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春男さんのバレンタイン

◇◇ショートショート

春男さんは横断歩道で旗を振って子どもたちを誘導している。学校近くの路地は、交通量が多いので安心して通学できるようにボランティアとして協力しているのだ。リタイヤしてからもう15年以上毎朝続けている春男さんのことを子どもたちはアサハルさんと呼んでいる。

春男さんはバレンタインデーの朝、数人の子どもたちからチョコレートをもらった。
「アサハルさん、いっつも交通整理ありがとう、このチョコみんなからじゃけん」
「アサハルさん、教会のバザーで買ったんよ、このチョコを食べると願い事が叶うけん」
「三つはいっとるよ、お願いしながら食べてね」
子どもたちから口々にメッセージをもらって、春男さんはニコニコしながら「ありがとう、うれしいわい、気を付けておいきよ」と大きな声でお礼を言った。

家に帰ってチョコを眺める春男さんは心から喜んでいた。小さなケースの中にチョコが3個入っていた。

「願い事かー、一番は子どもたちの安全じゃなー、みんなが怪我なく学校に通えるように、あそこはほんとに危ないけん」そう思いながら春男さんはチョコを一個食べた。

翌日、春男さんがいつもように交通整理をしていてドキッとすることがあった。

雨の中、スピードを出していたバイクが横断歩道の前で急ブレーキをかけて、危うく子どもたちの列に突っ込むところだった。

いつもは穏やかな春男さんが大声を上げた。
「おい、何やっとるんぞ、危ないじゃないか」
子どもたちは、春男さんの剣幕に驚いていた。

その日に家に帰って春男さんは思った。「本当に危なかった、何事も無かったんは、チョコのお陰かもしれんなー」と。
そして春男さんは、2個目のチョコを口に入れた。優しい甘さが広がった。
「あっ、願い事をするんを忘れたわい、まあええか、子どもたちに怪我がなかったけん」そう思いながら春男さんはその日ぐっすり寝った。

貰ったチョコレートは最後の一個になった。
独り暮らしの春男さんは「ええ友達が一人出来たらええなー、話し相手になる友達が」そう思いながらハート型のチョコを食べた。

翌日、春男さんが交通整理をしていたら、足元でクンクンする子犬がいた。「かわいいなー、この犬は誰のかな」と問いかけると、春男さんにチョコレートをくれた女の子が「うちのコロの子どもよー、今もろてくれる人探しよるんよ」と言った。

春男さんはニッコリ笑って「アサハルおじさんが貰ろてもええかな」と訊ねた。すると「アサハルさんなら、あげてもええよ」と、女の子が言った。

春男さんは、とびっきりの笑顔になった。
3つ目のチョコレートの願いが叶って、友達ができそうだと思った。




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