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【小説】異世界への手紙を見つけた郵便局のフリーター、禁断の封印を解く

「レゴラス・グリーンリーフ」こと、遠藤 誠は郵便カバンの中から洋封筒を取り出した。近所の通りには、大きく番地を書いた電柱と、縦書きの表札が規則正しく並ぶ。賃貸アパートの一角で、手元を見た誠は凍りついた。「何の冗談だ ───」呟いたきり視線は宛名に釘付けになる。「伝説の英雄 アレクシス・ブレイブハート様」とあったからだ。定職に就かずフリーターをしていた遠藤は、たまたま郵便配達をしていたのだが、始めるとプロ意識が出てきた。住所を間違っていたり、ヘタクソな字で読めないときでも、だいたいの当たりをつけて聞いて回り、届けなくては気が済まなくなっていたのだ。しかし、これは質の悪い冗談では、そう思った彼だが、次第に心の底から燃え上がる情熱に駆られたのだった。



 軽く地面を蹴って、滑らかにスクーターを発進させた遠藤 誠えんどう まことは、腰のあたりに下げたカバンを探った。
 ひょいと手紙の束を取り出すと、電柱の脇に止まって宛名を確かめた。
 電柱には「帳塚とばりづか3丁目」と緑字に白抜きで書かれ、東京電力のマークも目に入った。
 毎日同じところを回っているから、確認しなくても分かるのだが、つい見てしまう。
 普段はあまり意識しない賃貸アパートが、近所にも意外と多くて、規則正しくたて書きや横書きで表札が並ぶ。
 古臭いアパートの縦書き表札を見ながらポストに手紙を差し込んでいくと、一通の封筒を見て凍りついた。
「何だこれ、何の冗談だよ」
 思わず大きな声を出してしまった。
 宛名は「伝説の英雄 アレクシス・ブレイブハート様」とあった。
 何度も読み返して、目をしばたたいた。
 配達をしていると、すぐに家と苗字が頭に入る。
 記憶力に自信がなくても、家の特徴から人の営みを感じると頭にイメージが形作られる。
 そして、手紙の体裁や頻度ひんど、差出人などから中身を大まかに予想できた。
 ある時は、あからさまなラブレターを手に取り、温もりを感じた。
 あらゆる可能性を頭をフル回転させて模索もさくした。
 アルバイトとはいえ、今まで一度も配達をあきらめたことはない。
 名前さえ書いてあれば、住所がなくても届けられる自負はあった。
 アレクシス・ブレイブハート、実在の人物なのだろうか。
 伝説の英雄とは、何を意味するのだろう。
 考えを巡らせ続けるうちに、頭に熱を帯びてきた。
 呼吸が早くなり、心臓が波打つパルスを全身に走らせ、皮膚を膨張させる。
 軽いめまいを感じて、バイクにもたれたとき身体がすっぽ抜けて落ちていく感覚に襲われる。
 脂汗あぶらあせひたいからほおへと伝い、一滴ひとしずく落ちていった。
 ストンと何かに腰かける感覚と共に、暗い世界へと意識が消えていき、手紙を胸にギュッと抱きしめたままどこかへ落ちていくのだった。

 かすみがかったような意識の中で、響いてくる言葉を聞いた。
「我が名は竜騎士バルドル。
 久しぶりに会う、勇気ある者よ、我の元へつどえ ───」
 目を開けたが、真っ暗で何も見えなかった。
「うむ、『レゴラス・グリーンリーフ』よ、お前にはこの棒を授けよう」
 頭に直接響くような、重々しい声と共に一本の古びた棒が右手に吸いつくように握りしめられた。
 手紙と棒を力いっぱい身体に押しつけ、ゆっくりと回転する感覚に襲われ、流れに身を任せた ───

「あの、大丈夫ですか」
 青臭い草と土のにおいを風が運び、鼻腔びくうを突く。
 太陽の温もりが身体を軽くし、視界を明るくした。
 肩に手をかけた女が、力任せに引き起こしたのだ。
 ゆっくりとまぶた隙間すきまに光が差し込み、空の色を感じた。
 うなるような声を出しながら、手にしっかり握っていた棒を杖代わりにして地面に突き、身を起こそうとした。
 その時、草むらから巨大なイノシシが飛び出したかと思うと、猛然とこちらへ向かって突進してくる。
 何が起こったのか判断する前に身体が動いた。
「フラーマ」
 謎の言葉を吐いた女の声が、若いな、などと思いながら突き出された自分の手には汚い棒一本しかなく、武器としては心もとない。
 次の瞬間、断末魔の悲鳴が耳をつんざき、黒焦げになったイノシシの巨体が地面に転がった。
 口をポカンと半開きにしたまま、女の方へ視線を移すと黒い布に身を包んだ小柄な姿がイノシシに近づいて行った。
「何をしたんだ」
 改めて見ると、体長3メートル以上はある巨大な黒いかたまりと周囲の草むらが、凄まじい炎で焼かれたのだと分かった。
「私の魔法だけでは、こんなにならないはずだけどな」
 怪訝けげんな顔を向けてきた女は、汚れた杖を凝視していた。

