僕には経験値が圧倒的に足りない
ふと気付いて立ち止まって振り返って生き方を変える(具体的にはスローライフに変える)人は、大概圧倒的な経験値を残している。大抵やり尽くしてやりまくって、止まる。一回振り切ったからこそ、スローライフの本当の価値を見出す。
例えば大学のサークルの先輩。
キー局のプロデューサーでバリバリやってるよう。テレビマン。下積みも経て自分の手掛けるコンテンツバリバリ出して、ある芸人の大学当時の後輩と番組作っておられることをついさっき知った。
僕が知ったのは遅い。何しろその記事は2年前の夏のもの。僕が知ったのも何せ遅いし、その先輩のやってはることは、とにかくなりふり構わず飽くなき感じで作り続けてる、ずっと創作の人といった感じ。
先輩と話してへんからどんな心持ちで過ごしてきて今過ごしているかはわからん。でもサイトの記事でパッとお見かけした先輩はまだ止まってる様子ではなかった。走ってた。
本来はそういう走ってる人が、
(あれ?…俺、こんなんでええんやっけ?)
ってなって、コロナとかでその心境が加速して、価値観変わる、
…みたいなんが相場やて。
僕は、
生き方を変えただの、価値観変わっただの、サイドFIRE目指すだの、嫌なことはしないだの、詰め込まないだの数々言うとるけど、
あぁ
薄い。
どうも僕に関しては薄そうや。
経験値の足りない僕がスローライフを目指すと口に出すのは、どうもまだ薄い。
「薄い」というか、「インパクトが弱い」。
この「インパクト」はどっちかいうと客観的。
住む環境や業界によってインパクトが変わるのは否めない。
薄いか厚いかは主観的。自分が決めること。
短期間で経験値を分厚くできる道があれば、
長年かけてゆっくり、しかし指数関数的に分厚くなる道もある…
…そんなこと言いながら、それでもまだ薄いなと薄々思い続けてる。
だって、今はまだ分厚くなってなくて、分厚くなるのはまだこれから先の、実際はどうなるか分からないことやから。
まだ起こってないことを自分の言葉風に語るのは、
自ずと薄っぺらさがにじみ出る。
自分のnoteも読み返して、
芯食ってるやつとペラッペラのやつと、言葉に出てるなと思う。
厚いかどうかは経験値、経験の量で変わる。
僕はまだこれから分厚くしていくんやけど、
現時点で周りを見るとインパクトが弱いのは否めない。
なんせ普通の平均的な道やから。
一時期並走していた人たちも道が分かれると十人十色やな、ほんまに。
それがまぁええんちゃうん。
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