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#4フットボールクラブのファイナンス:財務リスク編

こんにちは。オトナのスポーツファイナンスゼミ「山田塾」塾生の武政です。

本noteを以前からご覧下さっている方々も、また今回初めて興味や関心を持ってページを訪れて下さった方も、本当にありがとうございます。

皆様のお陰で少しずつコミュニティとして成長している山田塾ですが、前回の定例講義はフットボールクラブのファイナンス「資本政策編」ということで、

・資本政策の中身はクラブの法人形態により大きく影響を受けること
・「クラブは誰のもので、何のために存在するのか」という問いを踏まえ政策を考えること

等、多くの視点を学ぶことができました。(詳細は以下リンクから)

また定例講義以外にも、「SROI」や「NFT」等スポーツクラブの周辺にある様々な話題(切り口)から「スピンオフ企画」も生まれ、それぞれに盛り上がっています。

さて、今回は8月20日(金)に開催された月に一度の定例講座について、学んだことや感じたことを私なりにまとめていきたいと思います。

第4回目となる講義のテーマは「財務リスク」です。

これまでの定例講義のテーマは、ファイナンスの「概論」や組織の「法人格」選定等、比較的「全体像・骨子」といえる話が中心だったのですが、今回はより「専門的」な要素の一つであり、かつ現在コロナ禍という厳しい環境の中でこれから同様のリスクにどう備えるべきなのかという、まさに今だからこそ学ぶべきテーマといえるのではないでしょうか。

そのようなテーマが設定された今回、塾生との意見交換も大変白熱した前回に引き続き、山田塾長と里崎さんのお二方が講師を務めて下さいました。

1.プロスポーツクラブの財務リスク

前半パートの講師は、さまざまな業界でファイナンスのプロフェッショナルとしてビジネスをリードされてきた山田聡さんです。(山田塾の塾長です!)

山田塾の講義は冒頭にその時々のテーマに対する「根本的な問い」から始まることが多いのですが、今回も以下のような問いかけから始まりました。

「財務リスクマネジメントがなぜ必要か?」 

これはプロスポーツクラブだけでなく世の中に存在する一般企業も含めて必要なことですが、山田さんも、また実際にベルギーサッカークラブのファイナンスをリードしていた飯塚さんも仰られていたのが、「企業の永続性のため」という回答でした。

何十年という長い間、地域やファンに愛されてきたスポーツクラブがあったとして、そのクラブが「積み上げてきたコト・モノ」は大きな価値です。それが突然何かしらのネガティブファクター(リスク)によって消滅してしまうということは誰もが避けたいことなはずです。

では、そのような「財務リスク」について、サッカーを含むプロスポーツクラブに当てはめた場合どのようなリスクが存在するのでしょうか。

まずは、クラブ自らがコントロールできない環境的な側面(外部要因)として、「リーマンショックや新型コロナ、クラブの降格」などが挙げられます。そしてその環境の変化が原因の一つとなり、以下のよう二つのリスクが生じてくるということです。

1. 資金ショートによる倒産リスク
2. 債務超過や赤字継続によるクラブライセンス問題

資金がショートしてしまうと、選手への給与未払い等にも繋がり、それらは最終的にクラブの訴訟リスク、所属リーグのレピュテーションリスクに繋がってしまいます。クラブライセンスに関しては、状況によってはリーグ降格に留まらずライセンス剥奪という可能性もあり、いわばクラブの永続性に関わってくる問題といえるのです。

また、講義では上記のようなリスクの顕在化事例として、以下三つの事例が紹介されました。

・イタリアのサッカークラブの「パルマ」
(2015年に破産し4部リーグから再出発。2019年にセリエA復帰。)
・イタリアのサッカークラブの「チェゼーナ」
(2016年に不正会計等により当局から財産押収。2018年に破産。)
・日本のバスケットボールクラブの「ライジングゼファー福岡」
(18/19シーズンで資金繰りが悪化。B1ライセンス取得ができずB2へ降格)

よくプロスポーツビジネスを語る上で「競技面の結果」が重要という話を聴きますが、上記のような事例からは、たとえ競技面で良い結果を残していたとしても「財務リスク」がきっかけでクラブに悪影響を与えてしまうことがわかります。

