学芸員さんとの対話
僕は学芸員さんと間違いなく対話していた。
5回目の美術館だった。今回の企画展は「戦後の美術の変容」がテーマだった。近代以降の洋画・日本画の継承と折衷を受け、戦後新たに生まれたアバンギャルドな作品が紹介された。正直、芸術って何でもありだと思った。過去4回の来館・鑑賞の中でいちばん面白かった。(戦後~現代のアバンギャルドなアーティストは、キャンバスに絵の具をもりもりに塗りつけるのが好きなんだな)というのが今日の分かったこと。
しかしその企画展の内容はどうでもよくなるくらい、僕は学芸員さんと心で対話した。今まででいちばん面白かったにも関わらず、作品に関しては絵の具もりもりの印象ぐらいしか残っていない。
入館してからの僕と学芸員さんとの対話はこうだ。実際の会話ではなく全て心の声だ。
僕「もう消毒液なくなったんですね」
受付学芸員:公立美術館だからね。お上の方針で動いてるからね。
「ありがたい話ですよ。トップダウンでルールが変わるって、僕嫌いじゃないです」
:…入館料早く払いなさい。
「今日は小銭ちょうどありましたわ。無かったら一万円札出さなあかんかった」
:今日のチケットです。ごゆっくりどうぞ。
「職員さん後ろ付いてくるのにゆっくりなんかできませんよ」
「今日も僕の他にお客さんはいないですよね?」
:ごゆっくりどうぞ。
「…」
・・・・・・・・・・・・・
「あぁ、あなたが今日僕の鑑賞に付いてくる人ですね」
付いてくる学芸員:…
「黙ってたらいいってことではないですよ。黙ってたら付いてきていいってことではないですからね」
:…
「あなた絶対何も喋りませんよね。非言語コミュニケーションて知ってますか?」
:…
「表情とかジェスチャーだけのことじゃないですよ。同じ空間の中で何人ぐらいいて、それぞれの距離感がどれくらいに保たれてるかも、その場に居合わせる人同士のコミュニケーションなんですよある意味」
:…
「あぁ、これ面白いですよね。絵の具もりもりで。初心者にはちょうどいいですわ。なんか分からんけど凄そうっていうのが面白い」
:…
「僕もう次の部屋移動しますからね」
「あぁ、次の部屋は面白そうなの無かったらすぐ通過しますよ。結構な速歩きで通過しますけど付いてくるんですか?僕の速度変化に合わせてあなたも速度上げたら尾行があからさまになりますけどいいんですか?」
「この僕とあなた2人だけの空間で僕と2mの距離に座って待ってる時点で尾行はあからさまですけどね」
「何ですかそれは?何か書類みたいなの持ってますね?以前に僕が質問したからですか?あぁ分かったぞ。あなたは僕が2回目の来館時に尾行してきた職員さんだな?僕がまた展示品についての質問をするのに備えて資料を携行してるのか。いい心構えだ。しかし生憎僕はあなたには質問しない。申し訳なかったね」
:(すーーー…)
「あなたが見張りで座ってる前を僕が通過する度に消え入りそうな声で(すーー)って一礼しないでください。告別式の受付で(御愁傷様です)を濁して言う時ぐらい消え入りそうですよ。なんて言ったか分からないけど何となく察するよ。(お疲れ様です)とかそんな感じでしょ?」
:(すーーー)
「僕はこの空間でこの2mに違和感ですけど、あなたもほんとは違和感あるでしょ?」
:(すーーー)
学芸員さんは、というよりかは、
公務員さんはタフだ。