 杖を握った手には、脂汗がにじみ女の視線がさらに身体を硬くさせた。
「これ、魔力で鍛えた杖なんですか」
 自分に対して質問を投げかけているようだが、口をパクパクして硬直した身体を何とか緩めないと手がりそうだった。
「燃えた ───」
 3メートル以上の巨大イノシシが突進してきて、一瞬で黒焦げになって倒れる。
 そしてこの女は魔力がどうとか言って、汚い棒を見ている。
 ここは草原で、配達の途中だったはずの街は消えた。
 その時、肋骨ろっこつのすぐ下から、突き上げる衝撃しょうげきを受けて小さくうめき、地面に丸くなって横倒しになった。
「ぼんやりしないでよね。
 また何か出るかも知れないんだから」
 右拳を腹の高さに突き出したまま、目をぎらつかせた女が吐き捨てた。
 もう一度、杖を地面に突き立てて身を起こすと、女が油断なく周囲に視線をやりながら言った。
「私はサキュバス・リリス、あなたは ───」
「俺は、レゴラス・グリーンリーフ」
 一発食らって、頭のもやもやが晴れていた。
「この杖は、魔力を秘めているでしょう」
 硬い声でリリスが繰り返した。
 先ほどのような恐怖が身近に迫っているのだ。
 身体の毛穴から汗が滲み出る。
 ガサガサッと右手の草むらがざわめくと、一歩退いて杖を向ける。
 呼吸音が風の音よりも大きくなり鼓動が、うるさいほど脈を打つ。
「もういないようね。
 イノシシは群れを作らないから」
 初めてリリスは、レゴラスの方へ身体を向けた。
「で、この杖は何よ」
 ついに怒気を込めて彼女は詰め寄ってきた。
 3歩後ずさりをして、右手に固く握ったままの棒を顔に近づける。
「『セレスティアルワンド』と、竜騎士バルドルが言っていた ───」
 何か、凄い力を秘めた杖を、伝説の竜騎士様がくださったのだと思っていたので、リリスの反応を待っていた。
 だが、鼻を鳴らして、
「ふうん、へえ」
 と言ったきりきびすを返し、付いてくるよう手招きして、歩き始めたのだった。

 遠くに城のような影が見える方向へ、かなりの距離を歩いていくとはっきりと城門を視界に捉えるところまで行きついた。
 キョロキョロと見回し「へえ」などと言いながら、のけぞって城門の上の方を指さして「でっかいな」と目を輝かせて言うレゴラスに、大きなため息をついてリリスが言った。
「ここはエトランシア最大の街、テイシアだ。
 恥ずかしいからキョロキョロするな」
 城門に近づくと、身長の2倍ほどもあるやりを立てた衛兵が、
「見ない顔だな」
 ジロリとにらみつけてきた。
 門の両脇に立っていた、2人の兵士が槍を交差させて行く手をはばむ。
「商人なら手形を見せろ。
 ないなら、ここへ来た目的を言え」
 足先から頭の先まで視線をわせながら、身のすくむような威圧感で押しつぶされそうになった。
 咄嗟とっさに、腰に下げていたカバンから一通の手紙を取り出した。
 「貸せ」とひったくるようにして手にした兵士は、宛名あてなを読み上げる。
「なにい、『アレクシス・ブレイブハート様』だと ───」
 怪訝けげんな顔で言うと、手紙を投げ返した。
「俺、私は郵便物を届ける仕事をしています。
 これを届けたらすぐに帰りますんで ───」
 ペコペコと小さく頭を下げながら、へへへっと笑い愛想あいそを使った。
 それが功を奏したのか、兵士も表情を崩し、
「まあ、怪しい奴ではなさそうだ。
 リリス、お前の知り合いか」
 と彼女に確認すると、槍を引いて戻って行った。
「助かったよ」
 笑顔を作ってみたものの、彼女は口をへの字にしたままだった。
「私も、あんたのことを知らない。
 街へ入るのに、独りだと何かと面倒だから合わせただけだ」
 首筋の辺りをきながら手紙をリリスにも見せた。
「これを『アレクシス』に渡すのか ───。
 手がかりはあるのか」
 かぶりを振って、肩をすくめた。
 すると、のけ反るようにして、どっと笑った。
「面白い奴だな。
 その杖も、竜騎士も、良く分からないって顔してるところが気に入ったぞ」
 レゴラスの眉間みけんを、指で差してこらえていた笑いが吹き出した、といった風に腹を押さえて身を丸めたまま肩をゆすった。
 そんな彼女を見て、今度は自分も可笑おかしくなって笑ったのだった。

