連載小説 『縄文人の俺が弥生人のアイツに土器土器するなんて』最終章「現代人の俺が縄文人のアイツに土器土器するなんて」
最終章 現代人の俺が縄文人のアイツに土器土器するなんて
山を降りていく途中、ひどい腹痛に見舞われた。「いだだ、いだだだだだ! 痛い! いいいいぃぃぃいい!」と、今まで経験したことのない腹の痛みに、「陣痛」という言葉が頭を過ぎった。
「何も、こんな時に来なくてもいいのに! ちゃんと、村まで帰ってからじゃないとどうなるかわからないのに!」
お腹の中の赤ん坊は、今にも外へ出てきたがっている。満月の夜だ。夜の闇が迫ってきても、月の光で歩いていける。赤ん坊も、月の引力に引っ張られているのだろうか?
陣痛は、痛みが収まると不思議に、歩けるほどに元気になった。だけど、陣痛が来ると身動きが取れないほどの痛みにうずくまってしまう。
「大丈夫。確か、いとこの姉ちゃんが出産日から10日も遅れて帝王切開されそうになって、丸一日歩いて、子どもが生まれてくるようにしたって言ってたから。歩けばお産にいいんだろう!」
村に帰って、ルルに会わなきゃ。どうして今、僕がルルと同じ時に妊娠して、出産することになっていたのか。それが今ならわかる。
「テンニャクババが帰ってなきゃいいけど……」
僕は森の空気を吸った。命が濃い縄文の森、生き物たちの気配。僕の中にも命が2つある。
「生まれてくるって、こういうことだったんだ……」
僕は、今まで知らされなかった事実を感じるように、お腹の痛みと出産の怖さと、世界が縦横に呼びかけて来ているようなこの不思議な感覚を全身に感じていた。
本当に僕に産めるんだろうかという不安は、今は「産まなきゃいけない」に変わっていた。僕の任務を果たすために。たとえ僕が破けても、赤ん坊だけは産んでやらなきゃいけない。
途中で何度もうずくまり、泥だらけになりながら村に帰った。家の中は炉に火を焚いていて、ルルとアシリの顔を見たら急にホッとして、僕はこう言った。
「アシリ……今、大変なのはわかっているんだけど、生まれそうです……僕の、子が……」
と。ルルはびっくりして飛び起きそうになり、僕はそれを制して言った。
「ルルは、まだ体が悪いはずだから寝てるんだ! アシリ、頼むから僕の泥を落として! テンニャクババは?」
「おやまあ……満月の夜だから、重なったねえ」
と、テンニャクババの声。良かった。疲れて寝てくれてたおかげでまだここにいた。そして、何度めかの陣痛が来た。
「いだだだだだだ、いだだ!」
「タカユキ!」
アシリがその胸に抱き寄せてくれる。お前、立派な夫だよなあ……。ちゃんと、僕が怖い時に、抱きしめてくれるんだから……。
アシリは僕をそっと離すと、水瓶から汲んだ水で麻布を濡らし、僕の体についた泥を拭ってくれた。優しくされてるなと、感じる。赤ん坊に細菌がつかないように、できるだけきれいな状態で産んでやらなきゃ。意識が遠ざかりそうになる。
「ルル……」
「タカユキ、大丈夫だよ! アンタなら産めるよ!」
ルルは心配なのか、立ち上がる力もなく、泣きながらこっちを見ている。僕とルルは顔を見合わせた。ルルの強気で、優しい表情。いつまでも、覚えていたい……。
テンニャクババがアシリに外でお湯を沸かすように言うと、そこは男子禁制になった。
テンニャクババが何のてらいもなく、僕のあそこに指を突っ込んで、「あと、もう少しで産まれる。へその緒は絡まってない。大丈夫だ」と言った。
もう、僕はあそこが張り裂けそうに痛くて、何をされても耐える他ないと思っている。ルルが上半身を起こして、その小さな手で僕の手を握ってくれている。熱いものが僕のあそこを通り抜けてくる。脳に火花が飛んだような錯覚を覚えた時、テンニャクババが叫んだ。
「生まれた!」
一瞬の間。瞬間、僕の頭の中には怒涛のような声でいっぱいになった。
(お願いだから、泣いてくれ、泣いてくれ、泣いてくれ、泣いてくれ、泣いてくれ!!)
