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【小説】絵姿は延びに伸びて

憂鬱になると狭いところへ籠る癖がある絵描きは、自分の世界に浸り何かが降りてくるのを待っていた。冷えた身体の芯には、暖かく照らす光を秘めて現実との差に悩んでいた。夢の世界なのか、過去の記憶なのか自分を突き動かすイメージを形にするために苦悩する。人生にはいくつか関門があって、タイムリミットまでに通過しなくては次はない。追い込まれた彼はまた暗闇に身を横たえた。精神が弛緩し、海の底に落ちていくと、不可思議な現象に身をひるがえしイメージが形を成していく。



 暗くて狭い空間に、柔らかい布、硬い布、そして革が釣り下がっている。
 少し汗のにおいがして、始めはむせそうになるが、我慢すればすぐに慣れた。
 壁に身体を預けて、冷えた腕をさする。
 考えごとをしていると、自分が暗闇に溶けていく。
 そして、普段は考えもしない塞ぎ込んだイメージに耐えられなくなってきた。
 頑張らなくては、そう思う度に閉じこもる。
 洋服ダンスの中は思いのほか居心地がいい。
 ほこりっぽい空気が肺に染み込んでいく。
 目を閉じると意識がますます冴えて、外の景色が見えるようだった。
 天井を仰ぎ焦点を遥か彼方に合わせると、宇宙の気配を感じる。
 普段は気に留めないが、頭上数百キロ彼方には宇宙空間がある。
 真空の闇が広がり光の波動が直に伝わるその空間では、何が見えるのだろう。
 地球上よりも遥かに透明な世界。
 意識が次第に形を帯びて、細長くて黄色い筋が伸びていく。
 外へ、外へと伸びていくと、未来へと通じていく。
 自分の腹のあたりに右の手の平を当てると、黄色いぬくもりが手に移っていく。
 黄色のまんまる。
 キャンバスを真っ黒に塗りつぶすと、腹の底に不安が重く垂れ下がる。
 大きな手で頭を押さえつけられ、地面に足をめり込ませていくような感覚におそわれる。
 黒い絵具には、いくつか種類がある。
 世界で最も黒い絵具は、カーボンナノチューブの一種の「ベンタブラック」である。
 光を99.965%吸収し、反射率は0.2%。
 目に見える可視光線だけでなく、紫外線や遠赤外線までも吸収する。
 人類が考える、理想的な黒に最も近い色である。
 そう、黒とは光を吸収する色なのだ。
 心理テストや占いで、色を性格に例えるが黒はどうだろうか。
 真っ黒に塗ってみると「どす黒い」と呼ぶのがしっくりくる気分になる。
 シックとかフォーマルとかという感じの裏に、死を連想させる。
 手に入れた「暗黒ブラック」は、この世で一番ではないにしても、かなりの黒さを見せる。
 表面の凹凸が消え、吸い込まれそうな宇宙が出現した。
 少しでも触ると、黒さを損なうほどデリケートな表面は、何もないようにさえ見えた。

 星の彼方へ続く黄色い帯は、光の速さで伸びていく。
 だから、描いている自分自身でさえも、伸びているところを認知できない。
 はるか彼方へ伸びる線は表現できない。
 有限の宇宙の中では、理想的な道の形がないからだ。
 どこからが存在しているのか。
 境界線もはっきりしない。
 ひとしきり考えると、頭が熱を帯びて霧がかかったように、ぼんやりとした。
 膝を抱えて、目を閉じると肉体が消えて意識だけがゆらゆらと虚空へと舞い上がっていく。
 地面を離れた肉体は、柔らかくて黒い空間へと消えていった。

 気がつくと、闇の底のような息苦しい部屋の中にいた。
 目を開けて見開いてみても何も見えず、手さ栗で床を確かめ立ち上がろうとした。
 だが、すぐに天井に頭をぶつけて元の姿勢に戻る。
 どうやらとても狭い所で座っていたようだ。
 床から丸く壁まで手をわせていくと、天井を通ってまた下へ行きついた。
 尻の下には硬い物が当たって、確かに接地感があるのだが頭の上にも床がある。
 そんな調子だった。
 身をかがめたまま、どうにか膝立ちになって這い出すと手のひらと膝に当たる床は、少しずつ横へズレていく。
 常に下にある物は確かなのだが、体をずらしても壁がすぐそばにあって、移動した気がしない。
 心細くなってきて、手足に力を込めた。
 動物にでもなったかのように身を低くして突き進む。
 全身がカッと熱くなって、速度を上げていく。
 とにかく体を伸ばしたい。
 少しも変わらない状況が、よけいに自分を追い込んでいった。
 ついには汗がにじみ、その場にへたり込んだ。
 どれだけ進んだのか、視界がないからわからない。
 だが疲れた。
 出口を目指しても無駄かも知れない、という弱い気持ちが体を緩めていった。