 まずは情報集めだ、と定番の酒場を探そうとすると、
「なぜ酒場なんかへ行くんだ」
 信じられない、という顔をしてリリスは広場に面した建物に入っていく。
 子どものころプレイしたRPGでは、酒場で情報集めをするのが当たり前だった。
 だがその程度の知識しかない、とも言えた。
 確かに、情報化社会では酒場に情報集めに行く者などいない。
 でもこの世界は ───
 大きな木戸を開けると、広間に沢山たくさんの冒険者が集まっているようだった。
 どこかのゲームで見たような、魔法使いのローブや剣士のよろい、ファンタジーのコスプレかハロウィンパーティかと思うような光景だが、どれも本物なのだろう。
 高ぶる気持ちを必死に抑え、伝説の英雄・アレクシス・ブレイブハートのイメージに合う者がいないか目を皿のようにして一人一人目で追った。
「やあ、新入りかい。
 あんた、魔法使いかヒーラーってとこかな」
 振り向くと、大きな剣をいた女が微笑を浮かべてこちらへ近づいてきた。
「彼女はアリア・スターダストだ。
 大陸一の俊足と評判の、腕利きの剣士さ」
 リリスが耳打ちをする。
「俺は、この手紙の宛名の人物を探している」
 この世界の雰囲気に慣れてきたレゴラスは、努めて大仰おおぎょうな態度で言った。
「伝説の英雄だって、そんな奴いくらでもいるさ。
 自称英雄ばっかりが集まって、たむろしているようなところだからな」
 ふんと鼻を鳴らして、レゴラスの顔つき、身体の筋肉と立ち居振る舞いを鋭い視線で見極めようとしているようだった。
「で、リリスは私ともう一度旅する気になったかい」
 口元に拳を当て、思案顔のまま黒いローブのサキュバスに顔を向けた。
「ふふ、こいつは面白いことになりそうだな。
 竜騎士バルドルからセレスティアルワンドを授けられた冒険者と、腕利きの剣士、そして夢魔である私か ───」
「もしかして、今度は本気で伝説の英雄を追うつもりか」
 アリアの問いには答えず、リリスは壁際に寄りかかって書類の束を読んでいる男の方へ歩いていく。
 口元の笑みが、出逢った2人の冒険者との共感の光を心に灯したように感じたのだった。

 尖った耳と切れ長の目をした男は、リリスに気づくと書類から視線を上げた。
「やあ、オベロン・キング・オブ・フェアリーズ」
 小さくため息をついて、レゴラスを認めると言った。
「こちらは、いや、ええと ───」
 進み出て自己紹介しようとしたが、リリスが手で制した。
「フェアリーとエルフの血を受け継いでいる。
 長く生きているし、人脈が広い。
 森の情報通で、彼に聞けば手がかりを知っているかも ───」
 しきりにうなって、床を睨みつけていたオベロンが口を開いた。
「あなたは、明確な目的を持ってここへ来ましたね」
 カバンの中から例の手紙を取り出して言った。
「郵便配達をしていたら、これを見つけて届けに来た。
 いつの間にか、リリスとアリアの仲間みたいになっているけど、これをアレクシスに渡したら帰るつもりだ」
「なるほど、だからパッと見ても分からなかったのですね」
「どういうことだ」
 リリスが聞き返す。
「この人は、途方もない彼方からやって来たのです。
 そして、アレクシスに会うですって、やめた方が良い」
 大きくかぶりを振った。
「知ってるのか、会わない方がいいって、なぜなんだ」
 レゴラスの鼻息がかかるほど詰め寄る。
「やっぱり、あのアレクシスなのか ───」
 アリアが顔をしかめた。
 アレクシスは、ロダニア山へ何度もおもむき強力なモンスターを次々になぎ倒し、伝説の英雄達を助け、自らも魔導師と剣術士ギルドマスターを務めたほどの実力者だった。
 しかし、激しい気性から、冒険者たちとの折り合いが悪く、度々喧嘩けんかをして出て行ってしまったのだ。
 人間に対しても平気で禁忌きんきを破って魔法を使い、気に入らなければ殺す。
 街に出ては武器や食料を奪い、抵抗すれば魔法でおどす。
 残忍で自己中心的だという評判だった。
「探すと言っても、どこに行けば会えるかさっぱり分からないな」
「そうでもありませんよ」
 窓の外へ視線を外したオベロンはつぶやいた。
「森がきっと、運命の糸を手繰たぐり寄せます。
 この手紙には、強い念が込められていますから ───」

