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坂を下るおっちゃんが反応してくれる

おっちゃんは必ずこっちを見て手を挙げてくれる。
「オッス」とでも言うように。

毎朝、住宅地の坂を歩いて下っているおっちゃんがいる。
おそらく日課の散歩であることは間違いない。

つばが小さめのアドベンチャーハットを被り、半袖ポロシャツにハーフパンツ、newBalanceっぽいスニーカー、肩掛けの洒落たミニポーチのいでたちのおっちゃん。

私が通勤自転車で坂を下る時間にほぼ毎回、坂の中腹をおっちゃんが下っていくのを後方から見つける。


おっちゃんは坂の下に向かって左側の歩道、私は車道を挟んで右側の歩道を下る。

その歩き姿からして、おっちゃんはおそらく何らかの病気をした後ではないかと理学療法士の私は思っている。おっちゃんとは常に車道を挟んだ関係性・距離感であり、直接話したことはない。ていうかどこの誰かも知らない。何も知らないおっちゃんではある。しかし、
何かの病気の後に自宅で静養し、健康のために朝の日課を欠かさない、速度は非常にゆっくりではあるが、確実に坂を下ってまた上り帰宅するーーーー

ーーーーおっちゃんのバックグラウンドをそのように勝手に想像し、膨らませ、妄想の中で私はおっちゃんとマブダチになっている。

私が自転車で坂を下るときは、ボロ自転車ゆえにアスファルトの凹凸に伴う振動音が大きめである。チェーンの緩みによるカシャカシャ音、前かごの緩みによるカタカタ音、ベルのカバーの緩みによる鳴らしてなくても鳴るチンチン音。私がおっちゃんの後ろ姿を視認するのはおっちゃんの後方約50mほど。歩道の植栽の陰におっちゃんが見え隠れするから、位置と角度によりすぐ見える時と見えない時がある。

今日も50mほど後方でおっちゃんを視認。私がおっちゃんを視認するや否や、おっちゃんは必ず立ち止まる。おっちゃんが立ち止まる時、おっちゃんは必ず坂の下の方、つまり前しか見ていない。何を察知するのか知らないが、私が視認するや否やおっちゃんのアンテナは確実に何かを捉えた様子で立ち止まる。その間も私の自転車は下り続け、距離が縮まり、車道を挟んで真横を通過する。真横に差し掛かる手前10mほどで、おっちゃんが察知していたものが私の気配であったということが答え合わせされる。私の方を振り返り、私が真横からついにおっちゃんを抜き去り、おっちゃんから離れていく動きに合わせて首と視線を動かす。離れていく私を見送り、「オッス」。

満面の笑みと、肉声こそ聞こえないけどきっとそう言っているだろう口元が見えて、私もわき見運転よろしく、離れていくおっちゃんを振り返りながら「オッス」。


おっちゃんの聴覚もさることながら、きっと発現しているだろう第6感が垣間見え、朝の自転車通勤がある種バラエティのような心持ちで楽しくなるのでした。