旧司法試験平成19年第2問民事訴訟法 答案例
<旧司法試験平成19年第2問 解答例>
1 設問1について
甲の乙に対する貸金債権の存否に関する裁判所の審理は、どのようにして行われるか。
(1) まず、そもそも甲の乙に対する債権は訴訟上どのような意味を持つか。その意味付けによって、審理方法に違いが出ることになるため、検討する。
本件訴訟は甲の丙に対する、乙の丙に対する売買代金債権の支払を求める、債権者代位訴訟(民法423条1項本文)である。本件訴訟物は乙の丙に対する売買代金請求権である。すなわち、甲の乙に対する貸金債権は訴訟物ではない。
では、甲の乙に対する貸金債権は債権者代位訴訟においてどのような意味を持つのか。
債権者代位権を行使するためには、「自己の債権を保全するため」といえることが必要である(民法423条1項本文)。この要件が必要とされる趣旨は、他人の財産管理権に対する介入という私的自治の原則に対する例外を認めるためには、一般債権者の唯一の引当て財産となる債務者の責任財産を保全しなければ、一般債権者が害されるという状態にあること、および、介入する者が保護されるに値すること、すなわち被保全債権をもっていることを要求し、もって債権者保護と債務者の財産管理の自由を調和させようとした点にある。すなわち、被保全債権は債務者の代わりに債権を行使するための前提となるものである。そして、債権の行使方法として、訴訟を提起し、判決を受けることも含まれている。そうすると、被保全債権を有していることによって、債権者は、債務者にかわって、自己の名で第三債務者に対し訴訟追行し、債権を行使することになる。
したがって、被保全債権の存在は、債権者の第三債務者に対する訴訟追行権、すなわち、訴訟物たる権利又は法律関係について当事者として訴訟追行し本案判決を求める資格たる当事者適格を基礎づけるものであるといえる。
本件において、甲の乙に対する貸金債権は債権者代位権を行使する前提となる被保全債権にあたる。
すなわち、当該債権は、本件訴訟において当事者適格を基礎づけるという意味を持つ。
(2)では、次に、当事者適格の存否の審理はどのように行われるか。
ア 審理を開始する際に、当事者からの主張を必要とするか。
当事者適格は、誰が当事者として訴訟を追行し、判決の名宛人となるのが有効適切かということを判断するもので、訴訟要件のひとつである。このように、当事者適格は、無駄な判決を出す手間を省き、訴訟不経済を是正するという公益要件である。公益要件が満たされているか否かは公益にかかわるものであるから、当事者からの主張がなくとも、常に審理すべきである。
したがって、裁判所は当事者からの主張がなくとも、職権で当事者適格の有無についての審理を開始しなくてはいけない。
イ 審理の前提となる証拠の提出及び事実の主張を当事者の権能かつ責任とするか
当事者適格の公益要件としての性格を考えると、証拠の収集及び事実の主張については当事者の権能かつ責任とせず、裁判所が職権で証拠の収集を行い、事実を認定する職権探知主義が妥当することになるとも思える。
しかし、当事者適格を基礎づけているのは、原告たる債権者の、訴外債務者に対する債権である。債権は独立して訴訟の対象である訴訟物になり得るものである。当該債権の存否に関する証拠を有しているのは原告であり、原告に提出させるのが妥当といえる。また、職権探知主義を採用すると、自己の債権の存否に関して裁判所が予想外の判断をする可能性がある。訴え却下判決の既判力が当該訴訟要件の不存在に及ぶこと(民事訴訟法(以下法文名省略)114条1項)からすれば、この予想外の判断が出ることは妥当でない。
そこで、当事者適格を基礎づける被保全債権の存否は、証拠の提出及び事実の主張を当事者の権能かつ責任とする弁論主義に基づいて審理されることになる。
(3) 以上より、甲の乙に対する貸金債権の存否に関する裁判所の審理は、職権で開始され、弁論主義のもとで行われる。
2 設問2について
訴訟物たる権利が存在しないことが明らかになった場合、裁判所は甲の乙に対する貸金債権の存否を判断することなく、請求棄却判決を出すことができるか。
前述したように甲の乙に対する貸金債権は当事者適格を基礎づけるものである。そして、当事者適格は訴訟要件である。訴訟要件とは本案判決を出すための要件である。その要件が欠けているのに本案判決をすることは原則として許されない。
また、後述するように、債権者代位訴訟において、原告に当事者適格がなかったことを看過して出された判決は、債務者には及ばない。このような判決をだしても紛争解決に役立たず無意味である。
よって、当事者適格の存否を判断せずに本案判決をすることは、できない。
3 設問3について
甲の乙に対する貸金債権がなかった場合、甲の丙に対する請求を棄却する判決の既判力は乙に及ぶか。
既判力は訴訟当事者間にのみ及ぶのが原則である(115条1項1号)。本問では、甲と丙に既判力が及ぶことになる。
もっとも、115条1項2号は「当事者が他人のために原告又は被告となったときのその他人」にも既判力が及ぶとしている。この「他人のために原告又は被告となった」者とは「他人」の権利義務について訴訟追行権を有し、訴訟を追行した者を指す。本問における甲は乙の権利について訴訟追権を有し、訴訟を追行したため、「他人のために原告または被告となった」者にあたる。そして権利義務の主体は「他人」にあたることになる。したがって、乙にも既判力が及ぶことになる。
もっとも、債権者甲には当事者適格がなかった。そのため、既判力が拡張されないのではないか。
115条1項2号が既判力の拡張を認めた趣旨は、訴訟追行権を有する者によって訴訟が追行されれば、本来の権利義務の主体が訴訟を追行したのと同じように攻撃防御が尽くされることとなり、手続保障が尽くされているといえるため、本来の権利義務の主体に既判力を及ぼし、紛争の蒸し返しを防止し、もって紛争の実効的解決を図ろうとした点にある。そうすると、当事者が訴訟追行権を有すること、すなわち、当事者適格が認められることが既判力拡張の前提となっているといえる。
したがって、当事者適格が認められない場合は、既判力拡張の根拠が認められず、原則に戻り、「他人」に既判力は及ばない
本問においても、「他人」たる乙に既判力は及ばない 以上