さらに山田さんは、そうした財務リスクがクラブの関連要素にどのように悪影響を与えていくのかということを、実際にヴァンフォーレ甲府で過去にあった破産危機を事例として取り上げつつ、一度回り始めると止めることが容易でない「負のサイクル」という概念を用いて説明してくださいました。

アジア通貨危機等、ネガティブなインパクトを与えるイベント(外部環境要因)が発生することで世の中の企業の業績がダウン、それにより「①クラブを支えていたスポンサー企業が撤退する」ということがサイクルの始点となり、そこから「②収入の減少」→「③費用の削減」→「④チーム弱体化/試合の魅力減少」→「⑤サポーター離れ」(以降①に戻りサイクルを繰り返し)と繋がっていくわけです。
(個人的に、今回の事例はスポンサー企業撤退だったわけですが、サイクルですので「どこが始点になっても、最終的に同じことが起こる」ということもポイントの一つでしょうか。)

また講義では、財務リスクがクラブに与える影響をもう少し詳しく見るために、2020シーズンの結果が更新されたばかりのJリーグクラブの決算数値を取り上げています。具体的な数字は割愛いたしますが、各項目大きく減少したそれらの決算数値からファイナンスを学ぶ我々が「何を」押さえなければいけないのかが見えてきました。

それは「費用は、急激に減らせない」という事実です。

厳密にいうと、費用はその性質から売上に応じて増減する「変動費」と、売上の増減に関わらず一定額かかる「固定費」に分かれますが、その内の後者(固定費)が簡単に減らせないということです。

プロスポーツクラブの場合、費用のうち所属選手の人件費が大きな割合を占めるケースが多々あります。つまり、コロナ禍のようなイベントにより入場料収入や広告収入が急激に減少したとしても、それに応じてすぐに選手人件費を減らすということができないわけで、これは一般企業にはないプロスポーツクラブだからこその特徴といえるかもしれません。

2.財務視点で考えるリスクへの備え方

ここまでの講義で「財務リスク」とはどういうものかを学ぶことができました。そうすると次に知りたくなってくるのが、そう、リスクに対する「備え方」です。それこそ色々な備え方が存在すると思うのですが、今回の講義では「財務余力(の把握/確保)」と「コンプライアンス」という二つの視点で考えていきたいと思います。

上述した「費用は、急激に減らせない」という要点に一度話を戻しますと、「固定費」と「変動費」どちらの費用の割合が高いのかは業種・ビジネスモデルによって異なるとして、そのような費用の性質も踏まえた上で自らのクラブの「損益分岐点」を把握することがリスクに備える上で必要になります。(限界利益の概念も企業の経営において同様に重要になりますが、詳細は本講義では割愛されています。)

損益分岐点(Break-Even Point):
・売上高と費用の額がちょうど等しくなる(損益が「ゼロ」となる)売上高を指す。売上高が損益分岐点以下に留まれば「損失」が生じ、それ以上になれば「利益」が生じる。
・損益分岐点売上高=固定費÷{(売上高-変動費)÷売上高}という計算式で表される。

講義では、実際に山田さんがJクラブとプロ野球団の二ケースを事例として挙げ、2019年と2020年の固定費、売上減少額とそれに伴う変動費から損益分岐点分析を行うと同時に、純資産の数値を基にした財務余力(売上減に何年耐えられるか)を算出して比較分析を行いました。(数値は割愛させていただきます。)

そして、このタイミングで盛り上がったのが講義に参加している方々のコメントを交えたリアルタイムの意見交換です。(どの講義でもコメント欄及び相互の意見交換が盛り上がるのが山田塾の特徴のひとつ!)

