7月の推奨香木『仮銘 空の通ひ路』
遅くなりましたが、迷った挙句、7月の推奨香木は寸門陀羅に決めました。
(御家流の皆様には申し訳ございませんが、沈香の寸門陀羅です)
古より香道に用いられる沈香の産出国は、ベトナム(伽羅及び羅国)・タイ(真那賀及び真南蛮)・インドネシア(佐曾羅及び寸門陀羅)の三つに限られて来たと考えています。
それぞれ産出地が同じと言うことは、(伽羅と羅国の場合は別として)恐らく植物としての種が近いはずですから香気の特徴も似通っている部分が多く、木所の分類は自ずと困難を極めることになります。
分類の決め手となる基準は流派の御家元・御宗家に継承されていますから、門弟であれば、御伝授の際に実例を示していただきながら学ぶことができます。
とは言え、香りの感覚を長い期間に亘って持続させ記憶に留めることは至難の業です。
例えば組香で2~3種類の香木を聞き分けるという場合、試香の段階で「覚えた!」と自信を持っていても、幾つかの本香を聞いて回答を提出する段階になる頃には自信はすっかり揺らいでしまっていて、自らの記憶の曖昧さを腹立たしく思ってみたりするのが常なのです。
ですから一度限りの御伝授で仮に理解できたとして、数日後には忘れているとしても決して不思議ではありません。
そこで、木所の特徴を捉えて的確な聞き分けを行なって戴ける一助になりたいというのが、推奨香木の意義の一つと考えています。
さて今月の推奨香木ですが、『仮銘 春ゆく水』と同様に、いかにも「典型的なカリマンタン( ボルネオ島のインドネシア領)の沈香」という顔をしています。
切断面からも見てとれるように樹脂化の密度が高い部分が多く、加熱すると比較的に低温でも銀葉に樹脂分が溶け出します。
ご参考までに、試し聞きした際の小片を撮影してみました。
ピントが合っていないかも知れませんが、溶け出した樹脂分が香気を放った後の姿がご覧いただけるかと思います。
(ちなみに、溶けた樹脂分が焦げ付いた銀葉を再度加熱しますと、火末の果ての更なる残り香を、たっぷりと味わうことが出来ます)
香気には、『仮銘 春ゆく水』とも『仮銘 うすき衣』とも異なる個性が際立っています。
感じ方は十人十色ですが、前者はほのぼのとした温もりのような感覚をもたらしてくれるのに対して、後者はひんやりした冷気のような涼しさが鼻腔から脳天に突き抜ける感覚が個性的です。
それらに対して今月の推奨香木には、暖かさと涼しさとの二面性がより強く感じられる気がします。
立ち始めの涼やかさには他の寸門陀羅には無い華やかな個性が溢れているのですが、その華やかな香気は、恐らくは比較的に低温の状態で放たれるのでしょう。
しばらくすると華やかさは次第に影を潜めて、落ち着いた暖かさが前面に出始めます。
でも、木所の特徴となる涼やかな匂いの筋は確かに存在し続けるのです。
この素敵な寸門陀羅に相応しいと思える和歌を見つけて、仮銘を『空の通ひ路』としました。
証歌は次の通りです。
六月(みなつき)のつごもりの日よめる
夏と秋と行きかふ空のかよひじはかたへ(片方)すずしき風や吹くらむ
(凡河内躬恒)(古今和歌集)
ぜひ3種の寸門陀羅を聞き比べてお愉しみいただき、併せて木所の典型的な匂いの筋を捉えて戴きますよう推奨申し上げます。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?