影響うける
どうもタイタンというお笑い事務所で芸人をやってるネコニスズのヤマゲンと申します。
毎度マトリョーシカ自己紹介ですいません。
はよ名前が世に出たらえぇですねぇ。
僕は人からの影響を受けまくってきた人間です。
たまに自らの色でしか表現できない不器用臭い孤高の天才がいる。
僕はあれの真逆です。
めちゃくちゃ逆。日伯です。日本と伯刺西爾。ジャパンとブラジルです。
幼少期から数々の影響を僕に与えてきたものを紹介したい。
まず1番昔の記憶。
保育園のときの僕に絶大な影響を与えたのは
ミノムシ
そう、あのミノムシ。
自分で様々なものを集めて自分でミノを作りその中で生活するあのミノムシ。
僕は一切覚えていないが、事あるたびにおかんに言われる。
「あんたあんときミノムシなりたい言うてな〜」
おかんに電話して聞いてみた。
なんでミノムシなりたかったん?
「知らんよ、あんたが言うてたんや」
なんて言うてたん?
「僕はおっきくなったらミノムシなんねん〜、ミノムシこうすけなんねん。言うてたで。ミノムシこうすけくーんって呼んだらうん言うてたで。」
どう思ったん??
「そうか〜って。奇想天外なことばっか言うてるから普通のこと言わんといて欲しい〜おもてたわ!」
らしいです。
当時の自分の思考こそ全くわかりませんが、ミノムシに影響をうけてました。
あのミノが良かったんかな。
鎧的な感じなんかな〜。カブトムシとかのが鎧やしな〜。
名字をミノムシて。嫁いでる感じやな。婿養子的な感じかな。
今聞くとピン芸人感あるけど、当時はガチガチの本名をミノムシにしたがってたんか。
天才やな、こどもって。
頭ぐにゃぐにゃで羨ましいわ。
そんなこんなでめちゃくちゃ影響を受けました。
小学校5年くらいのとき。
僕は反抗期が早かった。
この頃絶賛反抗期中。おかんとよく喧嘩してお互いよく家出していた。
家出といっても行くところは家の近所のいとこの家。
そこ行けばいてるからお互いいつも迎えに行ってた。
ある時僕はその家にいつものように行った。家出をした。家出とよべるものかどうか分からん。外出やな。うん。
そこには僕と同い年の男の子と1個上の姉ちゃんがいてる。
居心地が良かった。
おかんからの電話が鳴る。
お母さんからやで〜と電話を変わる。怒ってる。
「あんたなにしてんの!なんでいつもそんなんすんの!?」
僕は来た!と思った。遂に僕が言いたかった台詞が言える。
走り込んだところにズバでセンターリングが上がってきた。あとは合わせるだけ。
行け!!
「俺の血がそうさせるのさ。」
電話プープー。10分後おかん階段どんどんどん上がってきて、台所直行、お味噌汁に入ってるおたまで僕の頭コチーン!!!
僕は泣いた。で、帰宅した。
「俺の血がそうさせるのさ」はガンバの大冒険の敵のノロイってイタチが言う台詞。
僕はその台詞がめちゃくちゃかっこいいと思っていた。
思わず使ってみたくなってしまった。
やはり現実とアニメは違う。
僕の血ということはおかんの血であって、完全に使う相手も間違えてる。
解釈を間違えられた。
僕はなんの意味もない。ただかっこいいと思ったことをはめただけ。
でも親って血とかめっちゃ敏感。
絶対言わんとこうと思った。
中学生になりあるドラマが流行った。
池袋ウエストゲートパーク。
僕ら世代で見てない人なんていないと思う。
ここである役者に思いっ切りくらった。
みんなもそうやと思う。
窪塚洋介さん。
窪塚洋介さん演じるキングにめちゃくちゃ憧れた。
あのたるーいいつもライトなトーン。
あの真っ白に差し色の黄色。
無茶苦茶かっこよかった。
僕はダイエーに行った。
あのピタッとしたタンクトップを求めて。当時家からチャリで15分くらいのところにあったダイエーのところにストリートっぽいブランドが置いてるお店があって僕はそこへいった。
あった!!!ピタッとした少し厚手のタンクトップ。OPのタンクトップ。3000円やった。僕はそれを買った。お金がなくなった。タンクトップしかまだゲットしてない。あと、ダボダボの白いパンツにカチューシャや。
カチューシャは安かったので買えた。とりあえず僕は必死でキングになるため奮闘した。
白いパンツはおかんとダイエーに行くときや。目星はつけてある。
遂にその日がやってきた。
おかんと車でダイエーへ。
買ってもらった。作戦成功!!