「フギャアアアアアア!!!!」
赤ん坊の声が空に響いた。アシリは驚きと、興奮に包まれていた。僕の目からは涙がこぼれて、ルルの笑顔に重なった。
「赤ちゃん、生まれたよ!」
ルルは僕よりも嬉しそうに、力を振り絞って、用意していた麻布で赤ん坊を抱きとめた。おそらく、何世代も前から使われていた、出産の時に使う麻布。たくさんの命を受け止めてきたんだろう。テンニャクババはぬるま湯を作ると、赤ん坊のへその緒を黒曜石のナイフで切って結び、湯で洗ってくれた。
翌朝、アシリもルルも、世界で一番幸福そうな顔をして赤ん坊を抱いていた。
「あたし、一人目はダメだったけど、タカユキの赤ちゃん一緒に可愛がるから! たまに抱っこさせてね」
と、ルルは殊勝に言った。
「あのさ、ルル。お願いだから、ルルのおっぱいを、この子にあげてくれるかな? 僕は、もう帰らなきゃいけないんだ」
ルルは、急に怪訝な顔をして言った。
「ど……どういうこと?」
「僕は、赤ん坊を産んだら、元の国に帰るって約束でここに来たんだ。お願い。ルルがこの子を、育てて。あのさ……僕、ルルのことがずっと、好きだった。
ルルが生きているだけで胸がポカポカしてくるんだ。君の、命に触れられるだけで僕は、嬉しいんだ」
ルルは、戸惑いながらも、赤ん坊が泣いておっぱいをねだると、本能からかその子に張っていたおっぱいを差し出した。赤ん坊は、本当に生きるための必死さでおっぱいを咥え、んっく、んっくと飲みだした。ルルが何とも切ない顔でそれを見守っている。
僕は、出産の疲れで眠ってしまった。寝ている間、アシリの大きい手が僕の頭を撫でているのを感じた。そして一週間後の朝、体が回復した僕は、石の神様のところへ来ていた。
風が吹いて、石の神様の周りの草が一方向に揺れている。大きなエネルギーを感じるのは、今日も太陽の周りに丸い虹が出ているからだ。来た時に現れた丸い虹。村で見て、帰るのは今日だと、赤ん坊に別れを告げてきた。
「本当に帰るの?」
「うん。大好きだから、帰る」
「君は別に、邪魔になってないじゃないか」
「ううん。好きになったから、帰るんだ。これ以上、好きになるのは辛いから」
「そうか……。うん。わかった。」
弥生人の女性の体つきで、僕は目を閉じて石に抱きついた。石の神様は、いつも触るとひやりとするけど、すぐに暖かさを感じる。それがいつも不思議でしょうがない。ストーンサークルの中を風がびゅうびゅうと吹きすさんでいる。目を開けると、そこは現代だった。自分の体が、男に戻っているのを感じた。これは、この場所に来た時に着てた服だ……。
「木の太さが違う……森が明るすぎる。現代に、帰ってきたんだ……」
石の神様は相変わらず同じ場所にいた。まだ、話をしてくれるんだろうか……?
(タカユキ……あと少しで、僕はまた眠りにつくけど。一つ、教えてあげるよ)
「何? あの後、ルル達は無事に、縄文時代を生き抜いたかな?」
(あのさ、ルルとアシリの魂だけど。現代に転生してるよ)
「え……えええええええっ!?」
一体、どんな情報!?