 テイシア城の最上階からは、遠くの山々が青くかすむ。
 人払いをした執務室には、2人の男が立っていた。
 外を眺めていたのは白髪の老人だが、両眼には赤々と燃える光をたたえ、ギラリと見据みすえる威圧感は心の臓を鷲掴わしづかみにするような迫力だった。
「国王、ライオス様、例の手紙を、まことの心を持つ者へ、セレスティアルワンドと共にたくすしました」
「バルドルよ、アレクシス・ブレイブハートは、今どこにいるのだ。
 やはり、ワシみずからが出向いた方が ───」
 腰の宝剣をはだいた手を止め、つかにかけた。
 かつて最強の勇者と呼ばれ、伝説の幻獣たちとも渡り合ったライオスならば、単独で出向いても良いのかも知れない。
 実際、大型モンスターが闊歩かっぽするロダニア地方へ、ふらりと出掛けて行ってしまっていた。
 ため息をつき、身を案ずるというよりも、いつもの決まり文句を抑揚よくようなく繰り返すのだった。
「国王陛下が激戦区に出向けば、敵の的になりますぞ。
 作戦遂行すいこうの妨げになるばかりか、軍の統制を乱しかねません」
 今度はライオスがため息を吐いて肩をすくめた。
「アレクシスは良い戦士じゃ。
 だが誤解をされやすい性格がわざわいして、単独で戦っておる。
 『武』に純粋すぎるのだ ───」
 物憂ものうげな言葉とは裏腹に、口元には笑みを浮かべていた。
「さすがのワシも、そろそろお迎えがくる歳だ」
 ふっと、目に湛えた怒気を消し、影が差した老王は椅子に腰かけるとバルドルにも勧めた。
「そんな弱気をおっしゃっては ───」
 テーブルに置かれた剣の宝玉には、燃えたぎる炎がゆらめいている。
 火の属性を極め、最高レベルの魔力と俊足、そして膂力りょりょくを持って振るえばたちまちすべてを灰燼かいじんに帰す。
 この世で最も強い戦士は、魔法を極めた魔導師でも、肉体を極限まで鍛えた剣術士でもなく、魔力で鍛えた武器をたずさえた、すべてのバランスを体現した戦士なのである。
「アレクシスは、乱世そのものだ。
 時代を駆け抜けるために生まれ、散っていくのではないかと心配でな ───」
「国王陛下、この地上には伝説の勇者ライオスに匹敵する者などおりません。
 ですが、若い者たちの成長を信じてください」

