駐在妻につきまとうアイデンティティクライシス(自己喪失)という問題
これまで、駐妻初期がどれだけ地獄の日々だったか。そして私はどう乗り越えてきたかを伝えてきた。
駐妻初期の地獄の日々を乗り越えた私が次の駐妻中期に直面したのは、アイデンティティクライシス(自己喪失)という問題。
きっと駐在妻は誰でも陥る可能性があり、既に感じている人も多いのではないか。
アイデンティティクライシスとは何か
アイデンティティクライシスを調べてみると以下のように定義されていた。
自己喪失。若者に多くみられる自己同一性の喪失。「自分は何なのか」「自分にはこの社会で生きていく能力があるのか」という疑問にぶつかり、心理的な危機状況に陥ること。コトバンク
書いてあるとおりで、「自分は何なのか」「自分にはこの社会で生きていく能力があるのか」こう感じることで心理的、精神的な危機状況に陥ってしまうことをアイデンティティクライシスという。
これは若者に限らず、特に自らの意思ではなく外的要因で家族や友達、人によっては仕事を失い異国の地に連れて来られた駐在妻であれば誰でも陥る可能性がある。
日本ではできていたことができない、倍以上の時間がかかる
これは渡独後、すぐに実感した。
・語学が得意で世界を旅行で飛び回っていた
・英語はペラペラだからコミュニケーションには困らない
・非英語圏だけど実は以前渡航先の言語を勉強していた
そんな能力や経験を持った駐在妻はほんの一握りで、「英語は学校で学んだけど使う機会がなくてもう忘れた」「海外旅行もそんなにしていたわけではない」そんな人が大半だと思う。
私はもちろんその一人で、そもそも語学は苦手で避けてきたものだし海外旅行も子供の頃家族で色々行っていたけど自分主体で現地情報を調べて、という海外旅行はしたことがないという状況だった。
そんな人がいきなり海外に来るとどうなるか。
日本にいれば数秒で理解できていたことが全く理解できない。そして理解できたとしても理解するまでに数十分、数時間かかる。
・電車の切符の買い方が分からない
・怖くて電車に一人で乗れない
・携帯電話の契約が上手くできない
・スーパーで食材の名前が分からない
・商品の成分が分からない、使い方が分からない
挙げていくとキリがないが、切符を買う、電車に乗るなど小学生でもできるようなことが自分一人ではできなくなる。時間がかかる。
もちろん生活していけば徐々に慣れていき出来ること・分かることは増えていくが、「日本でならできることができない」という事柄は365日毎日溢れるほど出てくる。
そのため「自分には一人で生きていく能力があるのか?」と自信を失うまでにそう時間はかからない。
社会との関わりを失い、深い繋がりは夫(と子供)のみ
夫に帯同するということは日本での仕事をいったんストップ(休職)、人によってはいったん手放す(退職)ことになる。
そのため、駐在妻には「会社」という居場所がない。
また、今ではITが発達していつでもどこにいても連絡が取れるようにはなっている。
でも、時差の関係で頻繁に連絡を取るのは難しいし、環境の違いで会話も合わなくなってくる。そしてやっぱり「実際に会える」のと「画面越しでしか会えない」のでは全然違う。
つまり、駐在妻は「家族(親や兄弟姉妹)、友達、仕事」全てを一気に失うと言っても過言ではない。
全てを一気に失った駐在妻の深い繋がりは夫(と子供)のみ。
いくら夫婦仲、家族仲がよくても「話し相手は夫(と子供)のみ」なんてどれだけ精神的にタフな人でも、そんな状況が半年、一年と続けば気持ちも荒んでくる。
「自分は社会から必要とされない人間だ」という感情を持ってもおかしくはない。
確かに渡航先で新しく友達を作ればその繋がりも増えるけれど、大人になればなるほど新しい友達を作るのが難しくなる。
まして駐在妻同士、友達になっても数年後にはどちらかが本帰国になり離れ離れになってしまうケースがほとんどだ。
自分が何もしなくても誰も困らない
社会人として会社に属したりフリーでそれぞれ契約を結んでいたりすると、急に休んだり自分が何も手を動かさないと必ず困る誰かがいる。
もちろん代役なんていくらでもいるだろうけれど、代役が決まるまでの間「困る瞬間」は必ず出てくる。
しかし、社会との繋がりを失ってしまうと「自分が何もしなくても誰も困らない」という状況に陥る。
もちろん家事放棄したら夫は困るかもしれないが、家事なんて夫が自分でやれば問題はない。
1ヶ月、2ヶ月と月単位、年単位で何もしなければ流石に困るだろうけれど、たかが数日、数週間家事を放棄したところで外食もあれば出費はかさむがお弁当やお惣菜を買うこともできる。
私はこの「自分が何もしなくても誰も困らない」状況がとても辛かった。
1日中寝ていても、1日中漫画を読んでいても、1日中映画を見ていても誰も困らない。
数日くらいなら「完全フリータイム。自分だけの自由な時間!」と楽しめるが、そんな日々が何週間、何ヶ月と続くと「私、存在してる意味ある??」という気持ちが大きくなってくる。
対等だったはずの夫との間に見えない上下関係ができる
我が家は結婚後すぐの渡独だったため、日本での同居経験はなくドイツ生活が初めての同居生活だった。
同じ会社の同じ部署で働いていたため、役職による収入差はあるものの繁忙期の忙しさはほぼ同じくらい。
