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「ご近所美術館」について

あらすじ(文庫本の裏表紙から)

小さなビルの二階にある”美術館”。のんびり寛げるラウンジは憩いの場として親しまれ,老館長が淹れるコーヒーを目当てに訪れるお客もちらほら。その老館長が引退して,川原董子さんが新館長に。一目惚れした常連の海老野くんは,彼女を振り向かせたい一心で,来館者が持ち込む謎を解決していく。果たして彼の恋の行方は?青年が美術館の探偵となって奮闘する連作ミステリ

この記事の目的

「ご近所美術館」を読んだことがない人が,この「ご近所美術館」を読みたくなるように,この作品の魅力を紹介することである。したがって,ネタバレは基本的にしない。ただし,本の紹介に当たり,どうしてもある程度内容を書かざるを得ないので,その点がご了承ください。

西園寺英子記念四コマ美術館とは

漫画家,西園寺英子の息子である西園寺護が,西園寺英子の仕事場だったビルに開設して,初代館長に納まった施設。初代館長によると,西園寺英子は,四コマまんがを女性の読み物にした人物で,代表作の「エプロン・ママ」は,より良い生活へのあこがれと背伸びが詰まった高度経済成長時代の申し子」である。とある事情から,西園寺護は,美術館の館長を辞めることとなる。ヒロインの川原董子は,三代目の館長である。

個性豊かな登場人物

「ご近所美術館」の魅力は,なんといっても,個性豊かな登場人物達である。主人公の「えびのん」こと海老野,ヒロインの川原董子,ヒロインの妹である川原あかね,主人公の恋のライバルである南田仁,海老野に「西園寺英子記念四コマ美術館」を紹介したコンビニ店長の佐々木琢磨といった面々がレギュラーメンバーとなる。

 主人公の海老野は,「東有メディカルエンジニアリング」という医療メーカーの営業職。この作品の視点人物でもあり,どの作品でも,ユーモアのある内面を晒しつつ,ときには鋭い視点で推理を行う。ヒロインに思いを寄せる,ちょっとしたダメ男という,ひと昔前の漫画のテンプレートのような主人公像。完全なダメ男ではなく,お堅い企業に勤めるエリートっぽい一面もあるし,推理力もさすがと思わせるところもある。川原董子を思うあまりに嫉妬心を前回でさらけ出したり,友人である川原あかねとは本気でケンカをしたり。人間味あふれる好人物として描かれている。

 ヒロインの川原董子は,「色が白く細面で,目も鼻も口も小作りだったが,全てのパーツが絶妙のバランスで配置され,息を呑むような美しさを作り出している」という人物。生真面目で人付き合いが苦手な性格だが,結婚を約束した恋人に,結婚寸前で裏切られ,婚約を破棄し,会社も辞めて引きこもり状態だったという設定。こちらも,ひと昔前の漫画のテンプレートのような,清楚な美人。ある作品では,昔の知人が中学生の頃のことを言いふらしている人物に,「昔のことはもうそれくらいで……」と顔を真っ赤にして近寄るといったかわいらしい一面もある。

 川原董子の妹,川原あかねは,「ひっつめ髪をしたデブでメガネのオタク女」。主人公からは「あかねぶー」と呼ばれる。コミケが活躍の舞台の,いわゆる同人作家で,しかもその道ではかなり有名人らしいという設定。ひと昔前の漫画でいうと,主人公に力を貸し,そしてときにははしごを外す親友が必要。その役回りを果たす人物。頭に浮かぶイメージは,メイプル超合金の安藤なつという感じだ。物語では,主人公と一緒に推理をしたり,主人公と恋のライバルが同席する機会を作ったり,ところどころで物語を動かす重要な人物でもある。

 主人公の恋のライバルの南田仁も,「主人公の恋のライバル」のテンプレートのような人物。古美術商の専務取締役,身長,容姿,学歴,地位,経済力と,全てにおいて海老野に勝り,話上手で気配りに長け,ユーモアもあるという設定。海老野いわく,「白い歯を煌かせて爽やかに笑う色男のいかがわしさとうさん臭さに,初対面の瞬間から嫌悪感でいっぱい」なのだという。海老野に対しては,格上感を醸し出すが,憎たらしいというほどの人物でもなく,「めぞん一刻」でいう三鷹のような立ち位置の人物

 あとは,ぐっと登場頻度は落ちるが,美術館があるビルの1階にあるコンビニ,「フレンドリーマート」のおかまっぽい店長である佐々木琢磨。主人公に美術館を紹介した人物で,川原董子が新館長に就任したときは,その情報を海老野に与えたり,開館記念パーティを計画したりと,そこそこに物語に絡む。

 このようなメインの登場人物が,美術館に関係する謎に巻き込まれ,その謎を解く。

個々の短編の紹介

ペンシル

川原董子が落とした財布を,ある男が拾って,美術館に届ける。海老野とあかねは,財布を届けた男=財布男は,川原董子を狙っており,どこかで偶然を装って再会すると考え,財布の中に入っていたものから,財布男がどこで董子に再会しようとしているのかを推理するという話。董子も巻き込み,物語は意外な展開を見せる。

ホワイトボード

 美術館に半年くらい前から通う,常連客,池谷妙子。出張先の海外で,交通事故により夫を失ったシングルマザーである。娘の杏奈(5歳)は,池谷妙子の友人で,こちらもシングルマザーだった富村千春が,乱暴された上,絞殺されたときに,千春に預ってもらっていた。そのときに,何らかの形でペンギンを見たようであり,極度にペンギンを恐れるようになってしまっている。池谷妙子は,殺害された千春が当時つきあっていた今野という男性との関係が深まっている。そんな折,董子は,ファミリーレストランで今野が友人の菅井という人物に話をしている現場に出くわす。杏奈はなぜ,ペンギンを恐れるのか。千春を殺害した犯人は誰なのか。その謎を解くカギはホワイトボード。海老野が謎を解き明かす。

