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【日記】学びとか気づきとか示唆とかよりただただ感謝

同僚にお呼ばれしておもてなしをしてもらうことがある。
かなりしっかりおもてなしをしてくれる。
そしてこう思う。
「僕にはこんなおもてなし、人にできないな」


近所に住む同僚家族のもとにお呼ばれする。
僕が仲良くしてもらっている4人家族。

温かい素敵なお食事とお酒。
夫婦ともに料理をする。
なにせササっとすごくおいしいものを作ってくれる。
彼らはすごい人たちだ。
すごさを何とか伝えたいので書き連ねてみる。


席に着いたらすぐ小皿大皿を出してくれる。
と同時に、缶ビールと冷凍庫で冷やしていたタンブラーを出してくれる。

え…?タンブラーまで冷やしてたんですか…?

すごく洒落ている。
その準備とスピード感に圧倒される。
舞台裏の準備があるからこその本番のスピード感。
舞台裏を感じさせない、見せない。

ちょうどいいお料理。ちょうどいいお酒。ちょうどいい床。ちょうどいい椅子。ちょうどいい室温。ちょうどいい照明。ちょうどいい会話。ちょうどよく流れているテレビ。ちょうどいい会話の合間合間で時々テレビを見て言うちょうどいい感想。

読んでいて「ほぼ居酒屋やん」思われたことと思う。

ここまではおもてなしの物の側面
でも本当に言いたいのはそこじゃない。
最も感動し、最も感謝を伝えたいのは、
おもてなしの気持ちの側面
舞台裏で準備にかけてくれている時間、その時の気持ちは想像するに余りある。
まず日程調整。家族の予定を都合つけてもらわないといけない。そして日程が決まった時点から食事のメニューを考え食材を考え、そのために何日までには買い物を済ませようか、とか。当日は幼い子どもたちのお風呂を先に済ませつつ、出すときの温度を考慮しつつ調理をして、ビールとタンブラーを冷やしておく…

これだけの時間をかけても僕に見えている部分はササっとだけ。

僕がお邪魔するひとときのためにこれだけしてくれるという、
気持ちの部分がとても嬉しく、あったかくなる。本当に感謝しかない。


ここまで書き連ねて、
あたかも評価をするような言葉を並べ立てたことで
僕が上から目線に見えていないか?
僕があたかも、ただの客人のような構図に映り、
その結果、僕が上から目線を同僚家族に持っているように見えていないか?
もしそう見えているとしたらとても不本意で、僕の語彙力の責任だ。
そうではなくて、僕はとにかく、むしろ下から目線で感謝の気持ちで彼らのすごさを伝えたいのだ。

語彙が貧相で申し訳ない。

本当はもっと表現を駆使してありとあらゆる言葉ですごさと感謝を伝えたい。歯がゆい。

同僚家族は、
僕に喜んでもらおうとしてくれたのかな…?と勝手な想像をする。
喜んでるよ!めちゃくちゃ!いつも楽しい時間をありがとうね!


そしてふと思う。
「僕にはこんなおもてなし、人にできないな」

振り返ってみる。
僕は人にこれだけのことしてあげたことあるかな?…と。


…ない。

ないのだ。
料理のスキルが低いということを除いても、
気持ちの側面において自分以外の誰かに喜んでもらいたいと思って、
企画して時間をかけて準備をしたという経験がない。(と思う…)

おいおいおい
やばいやばい

人としてそれどうなんだ?

人の器の大きさに触れて初めて自分の小ささを知る。


ん?この雰囲気 歌詞であったな…?

検索検索…


モンパチ!!
「あなたに」!!

人にやさしくされた時
自分の小ささを知りました

MONGOL800「あなたに」




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