良いことも悪いことも、コロナのせいにしたらいい
人は何かのせいにしたい生き物だけど、社会通念上、他責ばかりでは良くないとされている。他責の向かう矛先が人である場合、特に良くないとされている。
人のせい、他人のせいにするのは良くない。
でもコロナがやってきて、通り過ぎていって、一緒に足並みを揃えて、それでもまだその辺に往生際の悪い型落ちのコロナがたむろしている。
そんな往生際の悪いその辺にたむろしているコロナは、生命体かも知れないけどヒトではない。
これは絶好の機会だ。
人は何かのせいにしたいとき、人のせいにするのは憚られる。
しかしコロナというちょうどいいヤツがまだその辺をうろついている。
コロナのせいにできる。
良いことも悪いことも全て、コロナのせいにすればいい。
コロナは総合的に見て色んな変化をもたらした。
誤解を恐れずに言うと、良いことも悪いことも両方含まれていた。
「コロナのせいで」
何か虫の居所が悪い時、枕詞に付けよう。
「コロナのせいで」
これは物理的で現実的な解決策ではなくて、あくまで解釈の問題だ。
あくまで行き詰った精神を少しふわっとさせるに過ぎない。
それでもコロナはやり場のない気持ちを少なからず吸収してくれるような気がする。
ご都合主義を発揮しよう。
人や、人の意図した何かの事柄のせいにしたらカドが立つとき、
人や、人の意図した何かの事柄のせいにせず、
コロナのせいにすればいい。
コロナが全部片付けてくれる。