実際にクラブで働かれている方からは「(組織の構造上)内部留保の積み上げがやりにくい・・」というリアルな声があがったり、講師の一人でもある里崎さんからは「オープンリーグであるJリーグと、クローズドリーグであるプロ野球で内部留保の状態に違いがある」等という示唆のあるコメントも。

更にそこから「リーグ降格によるスポンサー契約絡みの業績影響」や「Jクラブ別の財務余力ってどのくらい差があるのか?」という議論に展開していったりと、講師と塾生の意見が交わりながらダイナミックに講義が進んでいきます。

そして、ここで山田さんから当日二つ目の問いが。

「利益を出して内部留保を貯めておくことは悪なのか?」

こちらもまた、どちらが正解と簡単に決めることができない問いであると同時にとても大切な論点だと思います。

ここまで財務余力を蓄えておくことが大切と言いつつも、サポーターからは「内部留保するくらいなら強化費に使って!」という声や、スポンサーからは「(クラブに)貯金させるためにお金を出しているわけではない!」という声が挙がることもあるみたいです。

また、子会社の立場であるクラブがいれば親会社が存在するわけですが、「そもそも用途が決まっていないキャッシュを子会社に置いておく意味がどこまであるのか?」と考える親会社がいるのも自然ではないかというコメントも講義内で挙がりました。

人によってさまざまなご意見があると思います。山田塾内でも大変盛り上がったこの問いですが、noteをご覧になられている皆様はどう考えますか?
(本投稿下部の「コメント欄」に記載いただけたりすると大変うれしいです!)

その他、シーズン通して資金ショートしやすい時期や、クラブ以外の周辺企業のリスク(スポンサーや親会社の業績不調や倒産)等、諸々の財務リスク観点がありますが、一方でこうしたお金周り以外のリスクもあるわけです。

それが不祥事やコンプライアンス違反等のリスクです。八百長とかがそれにあたりますね。そのような「コンプラリスク」は、レピュテーションリスクとしては勿論、制裁金やライセンス問題、スポンサーやサポーター離れなど、最終的にはお金周りのリスクに繋がるわけです。

ではそうしたコンプラリスクに対してクラブはどのような対策ができるのか、山田さんの見解まとめとして挙げられたのが「不正のトライアングル」から予防・対策を行うというものです。不正のトライアングルとは「人が不正をする仕組みをモデル化したもの」で、以下の三要素から構成されます。

① 機会:(対策として) 預金通帳のチェックや現金の取り扱いに気を付ける等
② 動機:(対策として)しっかりと給与を払う等
③ 正当化:(対策として)社長や役員が透明性の高い資金運用を行う等

プロスポーツクラブは諸々の理由で不正が起こりやすい環境といえるのではないかという意見もあり、コンプラリスクに上記記載したような対策を行うことで、中長期視点で財務リスクを解消していくことも重要だといえそうです。

3.Jリーグクラブライセンス制度の構造

前半パートの山田さんの話を受けて、ここからは後半パートに移ります。講師は、デロイトトーマツFAスポーツビジネスグループSVPの里崎慎さんです。

前半パートではプロスポーツクラブを取り巻く様々な財務リスクについて学んできましたが、一度学びの視座をクラブからリーグへ移すことでより多面的に財務リスクを学ぶことができます。

そこで里崎さんは、日本のJリーグが財務リスクについてどのように考え制度を設計・導入しているのか、「Jリーグクラブライセンス制度」の構造を取り上げて説明されました。実際に、この制度が導入されたことでJリーグの各クラブにおける財務リスクが軽減されてきていると言われています。

まずクラブライセンス制度を取り巻く組織的な構造として、クラブを含めて以下「4つの組織」が繋がり合っています。

・クラブ(ライセンスを交付される対象)
・CLA(クラブライセンスの事務局。クラブとFIB、ABを繋ぐ役割。)
・FIB(クラブライセンスを交付している機関。クラブが提出する書類等をチェック。)
・AB(クラブの上訴先。FIBの審査結果を第三者目線でチェック。)

そして、ライセンス交付規則・運用細則として上記体制の他にも、以下のように大きく「5つの基準」で構成されているということです。

1. 競技
2. 施設 *
3. 人事体制・組織運営
4. 法務
5. 財務                     
                                                                                           
 * クラブライセンス制度とは別に「Jリーグスタジアム基準」も存在する。

そもそもの重要度もさることながら、今回は講義のテーマ的にも5つ目にある「財務基準」にフォーカスしていきます。財務基準の内容は大きく分けると以下の8つです。

1. 年次財務諸表
2. 中間財務諸表(現在は適用なし)
3. 移籍未払金
4. その他未払金
5. 後発事象(交付前)
6. 予実・見通し
7. 後発事象(交付後)
8. 修正