 誘導棒のスイッチを入れると、薄暗くなった道路に輝く光が昼間よりずっとまぶしくなる。
 数メートルおきに設置したナガレ工事灯は随分ずいぶん前にいていたようだった。
 色鮮やかだったフェンスとカラーコーンは闇に溶けていき、点在する光が車の流れを作っていく。
 肺の中の空気を絞り出し、吸い込むとむせるような排気ガスの臭気が体内に広がっていく。
 車の体臭とでもいうべき石油の燃えカスが、鼻を突き意識を朦朧もうろうとさせる。
 申し訳程度に、時々腕を振り上げ惰性で誘導棒を振りながら、ぼんやりと車の列を眺めていた。
 大型トラックが鼻先を猛スピードで通り抜けると、足元のアスファルトがドシンと身体を突き上げる。
 ターボを利かせたスポーツカーのエキゾーストノートでハッと我に返り、またぼんやりと道路の彼方へ目をやった。
 日がな一日道路に立ち、腕を振る仕事。
 とりあえずで探して、始めてみたものの面白みのかけらもない単純作業だった。
 この前などは、数キロにわたる渋滞が起きて、車が立ち往生していた。
 渋滞で問題になるのはトイレである。
 半狂乱になって騒ぐ人もいて、クラクションが鳴り始めると苛立ったドライバーが連鎖的に鳴らし始めた。
 工事現場の連中にも苛々がうつって、怒鳴り声がした。
 渋滞くらい我慢しろよ、と思いながら極力誰とも視線を合わせないように空の方を見ていた。
 警備員は話をしないし、表情も変えない。
 誰もがそう思っているだろう。
 だから、突っ立ったまま遠くを見ていた。
 右足に体重をかけ、腰が疲れたら反対に体重を乗せる。
 作業員の芽がないことを確認してから首を回したり、足を伸ばしたりする。
 見られてもどうと言うことはないが、ロボットのように立っているものだと思われているだろうから、自分なりに気を使っていた。

 数字が上から下へと流れていく。
 暗い画面に同じような数字が並び、薄暗い部屋の中で飛び交うように動き回る。
 男がマウスをクリックすると緑色の線がしなり、ところどころ赤や黄色に変わる。
 その線は左から右へと流れていき、下へ、そして上へと揺らぐ。
 余部あまべは小さく嘆息たんそくすると、椅子の背もたれに体重を預け天井を見た。
 毎日グラフと向き合い、経済ニュースにすべて目を通し、売り買いを続けてきた。
 安定したアセットもあるから生活には困らないし、世間で言われるほど浮き沈みはない。
 投資のイメージが悪いのは、悪徳業者や詐欺さぎを働く犯罪者のイメージと、島国で他国の通貨や株式で運用する習慣がないからである。
 投資で失敗する人は、短期的な利益を思い描いて失敗する。
 無駄な売り買いを繰り返し、取引所に手数料だけをたんまりと献上けんじょうするのである。
 きちんと勉強して、利益を産む仕組みを知っていれば、これほど安定した仕事はないのである。
 特定の企業に属さず、実力で年収が決まる業界に憧れて、若い頃は遮二無二しゃにむに頑張った。
 だが最近では単調な作業にんでいた。
 グラフはどこまでは伸びていく。
 拡大しても、縮小しても、似たようなパターンを描き出し、上がった下がったと一喜一憂する人類をあざ笑うかのように、同じ波が繰り返されていた。
 ふと、天井の先にぼんやりと意識を飛ばした。
 宇宙からの波動が、地球上に経済の波を作り出しているのではないか。
 素粒子の世界である宇宙は、地球上の物質にもつながっている。
 ミクロの世界でも星が点在し、重力で引き合い回転しているらしい。
 ならばこの肉体は、宇宙の一部である。
 経済の動きは予測できないと言われている。
 評論家や大学教授が権威を振りかざして記事を書いていても、大抵は昔の成功例を引き合いに出した結果論である。
 明日の状況さえ正確に予想できない人間は、宇宙の波動の中でひるがえる木の葉のように頼りない。
 来るか来ないかわからない大変動に怯えてグラフを見続けるだけの自分にとって、目を閉じることさえ勇気がいる作業だった。

