「わたモテ」15~21巻を読んで
以前に「わたモテ」に言及してから時間が経ちました。その間、リアルタイムで作品を追い続けるにはいかんせん、連載のペースが遅いので、放置しておりました。
それが最近、アプリで見れると知ってちょぼちょぼ見ていたんですが、興味が湧いて、放置しておいた間に出た単行本を買って、一気に読みました。15~21巻です。
読む前は、今の自分の思想的立ち位置から、批判的な感想が出るんじゃないかなと思っていましたが、読み始めるとすっかりはまってしまって、普通に楽しかったです。
新キャラで好きなのは、佐々木風夏ですかね。風夏ともこっちのエロ知識対決は笑いました。風夏がバカすぎて、最高でした。(でも、性知識に興味あって、モテるなら、普通に男子生徒とヤッちゃうんじゃないか…とも思いますが)
あとは、心理描写の秀逸さに関しては、やはり群を抜いていると言っていいでしょうね。その点に関しては、全く衰えていなかったので、良かったです。
心理描写に関しては以前に細かく書いたので、今回は一例だけあげます。
喪170で、イケてる女子高生代表の加藤明日香が、寂しさを感じるシーンがあります。明日香は、もこっちの部屋にいます。そこにはもこっちの友人・ゆうちゃんもいて、もこっちと合わせて三人が部屋にいます。
諸事情あって、もこっちが部屋の外に出て、こっそり、ゆうちゃんだけを呼び寄せます。もこっちは明日香に恥ずかしい自分を見せたくないので、そうしたのです。
明日香は部屋に一人、取り残されます。明日香は寂しさ・疎外感を感じるのですが、それは表情には現れません。
一番簡単な描写は明日香に寂しそうな表情をさせる事ですが、谷川ニコはそう描きません。ここで、明日香は部屋にある人型のぬいぐるみにそっと手を触れます。
これは「寂しい」という感情描写です。明日香は、取り残されて、寂しい気持ちになって、始めて、ぬいぐるみの存在に気づきます。自分が一人になって、やっと部屋に「ひとり」でいるぬいぐるみの存在に気づいたのです。そうして親近感(疎外された者同士)を感じて、そっとぬいぐるみに触れます。
私は漫画にはそれほど詳しくありませんが、これはかなり優れた心理描写と言えるでしょう。「寂しい」という直接的な描写はなくとも、間接的に明日香の心情をうまく表せています。こうした微細なものの表現は、漫画の領域においては高級なものなのではないでしょうか。
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そんなわけで、心理描写に関しては非常に優れたものがあります。読み返して、特に思ったのは漫画的描写の強みとでも言えましょうか。
漫画では、セリフと、モノローグと、実際に現れている絵は、違う次元を表しています。それらを一コマに漫画表現では集約できます。
私の好きな一コマを見てみましょう。喪198の最後の一コマです。
この場面は、もこっち、こみさん(小宮山琴美)の二人が歩きながら話しています。このシーンに至る経緯を説明します。もこっちとこみさんには共通の友人・ゆうちゃんがいます。三人は中学の頃を懐かしんで学校の文化祭をまわります。
その際、ゆうちゃんの元彼とすれ違います。元彼がその時に、気に食わない事を言います。ゆうちゃんは気にしていない素振りを見せたのですが、もこっちは、元彼にささやかな復讐をしようと思います。こみさんはそのあたりの事情がわかっているので、やりすぎないか気になって、もこっちについていきます。
文化祭で、元彼はたこ焼き屋をやっていました。もこっちは、たこ焼きを買いながら、「ゆうちゃんは私が寝取った」という妄想話を元彼に聞こえるようにぶつぶつ話します。それのどこが復讐なのか、私もよくわからないですが、もこっちらしい、奇天烈な復讐でした。
それにたいして、こみさんが「バカだろ」と突っ込みを入れます。それが最後のコマの一つ前です。
最後のコマは、こみさんともこっちのしょうもない話で終わります。書き記すと、
もこっち「(ゆうちゃんと)精神的に寝てつながっているのは私だから」
こみさん「つーか(元彼が)短小ってどこ情報だよ」
もこっち「寝取られる男は存在が短小なんだよ」
…というアホな会話を繰り広げています。しかし、このコマの右側には、こみさんのモノローグとわかるように
「そういやこいつと成瀬さん(ゆうちゃん)の毎日くだらなかったわ…」
と記してあります。その際のこみさんは少しだけ嬉しそうな顔をしています。