ペイパー

 美術館の正面のビルの1階の「カフェ・アーバン・コンサバトリー」でウェイターをしている伊福部昭文は,独立し,喫茶店のオーナーを任されるようになるという。そこで,かつて,自分の窮地を救ってくれた,美術館の常連客であり,チロリアンハットをかぶっていた「チロリさん」にお礼をいいにやってきた。しかし,チロリさんは,その直前に「残念ながら,都合でもう通えないけど,これまでありがとうございました。」という挨拶をし,美術館に来なくなっていた。伊福部が,チロリさんに会って,お礼を言いたいというので,美術館の面々はチロリさんについての思い出をもとに,チロリさんが何者か推理する。思い返すと,チロリさんの言動には何やら矛盾めいたものもあって…。美術館に送られてくる「西国新聞」を執念みたいなものを感じさせてよんでいたチロリさんは何者だったのか。海老野の推理は…。

マーカー

 海老野は職場の久保山という先輩から恋愛相談を受ける。自身も董子に対する想いを胸に美術館を訪れると,2度も謎をといた名探偵として,相談を受ける。相談の主は,こちらも美術館の常連客,日本原子力警備に勤める船瀬という男性。船瀬と娘の楓子の関係は,謎かけをして心を通わせるという妙なもの。海老野いわく,「他人事として聞く分には面白いが,面倒な親子関係もあったものである。」とのこと。船瀬の娘の楓子は,夏休みに友人と美術館に来ていた。その楓子が船瀬に出している謎かけは「マーカー」,カリフォルニア・ピザ・キッチンのピザの箱,ピアノ曲でタイトルはリストの「ハンガリー狂詩曲選集」のCD。ピアニストはジョルジ・シフラ,キーボードの「Alt」キー。これらの共通点についてのことを,楓子は父である船瀬に望んでいるのである。そして,海老野が,この謎を解く。謎は解いたものの,海老野には別の疑念が浮かぶ。この謎は,本当に楓子が思いついたものなのか…。

ブックエンド

 美術館で海老野が3年ぶりに再会をした後輩,寺尾実穂は,一卵性双生児だったが,生後間もなく両親を交通事故で失い,別々の家庭にもらわれていった。実穂は双子の妹である松平詩穂と再会する。寺尾実穂の彼氏は,同じ大学の工学部の院生,鹿島淳彦。美穂と詩穂は,美術館に顔を出すようになり,海老野とも頻繁に会う。そんな最中,詩穂が美術館に来ているときに,テレビで観覧車が故障するという事故の中継をしており,実穂と鹿島がゴンドラから助けだされるシーンが中継される。そんな事件があった後,実穂も詩穂もめっきり美術館に顔を出さなくなる。二人に何があったのか。

パレット

 美術館のあるビルの1階のコンビニ,フレンドリーマートの店長の佐々木琢磨は,美術館の開館記念日にコスプレ・パーティを企画する。そのパーティに,昔,董子とあかね家の近所に住んでいた二人の父の又従妹に当たる寺西のおばさんが乱入。傍若無人ぶりを発揮する。寺西の横暴に,パーティに参加していた面々はあきれる。そんな中,琢磨とあかねが企画していた推理ゲームを行う。西園寺英子の漫画のキャラ,怪盗肉玉そばが,かつて西園寺英子が集めていた宝石をどこかに隠したという企画である。その企画が終わった後調べると,宝石が一つゼリーに変わっている。犯人は寺西だと思われるが,宝石はどこに隠されたのか?

スケール

 あかねから,「告白されて彼氏ができた。」という話を聞き,海老野は「騙されている。」と決めつける。このことが原因で,二人は大ゲンカ。董子の仲裁で,海老野,董子,あかねとあかねの恋人だという檜山豊と食事をする。食事のあと,董子とあかねを送って美術館に向かうと,2人の男が倒れていた。一人は,董子のかつての婚約者,尾形が倒れていた。もう一人は初老の男性。尾形は生きていたが,初老の男性は死んでいた。尾形は,恋人時代に董子から預かっていた通用口のカギをまだ持っていた。不審者が美術館に侵入しているのを見て,止めに入り,殺害してしまったという。ポイントは正当防衛になるか,過剰防衛になるどうか。老人は,ハメの潤三という錠前破りの名手。この騒ぎの裏には,別の企みが隠されていた。

感想

 どことなく,高橋留美子の名作漫画,「めぞん一刻」を思わせるような小説。めぞん一刻のヒロイン,音無響子と,ご近所美術館のヒロイン,川原董子に似た雰囲気があるからかもしれない。あと,主人公海老野の恋のライバルである南田仁と,めぞん一刻の主人公の恋のライバルである三鷹もちょっと雰囲気が似ている。

 ミステリとしてはどうなんだろう。ガチガチのトリックや,驚愕のどんでん返しといったものがあるわけではない。中には,殺人事件を扱ったものもあるけど,大半は日常の謎系の作品である。ロジックがしっかりしており,きっちり推理すれば真相が見抜けるタイプの作風でもない。いってみれば,エンターテイメント作品。軽い気持ちで読めば,それなりの驚きとほっこりした読後感が得られるという感じの作品である。

 とびぬけた傑作というわけではないけど,読んだらそれなりに楽しい時間を過ごせる作品。登場人物たちもなかなかに愛すべきキャラクターばかり。文体もユーモアがあって読みやすい。軽い気持ちで読んでいただければよいかと思います。読んで損なしの良作です。

ネタばれありの感想

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