 目を開けると、薄暗い荒野に立っていた。
 さびた鉄のように赤い岩が転がり、遠くにとてつもなく高い山が見える。
 男は鶴ヶ谷 光延つるがや みつのぶという名だった。
 縁起のいい鶴が谷を越え、光が延びていく。
 美しい日本の情景を感じさせる名に満足していた。
 だが社会に出てみると、仕事で失敗し叱責されてくさって辞め、アルバイトを転々とするようになってしまった。
 どこにいるのかは分からないが、何もないと心地いい。
 結局歩いて行けば街に出るだろう、などと思い少し光が差している方向を目指して歩き始めた。
 しばらくすると、頭上に柔らかいチューブのようなものが何本も交差して、暗い空に解けていくように層をなして連なっていることに気づいた。
 左手には、昼間使っていた誘導棒が真っ赤な光で辺りを照らしている。
 高輝度LEDの輝度は、足元を照らして歩くには充分だった。
 真っ赤な荒野に赤い光が、岩を踏みしめて進む。
 かなり歩いてきたはずだが風景はまったく変化しない。
 遠くに月のような大きな星が3つ。
 他には無数の星に混ざって、幾筋かの流れ星。
 それらがチューブで欠けている部分も、変わらない。
 歩いても無駄なのではないか、そんな思いがぎる。
 街に戻りたいとか、家で眠りたいとか心細い気持ちはなかった。
 岩だらけの見たことのない風景が、心を和ませていた。
 不意に、頭上に黄色い筋が伸びてきた。
 地平線の彼方から、頭上を超えてまた彼方へ消えていく。
 光の筋のように真っ直ぐに。
「ここで、何をなさっているのですか」
 背後から声をかけられ、飛び上がるほど身体が硬直し心臓が跳ね上がる。
 振り向くと、うつろな目をした若い男が所在なく視線を彼方にやって、突っ立っている。
「何をだって、そんなこと。
 なぜ聞くのだ」
 少し憮然ぶぜんとした口調になってしまった自分に違和感があった。
 知っている人間ではなさそうだった。

「失礼、私は源川みながわといいます。
 絵を描いているのですが、どうも絵の世界にどっぷり浸かってしまいましてね ───」
 闇に伸びる黄色い線を指さした。
「ほう、するとここは絵の世界ですか」
 おかしな人だと思ったが、自分だってどこにいるのか分かっていない。
 夢でも見ているのかも知れない。
 普段記憶に残る夢は、仕事をしていたり、子どものころ野山を駆け回ったりするような、現実的なものだったが。
 左手の誘導棒を振り上げた鶴ヶ谷は、黄色い筋の方向へ振り下ろした。
 あの筋が、道を示しているのですね。
 行き先がわからずに歩いていたときよりは、気分が良くなっていた。
 だが源川は大きくかぶりを振ってため息をついた。
「人間というものは、線を見るだけで辿たどろうとします。
 でも、考えてみてください。
 あれは私がテキトウに引いた線かも知れませんよ」
 片方の口角を上げ、シニカルに顔を歪めて言うのだった。
「変化しない線は、油断できないですね。
 上がるか下がるか、これからの動きが急激に始る予兆かも知れない ───」
 眼鏡をかけた、スラリと背の高い男がメタル製のツルをまんで線が消える方向をにらんでいた。
 2人は突然背後に現れた男に、瞠目どうもくした。
 背の高い男は、長い腕を伸ばして虚空にジグザグな軌跡を描く。
「今日は名刺がありませんので失礼。
 余部 幸延あまべ ゆきのぶと申します。
 日本経済は減速というよりも、沈没ちんぼつしつつあります。
 こんな風に真っ直ぐ伸びていますから、素人目には分かりませんがね」
 大股で歩き始めた余部の後を2人は付いて行った。
「で、ここはどこなのでしょうか」
 鶴ヶ谷は、迷いなく歩くこの男に興味があった。
 まっすぐに伸びるだけの光が、変化の予兆だというのである。
 根拠も何もないが、付いて行く価値はあった。