 テイシアを出てから、3人のパーティはおそい掛かるモンスターを斬り、焼き、無傷でロダニアの森へ辿たどり着いていた。
 腰のカバンに目をやると、手紙を渡す責務を果たすために、随分ずいぶん遠くまで来たものだとしみじみしていた。
「今度は大物だ、私が一太刀浴びせたら焼き殺せ」
 アリアが自慢の足で敵のふところに飛び込み、リリスの魔法で畳みかける。
 必勝パターンができ上っていた。
 だが、想定外の展開が起こる。
 背丈が人間の2倍ほどあるトロルは、手にした棍棒こんぼうで足元をガードして守勢一辺倒の作戦を取ってきたのだ。
 勢い余って棍棒に剣を突き刺してしまったアリアが、宙高く放り投げられ、地面に叩きつけられ気絶した。
「アリア!」
 レゴラスは駆け寄ろうとしたがトロルの棍棒の方が速い。
「フラーマ!」
 渾身こんしんの力で火球を飛ばすが、それも棍棒で弾き飛ばす。
 レゴラスは我を忘れ、セレスティアルワンドを投げつけようと振りかぶった。
 その時 ───
 全身が硬直して動けなくなった。
「よお、お前、その棒きれをどこで拾った。
 てか、投げてどうすんだよ、バカかお前。
 ほれ、ほれ、俺に貸してみろ。
 てめえみたいなバカが握ってちゃあ、秘めた力を出す前に叩き折られちまうぞ」
 突如背後に現れた男は、セレスティアルワンドを取り上げると、片手でリリスのローブを掴み、ブンブン振り回してからトロルめがけて投げつけた。
 悲鳴を上げて一直線に飛んでいく彼女は、涙を流し顔をくしゃくしゃにしてもがいた。
「はあ、みっともねえパーティだな。
 ほんじゃあ、軽くいってみるか」
 片足をスッと前に擦り出したかと思うと、棒を一振りして小声で何かをつぶやいた。
 凄まじい火柱がトロルの足元から立ち上り、一瞬、断末魔の悲鳴を聞いたきり、炎がゴウゴウと上っていく軌跡と一緒に黒い塊と化し、粉々に灰が散って消えた ───

 謎の男はセレスティアルワンドをレゴリスの手に握らせると、射るような目を向けた。
「おい、か弱い女2人を守れない、もっとか弱い虫けら君よお。
 何か、裏があるな。
 このアレクシス・ブレイブハートに話してみな」
 燃えるような蓬髪ほうはつをなびかせ、獣のようにしなやかな体捌たいさばきでにじり寄ってくる。
「殺される ───」
 遠くで伸びている2人の女戦士の方へ視線をやると、心細さが手足の力を奪い、腰が抜けて座り込んでしまった。
 震える手で郵便カバンをゆっくりと開け、手を差し入れるが、他人の手のように硬直して震え、指が思うように物をつかんでくれなかった。
「今、アレクシス・ブレイブハートと ───」
 かすれた声を絞り出し、涙ぐむ目で男を見上げる。
「ん、何か他にも ───」
 カバンに手を無造作に差し入れた男は、一通の手紙を取り出してまみ上げた。
「何だこりゃあ、字が書いてあるな。
 お前、読んでみろ」
 ふんと鼻を鳴らしてドカリと腰を下ろし、あぐらをかいて腕組みをして目を閉じた。
 手紙の封を切ると、レゴラスは心を奮い立たせて読み始めた。
 黙って聞いていた男は、大きく一つうなづき、レゴラスに手を差しだした。
「俺の名は、さっき言ったな。
 ライオスのオヤジが言うんじゃあ、お前さんも選ばれた戦士ってわけだ。
 何があるのか知らねえが、せいぜい死なねえように守ってやるぜ」
 手紙を読み終えると、魔力の炎に包まれちりになって飛んでいった。
「一緒に来い。
 足手まといだが、連れてってやるぜ」
「あの、どちらへ」
「決まってんだろうが、ロダニア山の向こうへ行って、ドラゴンの親玉をシメてやるのさ」
 2人の女戦士は、ようやく気がついたのか身を起こし、こちらを見て後ずさりをした。
 振り返ると遠くにテイシアの平原が広がっている。
 これからどんな冒険が待ち受けているのか。
 青く霞む山々は、試練の先にまた試練をもたらすのだろうか。

 バイクにもたれかかっていた誠は、暖かい日差しを受けてぼんやりと薄目を開けた。
 時々路地を通る車の音が通り過ぎ、すずめの鳴き声が耳をくすぐる。
 軽く目頭を押さえると、握っていた手紙の宛先を確かめる。
「山田 実様、と」
 マンションの集合ポストへ手紙を次々に差し入れていく。
「しかし、変な夢を見たな ───」
 手足にうずく痛みにうめき、腰のあたりをさすって、またバイクにまたがった。
 スロットルに手をかけた刹那せつな、手紙の宛名に視線を落として手を止めた。
「何だこれは、『レゴラス・グリーンリーフ様』だって ───」

この物語はフィクションです


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越庭 風姿 【 人は悩む。人は得る。創作で。】
「利益」をもたらすコンテンツは、すぐに廃れます。 不況、インフレ、円安などの経済不安から、短期的な利益を求める風潮があっても、真実は変わりません。 人の心を動かすのは「物語」以外にありません。 心を打つ物語を発信する。 時代が求めるのは、イノベーティブなブレークスルーです。