(前世で関わり合った魂っていうのは、今生でも関わりあうことが多いのさ。
まあ、関係は変わったりするんだけどね。親子として生まれ変わったり、友人として生まれ変わったり。色々だよ。
アシリは、君の学校の1学年上にいる。ルルは、まだ中学生だね。近くにいるよ。あと、タカユキがちゃんとルルに弥生式土器を教えなかったから、青森の弥生式土器には「縄文」が残っちゃったね。垂柳遺跡の土器を、今度見て来るといいよ)
「あ、会ったら僕だって、わかるかな!?」
僕は石を揺さぶりながら言った。(本当はこんなことはしてはいけない)
(……わかるんじゃないかな? 何せ、あれだけの関係を持った人達なんだしね)
ルルが、現代に、転生しているだなんて!
空には丸い虹と、天空を駆け抜けるよう白い雲が青空に龍を描いている。
会いたい。
会って、話がしたい。
あんなに美しかったルルの魂と、
あと、どうしようもなくバカで、可愛かったアシリの魂と……。
僕は石の神様に手を振って、来た道を帰った。現代の森は、バカみたいに歩きやすく、怖くなく、あの怖かった縄文の森が少し、懐かしい。
夜の森を思い出したせいで、アシリと初めて会った日の夜が頭を過ぎったけど、僕は頭を振り回してそれを振り払った。
僕は……彼らに会って、話をしよう。
何でもいいから、他愛もない話を。
僕の姿がすっかりと見えなくなると、石の神様は思い出したように言った。
(あ……。言うの忘れてたけど、
ルルもアシリも、
現代では男なんだけどね!)
縄文人の俺が弥生人のアイツに土器土器するなんて
THE END
一章からはこちら!!
第一章 ストーンサークルで神に会う
https://note.mu/yamadaswitch/n/nc2d544fc1914
第二章 弥生人として嫁に行く
https://note.mu/yamadaswitch/n/ne7ee7f444ee5?magazine_key=mddd3d82c5500
第三章 (有料 300円)コレ、どうしたらいいの?
https://note.mu/yamadaswitch/n/n52c59819a28d?magazine_key=mddd3d82c5500
第四章 縄文人の男を取り合うだなんて
https://note.mu/yamadaswitch/n/n1b5fc2a55a83?magazine_key=mddd3d82c5500
第五章 初めての恋
https://note.mu/yamadaswitch/n/nfda8c0503c9f?magazine_key=mddd3d82c5500
第六章 胸が土器土器する
https://note.mu/yamadaswitch/n/nf99b1b0e5cdc?magazine_key=mddd3d82c5500
第7章 (有料200円 ロヒンギャ難民支援付き)縄文人と交わるだなんて
https://note.mu/yamadaswitch/n/n2643df55fedc
第8章 恋とかしても生きていかなきゃいけないし
https://note.mu/yamadaswitch/n/ne769a6b748da
第9章 弥生式土器を教えたくない僕
https://note.mu/yamadaswitch/n/n874767572529?magazine_key=mddd3d82c5500
第10章 嘘みたいな本当の話
https://note.mu/yamadaswitch/n/nf32b6f2c217c?magazine_key=mddd3d82c5500
第11章 「僕はどう生きたら僕なんだ?
https://note.mu/yamadaswitch/n/n4a0737bc35f1?magazine_key=mddd3d82c5500
第12章 「彼氏に置いていかれた二人」
https://note.mu/yamadaswitch/n/n958b7fecbcf4?magazine_key=mddd3d82c5500
第13章 「ここへ来た本当の理由 前編」
https://note.mu/yamadaswitch/n/n5b825add61f4?magazine_key=mddd3d82c5500
第14章 「ここへ来た本当の理由 中編」
https://note.mu/yamadaswitch/n/n9f7970228221
第15章 「ここへ来た本当の理由 後編」
https://note.mu/yamadaswitch/n/n494bd56199ea?magazine_key=mddd3d82c5500
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