 漆黒の闇に、黒いチューブが溶け込み足元もおぼつかない。
 遠くには星が雲のように煙り、黒い影がはっきり浮かび上がっていた。
 どれくらい歩いただろう。
 しばらく前から、眼下に黄色い筋が伸びていた。
 そして遥か下の方には3人の男が見える。
 それが、奇妙な組み合わせだった。
 赤く光る棒を持った男。
 髪をきちんとセットして速足で歩く男。
 ボサボサの頭をして、ぼんやりと周囲を見回す男。
 3人は急に歩調を合わせて歩き始めた。
 黄色い筋を追っているらしい。
 じっと凝視していると、吸い込まれるように身体が宙に浮き、岩の大地に降り立っていた。
「ここで何をしているのですか。
 あの筋は何なのでしょうか」
 男たちは足を止め、各々が名乗った。
 園 美伸その みのぶが名乗ると、切れ長の目をして髪を整えている男が言った。
「私の名前が余部 幸延あまべ ゆきのぶ
 そして源川 幸延みながわ ゆきのぶ鶴ヶ谷 光延つるがや みつのぶ ───」
「みんな『延びる(伸びる)』がついた名前ですね」
 偶然だろうか。
 唸ったり空に目を移したりしながら唸っていると、
「まあ、とにかく先に進みましょう。
 考えても始りませんから」
 光る棒を振り上げて、鶴ケ谷が肩をすくめた。
 蓬髪ほうはつで、ぼんやりした顔の源川は岩を足でつついてみたりしてため息をついた。
「あの筋は、僕が描いたのですけどね」
 すたすたと先頭を歩いていた余部が弾かれたように軽く飛び上がり、怪訝な顔で振り向いた。
「何だって ───」
 見開かれた双眸そうぼうは焦点を失い泳いでいた。
 腕を伸ばした源川が、いつの間にか握っているの長い筆を黄色い筋をなぞるようにして彼方へ伸ばした。

「とにかく、先を急ごう」
 余部は歩調を速めて、石を蹴散らす。
 前方には相変わらず荒野が広がるばかりである。
「皆さんはどこへ向かっておられるのですか」
 何度もつまづきながら園が尋ねる。
「帰り道を探しているのか」
 赤い光を前方に突き出した鶴ケ谷だった。
「帰るって、どこにですか」
 ほとんどゾンビのようにゆらゆらと歩く源川がため息をつく。
「どこって、自分の生活があるだろう。
 仕事を無断欠勤したら大変なことになるぞ」
 鶴ケ谷は急に落ち着かなくなった。
 警備員など、惜しくない仕事だが当面の生活費に困ってしまう。
 アパートの家賃だって馬鹿にならない。
「最近、母の体調が悪くてなあ。
 実家に戻れとうるさいんだよ」
 振り回した光る棒が点滅して、暗い空に丸い軌跡を描いた。
「このままだと、行方不明ってことになるぞ。
 帰る所の話じゃない。
 まあ、俺は自営業だから欠勤にはならないが」
 相変わらず黄色い線のみを凝視して、真っ直ぐ歩いて行く。
 余部の瞳には黄色いたて線がくっきりと写っていた。
「あんたは、どこからきたんだ」
 園に水を向けたが、彼女は後ろを振り返って何かを探しているようだった。
「私は、チューブの謎をおっているのです。
 ずいぶん長く|彷徨《》っているので、どこから来たのか分からなくなりました」
「つまり、迷子というか失踪者しっそうしゃなのだね」
 小さく頷き、心細そうにまた後ろを振り向いた。
「帰える必要なんか、ないんじゃないか。
 どこへ行くのかも分からないし。
 あの線を辿っていれば、とりあえず進む方向は間違っていないだろう」
「そう言えば、線はどこまで続くのだ。
 描いた本人ならしっているだろう」
 もう20メートルほど先に言ってしまった余部が、ちらりと視線をこちらへよこした。
 源川は疲れた、という風体で口を半開きにしていた。
「線がどこへ向かうかって。
 自分でキャンバスに線を描いてみたらいい。
 バカバカしいほど簡単だ」
 小さく舌打ちをして、吐いて捨てるように言った。