これらは他の4つの基準と比べても重要度が高く設定されていて、ライセンス交付において必ず満たす必要がある位置付けのもの(Aランク)となっています。

いくつか例を挙げてみますと、一つ目にある「年次財務諸表」については、判定資料として「監査済みの個別財務諸表(PL、BS)」があり、その主な判定基準として「3期以上連続して当期純損失を計上した場合」や「申請日事業年度の前年度末日現在で純資産の金額がマイナス(債務超過)の場合」といったことが定められています。

また三つ目や四つ目にある通り、「移籍関連費用、給与等に関する未払い」をクラブが起こしてしまった場合にもクラブライセンスの剥奪対象となります。ここはJリーグの「ストロングポイント」にも通じている基準であり、制度内にこの項目があることでJリーグは他国リーグと比べて選手に対する給与未払いが起こらないリーグとなっていたりするわけです。

そして、五つ目にある「後発事象(交付前)」については、ライセンスの交付前に「(増資等、クラブ財務に)好影響を及ぼし得るような事象」や、逆に「(大口スポンサーの倒産等、クラブ財務に)悪影響を及ぼし得るような事象」が発生した場合には報告しなければならないというルールになっています。

他の項目も含め、Jリーグはこのように厳格な財務基準を定めているわけですが、一方で現在のコロナ禍における厳しい環境下においては例外規定を含めた調整(e.g.いくつかの基準において、「新型コロナウイルスによる影響であると認められる場合」に基準を満たさないとは判断しない等)を行っていることや、中長期的な目線で年度を超えて段階的に猶予期間を設けたりしているといった事実も、講義内では大きなポイントとして扱われました。

この点に対する山田さんのコメントが個人的に大変興味深かったのですが、「Jリーグはこうした例外規定を(外部環境に応じてスピーディーに対応し)出していること自体が素晴らしい」ということで、その裏側には世の中にはJリーグ程スピーディーに対応できていないリーグも存在するというわけですね。

こうしたリーグ主導の環境整備も、一つ一つのクラブの財務リスクを軽減することに繋がるということで、正に第1回定例講義で学んだ「リーグマネジメント」の内容にも通じる話だと感じました。

4.まとめ(講義を聴いて思ったこと)

最後に、ここまでの講義内容をうけて私自身が思ったことは、財務リスクについて考えること及びそれに備えるといった行為は「クルマを運転することに似ている」ということです。

事業を推進し、ガンガン儲けを出していくことは「アクセル」を踏むこと
制度やガバナンス含め、各種リスクに備えることは「ブレーキ」を踏むこと

クルマの運転は、アクセルを踏み続けるだけでは事故を起こしてしまいます。一方で、ブレーキばかり踏んでいても一向に前に進むことができません。

目指す目的地まで、同じクルマに乗った人達(クラブのステークホルダー)と楽しく快適にドライブを行えるかどうか、それは今回講義で学んだような知識や制度を可能な限り広く・深く理解した運転者(クラブ)が、「アクセル」と「ブレーキ」をバランスよく操作できるか否かにかかっているということなのだと思います。

また、講義中にある文脈から「言葉を開発することの大切さ」について、ファシリテーターの福田さんがコメントされていました。それを聴いて思ったことが今回のテーマである「リスク」という言葉についても同じだなということです。

リスクってどこか「悪だったり、避けるべきもの」というネガティブなイメージがありますが、例えば「リスク=不確実性」という捉え方がもっと広がっていけば、それはこのVUCAと呼ばれる時代では当たり前に存在するものであり、かつ目に見えない・予測できないことに対して「クラブが積極的にチャレンジしていくもの」というポジティブな捉え方ができるのではないかと、講義内容を振り返りながら思った次第です。

今回のnoteを読まれて少しでも「山田塾」が気になった方は、ぜひ以下のページから参加を検討されてはいかがでしょうか。月額980円で、月一回の当該講座だけでなく、今までの講座のアーカイブ動画や資料、コミュニティ内の熱量高いメンバーの方々とのコミュニケーション等を通して「スポーツファイナンス」を楽しく学ぶことができます。


記事に少しでも共感、興味などお持ち頂けたなら「スキ」や「フォロー」をして下さると、このnoteの執筆者としてとても嬉しいです。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

(執筆:武政泰史)

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