僕はキングと変貌を遂げた。
友達と遊ぶときにキング姿で行った。
友達に笑われた。着替えに帰ってまた遊びに行った。
1時間で僕のキングは終わった。
冷静なって部屋で鏡で見た。
うん、こりゃダメだ。
親父譲りの骨格の良さ、それにこの強面。
これがタンクトップとダボダボはそれはもうただの現場仕事の人や。
鳶職の人。
ニッカポッカやこんなもん。
カチューシャいらんくらいの短い髪。オネエの鳶職やん。
なにがキングなんや。恥ずかしい。
僕は強くここで窪塚洋介に憧れるのをやめた。
違いすぎる。
たた、映画GOで窪塚洋介が中指と薬指に挟んでたばこ吸う感じは二十歳超えて真似してた。たばこもラークで池袋ウエストゲートパークのまこちゃんが吸ってたやつと同じのにしてたこともあった。
高校に入っても影響を受け続けてたのが吉本超合金。
僕のバイブルです。
これを見て芸人に本気でなりたいと震えたほどのバイブル。
僕は無茶なロケとかがたまらなかった。
真似したくてたまらなかった。
そんな連中が3人、高校にいた。僕と同じようなバイブスの。
僕たちは変わった学科で、学校には立派な舞台があった。
そこを自由に出入りする事が許されていた。
僕らは誰もいないその舞台でかくれんぼをした。
全裸かくれんぼ。
みんな全裸になってやるだけ。無茶を履き違えてた。
とにかく脱ぎたかった。みんなとにかく全裸を見るだけで爆笑できた。
一切すれていないピュアな4人組。全員恥じらうことなく脱いだ。
理由があった。全員かぶっていた。
立派なものを持っている奴が一人もいない。
みんな仲間やから恥ずかしくない。
探している鬼も裸。
鬼が全裸で必死なって探しているのがおもしろくて仕方ない。
ホリゾンライトと呼ばれる下にあるライトの隙間に寝転んで隠れる。
跨いでいく鬼の玉が揺れてるのを見てこらえきれず笑う。そして見つかる。
こんなことをやっていた。
誰も彼女なんていなかった。
放課後視聴覚講義室でAVを見て喘ぎ方モノマネ大会をしたり、プールが見えるベストスポットから他のクラスの女子が泳いでるのを見ていてクレームが入って生徒指導室でめちゃくちゃ怒られたり。色々あった。
超合金に憧れたからこそ、刺激的な高校生活やった。
このときの4人の性へのギラつきも半端ないが、今となっては良い思い出。
嫌われてる部分も勿論あるけど。若気の至りで突っ走ってしまってました。
高校くらいからブラックカルチャーに影響もめちゃくちゃうけている。
ヒップホップ、レゲエ、ソウル、ジャズ。
なんでも聞くし、テンション上がればポゥポゥ言うてゴンフィンガーあげてまうし。
ファッションも昔と比べるとストリートっぽくなった。
20歳くらいのときは映画Trainspottingの影響でピチピチのスキニーにレトロシャツとか着てた。
先輩に「お前、服が似合わへんな。服そのものが。」と言われやめた。
似合う服を探しているとなんとなく今に至る。
影響を受けて今、またやりたなってるやつがある。
これや。
そう、バンダナ!!
この2pacは勿論、日本のラッパーの仙人掌とかSHINGO☆西成にも強く影響を受けて。
買いました。バンダナ。
巻きました。
なんやこれ。
沖縄料理屋と革手袋はめて公園の木とか殴ってる頭おかしいやつやん。
やめとこ。
お弁当とかくるむんに使おう。そうしよ。
これはまたキングのときみたいなるんわかってる。
影響うけてもうまいことアウトプットでけへんな〜。
でもこれからも色んな人に影響うけるんやろな〜。
それでえぇわ。
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