 赤い岩石は、水気のない大地で砕け荒々しく転がっている。
 遠くで風が鳴る音が聞こえた。
「唸り声みたいな音がしないか」
 足を止めて余部が振り返った。
 次の瞬間、凄まじい轟音聴覚を奪った。
 同時に4人は足元から宙に巻き上げられた。
「何だ」
 自分の声が辛うじて聞こえるだけで、唸り声と砂煙で何も聞こえず、何も見えない。
 身体は宙に浮き、地面も見えない。
 このままでは、地面に叩きつけられる。
 堅く目をつぶり、耳を両手でふさいだままグルグルと回転する感覚に身を任せた。
 
「大丈夫か」
 右手をつかまれて、半分身を起こされた源川は薄く目を開けた。
 顔じゅうに砂が被膜を作り、口の中もジャリジャリする。
 耳にもかなり入っているし、鼻の中は鉄の匂いがした。
「生きていたのか」
 3人は傍らで顔をのぞき込んでいた。
「いや、生きていないのかも知れない」
 余部がかけていた、四角くて横長のメタルフレームの眼鏡がなくなっている。
「さっきの風で」
 目のあたりに視線を合わせると、
「そうだ。
 でも眼鏡がないとほとんど見えなかったはずだが、どういう訳か見えるんだ」
 肩をすくめて鶴ケ谷は、
「本当は、伊達眼鏡だてめがねだったんじゃないのか」
 とため息交じりに言った。
「俺が、ウソをついているとでも」
 目を吊り上げて眉間に縦皺たてじわを作った。
 園は腕と足の傷をさすって、砂を落としている。
「おい、気をつけろ。
 この砂は鋭利な刃物のようになっている。
 余計に傷つけるかもしれないぞ」

10

 身体のあちこちに擦り傷ができて、血が固まっていた。
「クソッ、一体どこなんだ、ここは」
 煙るような星空と、遠くの黒いチューブが重なっている以外には変わり映えしない空。
 そして相変わらず黄色い線は続いている。
「なあ、あの線はどうなっているんだ。
 追いかけて、意味があるのか」
 詰め寄られて源川は、3歩下がった。
 顔には、何を言っているのかわからない、という表情を浮かべ口を半開きにしている。
「意味ってなんですか。
 あなた方は、線以外に何も目標がないでしょう。
 それとも、ずっと座っていたかったのですか」
 今度は鶴ケ谷が呆気あっけにとられた。
「何だよ ───
 もう、俺は歩かないぞ」
 後ろに手をついて、大きな石に腰かけたまま空を仰いだ。
「第一、これは線じゃない」
 4人とも座り込んで、空に視線を投げた。
「キャンバスに線は描けない。
 線は必ずどこかにつながって行くのだ。
 必然的に形を作り出す。
 君たちがテキトウに描いたって、何かができ上るはずだ。
 描いたものに、勝手に期待した見返りを、あるとかないとか言う方が意味不明だ」
「神頼みでもするか」
「君は、神社で手を合わせて家に帰してくださいとでも願うのかい」
 右側の口角を上げ、頬を引きつらせた鶴ケ谷はゴロリと横になってしまった。
 そして、小さな悲鳴を上げて跳ね起きた。
「こいつは、痛くて寝るどころじゃないぞ」
「ここが、死後の世界なら待っていれば沙汰さたがあるさ」
 遠くで流星が2つ、視界を横切ったほかは変わり映えしない空だった。
「俺は、それでも歩く。
 来ないなら独りで行くぞ」
 余部は、やれやれと一息ついてから立ち上がった。
 4人はまた、黄色い線を追い始めた。
「どうやら、君たちもこの絵が心に馴染なじんだようだね」
 絵筆を振り上げ、満足そうに大股おおまたで歩く源川が口角を上げ、ふっと笑ったのだった。

この物語はフィクションです


「利益」をもたらすコンテンツは、すぐに廃れます。 不況、インフレ、円安などの経済不安から、短期的な利益を求める風潮があっても、真実は変わりません。 人の心を動かすのは「物語」以外にありません。 心を打つ物語を発信する。 時代が求めるのは、イノベーティブなブレークスルーです。