そのため、日本であればある程度対等な関係が築けるはずだった。
しかし、帯同するために仕事を辞めてきてからは「夫には仕事があるが、私には何もない」という状況に。
必然的に日々の家事はすべて私の役割になった。
週末に家事をお願いしても「●●は平日もずっと暇だから疲れないでしょ?」と。
朝の家事は「会社行かなきゃで急いでるからちょっと無理」夜の家事は「今まで仕事して疲れて帰ってきたんだけど」週末の家事は「平日の疲れが溜まってて休みたい」。
共働きなら「ふざけるな」と相手の主張を一蹴して終わることだが、確かに私は子供もいないので平日も休日も家事以外に「やらなければいけないこと」は何もなく、体力的に疲れているわけではないため言い返せない。
また、仕事をしていないので稼ぎがない。
でも生きていくためにはお金がかかる。
稼ぎがないから夫の収入に依存するしかない。
そんな状況が続くと、仕方がないことなのにも関わらず「夫に申し訳ない」という感情がなぜか生まれてくる。
そして
・「ちょっとした贅沢」をしたくても申し訳なくてお願いできない
・そもそも「お願いしないと買い物一つできない」状況が苦痛
と、どんどん追い込まれていく。
これは、「男性に依存しないで自立して生きていきたい」という理由で国家資格を取得した私にとってはかなり屈辱的な状況だった。
自立したくて20代の大半を勉強だけに費やして必死に資格を取得してこれからという時に自ら全てを手放して「夫の収入に依存し、夫のためにひたすら家事をする」言葉は悪いが「飯炊き女」になり下がった。
夫のいうように平日も何もやることがなく体力的には疲れてはいないが、この「飯炊き女」に成り下がったという現実は精神的に疲れさせるには十分すぎる事柄だった。
何も生み出さず、ただ消費していくだけの日々
夫になるべくギリギリまで依存したくないという思いがあり、家賃などの固定費と食費、旅行費用以外はなるべく自分の貯金を使うようにしていた。
私は義父母や自分の親の誕生日、父の日・母の日には毎回必ず日々のお礼を込めてプレゼントを送っている。
夫は「そんなもの必要ない」というタイプだが、私が送りたいので送っている。
私が送りたくて送っているので夫のカードを使わせてというのも忍びなく、ほぼ毎回私の日本のカードで支払っていた。
それだけでなく、一時帰国中のお金は全て私の貯金から捻出。
私は化粧品・美容院・シャンプーなど日本のものを使いたくて一時帰国時に全て買っていたが、そのお金も全て私の貯金から捻出。
コンタクトに衣類、アクセサリー用品などとにかく一時帰国中の買い物はすべて私の貯金から捻出した。(夫の分は夫、私の分は私)
そのため、渡独前は7桁あった貯金がこの2年半でとうとう6桁になってしまった。
増えることがなく、ただ減っていくだけの貯金残高を見ていく日々は私にはかなり辛い日々だった。
再就職への不安
私は駐妻生活の2年半常に「仕事がしたい」という気持ちを抱いていたため、渡独当初から再就職について色々考えていた。
・(帰国時)30歳以上
・実務経験は2年ほど(院卒で就職タイミングが同年代より遅いため)
・ブランクが2年以上
・将来的に子供を希望
こんな条件の女性でも再就職できるのか?
年収は下げなければいけないのか?
希望条件を出しても選べる立場なのか?
キャリア継続のため現地就職も考えたが、語学面と今までのキャリアと全く関係のない(例えばレストランやカフェ)場所で働いても無意味ということから現地就職は諦めた。
他にも、駐在妻はVISAの問題や夫の会社の規則の問題など現地就職への道は険しい。
私はかなり保守的で慎重なタイプなので「まぁ再就職なんとかなるでしょ!」と思えたことはなく、「再就職できなかったらどうしよう」と常に怯えていた。
このまま再就職できずに子供を産んで専業主婦として家族に自分の人生すべてを捧げていくのか?
今ですらギリギリの状態なのに今後何十年も仕事をしないで耐えられるのか?
時間だけはたっぷりあるのでこのような不安をずっと頭の中で考えてしまい、「そんな私の人生に価値はあるのか?」という疑問が頭を離れなかった。
他にも要因は色々あると思うが、個人的に感じる「大きな要因」はこれらで、これらは私が自己を喪失するには十分だった。
渡独直後はただ生活を整えること、生活することに必死だったが、数ヶ月経った頃にそれまでの積み重ねでアイデンティティクライシスに陥った私はある日爆発した。
それまでも「仕事をしたいのにできない。自分には生きる目標がない。"仕事をして疲れた"といえるあなたはずるい。専業主婦はもう嫌だ。」と何度も夫と喧嘩をしてきたが、もう我慢の限界だった。
そしてその日仕事から帰ってきた夫に「もう無理だからちょっといったん一時帰国します」と有無を言わさず伝えた。
その翌日には日本までの航空券を購入し「日本に一時帰国できる」ということで若干心は軽くなったが、それだけでは根本的な解決にならない。
そこで私は「あること」を見つけてアイデンティティクライシスを乗り越えた。
私がアイデンティティクライシスを乗り越えた方法はこちら。
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