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1人の夜にライバルを


「あー暇だ」
Twitter「あー暇だ」
Instagram「あーー暇だ」
いろんな世界で呟いてみても、やはり一人。
返事をする者はいない。孤独は美味いが、15年も味わうと飽きてくる。 僕はインスタントタピオカを飲み干した。ついでに見上げた天井は相変わらず白かった。 塗装のムラが味わい深い。
 プラスチックカップの中にはいつも通り、大量のタピオカが 余ってしまった。後で、冷蔵庫の残り少ないハーゲンダッツと混ぜて、食べよう。
絶対美味い。味は俺が保証する。
 僕は一人暮らしのちゃぶ台の上に、タオルを広げた。猫柄のプリテ ィなデザインのものだ。その上でノートパソコンを開く。動画をダウンロードしている間、 僕は改めて、部屋の中を見渡した。白塗りの天井に白塗りの壁。壁にはポスター。あらゆる 年代の映画ポスターが貼られている。西部劇から宇宙劇、空中劇までバラエティ豊かだ。貼 ったのは僕だが、我ながら楽しい。クラシックな作りの冷蔵庫にはハーゲンダッツに加えて、 キンキンに冷えたビールとヨーグルトが入れてある。思っている間にダウンロードが終わ る。
もう何度も観た、嫌いになれない映画だ。
「さて・・・そろそろ買い出しに行くか」 
独り言ついでにリュックサックを背負った僕は
金属製の扉に手をかけた。

今日は俺にとって大事な日だ。
殺し屋として独り立ちして、早10年。 要人暗殺から国家機密の破棄(広義の殺しだ)、屋敷の爆破まで様々な殺しを 引き受けてきたが、今日ほど緊張することはなかった。緊張の理由はターゲットが 俺の師匠だからだ。
俺はホルスターからワルサーP38 を取り出し、マガジンを確認した。 装弾数はきっちり8発。薬室にはまだ装填していない。緊張で暴発したらことだからな。 腰のマガジンポーチにはマガジンを3つ差している。2つは本物だが、一つは偽物だ。 しかし、武器ではある。マガジン型の爆弾なのだ。いざという時は師匠もろとも、吹っ飛ぶ つもりだ。俺は砂よけマントの下の防弾チョッキを手で触った。硬い感触が確かにあった。 次に俺は双眼鏡を覗いた。砂丘の先に朧げに小屋が見えた。 俺は砂で少し汚れたクラッカーを口に運んだ。緊張状態には砂の味がちょうどよかった。

どうせ何食ったって味がしないんだ。最後の食事が砂なんて粋じゃないか。 クラッカーを食べ終わると、俺はゆっくりと立ち上がった。 そして、テントや寝袋などの野営設備にポリタンクからガソリンをかけていった。 師匠がいると思われる小屋を見つけるまで、1 年以上かかった。 師匠の小屋だと確信できる材料を探すために 1 ヶ月。この野営はそのためのものだった。 しかし、もう必要ない。今日、決行する。
3 時間後、師匠は小屋を出る。その時がチャンスだ。小屋を出る瞬間を狙う。 俺は砂漠に寝転び、枕元に Bluetooth スピーカーと ipod を置いた。 決行前に必ず流すと決めていた曲を流す。
♫決戦は金曜日/Dreams Come True
 聴きながら俺は、ゆっくりと眠りに落ちた。噛み砕いた睡眠カプセルが舌に染みる。 もしかして、最後の晩餐はこのカプセルということになるのか?・・・それはそれで粋だな と考えているうちに眠りに落ちた。
起きて最初の行動は、腰のマガジンチェックだ。本物と偽物を確認する。 「よし、行くか・・・」
人生で最後の会話を終えて、俺は立ち上がった。
装備はワルサーP38 とマガジン、砂よけマントにテンガロンハット。 これで十分。あたりはすっかり暗く、寒々しい。砂漠での夜は初めてではないが 何度味わっても慣れないものだ。ちなみにテンガロンハットは趣味だ。 最後は自分の理想の姿で死にたい。例え、邪魔でもな。
 俺は、ガソリンをかけた野営設備の周りに藁と粘土でできた紐を置いた。長さにして 300 メートルほどある。紐の先に火をつける。これが設備に達することには俺は殺しを 終えているはずだ。
俺は走り出した。十分時間はあったが、体を暖めたい。
そっと小屋の側面に体を張り付ける。 数十メートル前で、薬室に弾丸は装填した。音で気づかれることはないはずだ。 腕時計を確認する。あと 1 分だ。 俺は扉を開ける準備をした。扉が開くのを待つつもりだったが、こちらから開けることにし た。”待つ”のが殺し屋の掟だが、それでは師匠を殺せない気がした。殺し屋の思考を超えな ければ。
俺は、金属製の扉に手をかけた。

※✽
 僕はワルサーP38 を室内に向けたあと、ふっと笑った。
「ここで終わるのが好きなんだよなー」
 砂よけマントを脱いで、床に座り込む。ちゃぶ台の上のノートパソコンを開いて 動画をダウンロードする。これがいつもの僕のルーティンだ。
15年前、世界は終わった。
原因は分からなくなった。
戦争、環境汚染、核開発など様々な要因が重なって起きたのだろう。15年前は理解していたが、生きていくうちに忘れていった。どうにもできないことをずっと考えているのは辛すぎる。覚えているのは、世界が終わった瞬間、俺がこの小屋にいたということだけ。朝起きて、扉をあけたら一面砂漠だった。インターネットやインフラは活きていた。あらゆることが自動化され、AI が担っている時代だったから、世界が滅んだところで止まらなかったのだろう。
しばらくなんとなく活かされていたが、5 年ほどしてから辛くなってきた。 最初はとにかく旅をして、生存者を探した。誰もいなかった。 次は趣味を楽しもうと気持ちを切り替えて、あらゆることを楽しんだ。 好きな芸能人の家に行って、記念写真を撮ったりした。人としての尊厳はギリギリ守って芸能人の部屋には入らなかった。一人だとそういうことがとても大事だ。 ごめん、一回だけ大好きだった女優の部屋に入った。
 他にもレンタルショップに篭って前から観たかった海外ドラマを熱中して観たりした。 吹き替えと字幕で最低2回は観たな。楽しかったなー。そのほかにもいろんなことをやった。 やれるだけやり、味わえるだけ味わった。本当に楽しかった。 楽しかったがいつかは飽きる。それは意外と早く訪れた。
 死のうかと考えている時に思いついたのが”俺”を演じることだ。寂しさに耐えかねた僕 は”俺”というキャラクターを演じることで退屈と寂しさを紛らわした。僕より大分活発な”俺”になりアクションヒーローの真似事したりして、一人遊びするだけだが。それでも、 十分新鮮で楽しかった。本物の銃は使い放題だし、悲しいのか、楽しいのか、他人を撃つ心配もしなくていい。”俺”を楽しく演じるうちに、”俺”は人格になっていった。だから今度はふたり遊びをすることにした。 “俺”に殺し屋を演じてもらい、僕はその殺し屋の師匠を演じて、再現を行ったのだ。 これがなかなか楽しい。小道具もロケーションも全て本物のごっこ遊びはリアリティがすごい。
「さて・・・次はどうしようかな」
 そろそろ新しいエンディングにしても良いかもしれないな。

俺は腰につけたマガジンを確かめた。
ノートパソコンには、楽しそうな”僕”が殺し屋を演じる姿が写っている。


終わり

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