宮崎から呼び寄せて、MCをしてもらった。
曲が出来なくて悩んでいた時期には、相談にも乗ってもらった。「ウラニーノの曲は一人を狙い撃ちにするような曲が多い。たまには機関銃を乱射して皆殺しにするような曲も必要」と、物騒な例えでアドバイスをくれた。今ならその意味がすごくよくわかる。
ツアーで宮崎へ行くこともなかなかできなくなり、フジモリさんとも疎遠になっていった。またそのうち会えたらいいなと思っていた。去年の夏、たまたま再会した共通の知人から、フジモリさんが亡くなっていたことを知らされた。
メタルは死なない。でもフジモリさんは死んでしまった。機関銃をぶっ放して皆殺しにできるような曲を持って、いつか宮崎に会いに行きたかった。
フジモリさん、時代は変わります。音楽シーンも目まぐるしく変わっています。平成が終わり、令和という時代がやってきました。あなたと一緒に来ることができなかった令和という時代。いきなり大変なことが起こりました。大事件です。聞いてください。「BURRN!」の表紙をB'zが飾りました。こちらからは以上です。(2019.5.1)