ここで、こみさんは、もこっちとゆうちゃんとの三人の関係を懐かしんでいます。ただ、ここでも懐かしさは直接描かれません。こみさんが思い出しているのは「こいつと成瀬さんとの毎日がくだらなかった」という事です。この言葉を字面だけ見ると、軽蔑しているようですが、話の流れと、こみさんの表情、もこっちとのたわいない話を総合すると、こみさんが昔を懐かしんでいるのがわかります。
モノローグの「言葉」と、実際行われている二人の会話、こみさんの表情が合わさって、こみさんが静かに昔を懐かしんでいるのがわかります。こうした表現は自然にやられていますが、複雑なものだと思います。「こいつと成瀬さんの毎日くだらなかったわ…」というモノローグだけでも、もこっちとこみさんの会話だけでも、こみさんの内面は表せません。それらが合わさって、こみさんの内面が自然に読者伝わるようにできています。私はこの最後のコマが好きです。
※
このペースでやっていると紙数がいくらあっても足りないので、全体的な感想を書いていきましょう。
この作品が始まった当初は、作品は「ぼっち女子高生の話」でした。それが「青春群像劇」、「もこっちを中心とした百合ハーレム」の話になっています。
いずれにしろ、「普通の女子高生」の話です。ですが、今や、「普通の女子高生」というものも変質してきています。
どういう事かと言えば、端的に言えば日本社会の劣化、貧困化です。もこっちは、大学進学を考えていて、私学も視野に入っています。今の社会状況を考えると、子供が二人いて、二人共私学に行かせても、平気な家庭は以前より少なくなってきているでしょう。もこっちの家は一軒家ですし、もこっちは、社会の変化によって、「普通の女子高生」から、どちらかと言えば「勝ち組の女子高生」になっています。
それと並行する話ですが「処女よりも非処女の方が上」という価値観も、今ではそのまま通用しないと思います。女子のパパ活などが問題となり、先日は、女子高生と少年らが組んでパパ活狩りをしていたというニュースも報道されました。
「普通の女子高生」「普通の高校生」という際の「普通」という土台が社会から喪われてきています。今、報道されているオリンピックの収賄事件なども含めて、この社会は「勝てば官軍」「長い物には巻かれろ」「やったもん勝ち」の酷薄な世界になってきています。その酷薄な世界が少年少女らの世界にも侵入してきています。
アニメや学園ものは、「普通の学生生活」を土台に作られてきていましたが、その土台が崩壊してきています。それによって「わたモテ」のような作品も、「リアルな今を切り取った作品」から「かつて存在した楽しかった世界を描く作品」に変わってきています。
これは作者に問題があるのではなくて、時代の変化によって必然的に生じてきた事柄です。しかし、この問題を作り手がどう考えるかというのは、重要な問題です。このエッセイでは結論は出しませんが、現実とのこのズレを作り手がどう意識するかという事は、作品そのものの価値を変質させていく一つの大きな要因になると思われます。
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あと、読んでいて気づいたのですが、大学編が、今から準備されているような印象を受けました。みんなが青学に集合する流れが少しずつ作られてきているなと思いました。
私は高校編で終わった方がいいなと思っていますが、大学編があるかもしれません。そういう流れは、ちょこちょこ出てきています。
それと、サチという新キャラがいます。サチは、作品内では一番不穏な空気を放つキャラクターで、一番性格が悪いキャラです。このキャラが「ラスボス」的な立ち位置になるのかなと私も思いましたが、読んでいると、サチの救済についても、下地が作られている状態に感じました。サチが真っ黒になってもこっちグループと争うというより、サチが軟化していく流れの方が自然な気がします。
15~21巻で一番、秀逸な回は、田村ゆりともこっちが二人で台風を経験する回だと思います。あの回が一番、芸術性が高いと思います。あの回は描き方が素晴らしいですね。
全体的な感想はそんな感じです。ドラマ的には百合ハーレムだけと行き詰まってくるので、その外側にサチとキバコの二人を置いて、作品を展開していこうという気配が感じます。とても面白く読んだので、これからも期待して待っていようと思います。
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