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161.ホームセンターにて
ホームセンターが割と好きである。
まず店内に入った時の空気感が非常に平和である。スーパーも平和ではあるが、少し時間に追われている空気感があるので、ホームセンターの平和さには敵わない。
全国的にそうなのかは分からないが、私の地元のホームセンターはペットの連れ込みが可能である。連れ込む人をそんなに見た事はないのだが、たまに見かけると
『(嗚呼、平和だ)』
としみじみ感じてしまう。
以前、店に入った時にお爺さんが小型犬を連れて目の前を横切った事があった。だが、犬自身に歩く気が全く無く、完全に伏せた状態。そんな事お構い無しに爺さんはリードを引っ張り歩き、モップの様に犬を床に滑らせていた。
『(嗚呼、平和だ)』
気持ち良さげに滑る犬の尻を見ながらそんな事を思った。
数分後、その爺さんとすれ違ったが今度は犬を連れていなかった。"何があったのだろう。歩く気のない犬に業を煮やしたのだろうか"。そんな事を思いながら店内をふらついていると、爺さんとはぐれた犬に遭遇した。周りには誰もいない。
犬はドッグフードコーナーの前で座って待機していた。パッケージに包まれ、匂いがしなかろうがこれが食べ物だと分かるのだろうか。ドッグフードの方を向いてしっかりお座りしている。
『(爺さん、早く迎えにきてやれ)』
希望に満ちた犬の横顔を見ながらそんな事を思った。
ホームセンターの良さは平和感だけでは無い。普段目にしないアイテムが数々ある。油断して歩いていると様々なモノに目を奪われてしまう。ただネジを買いに来ただけでもその罠に陥ってしまう。
地元のよく行く店には入り口に肥料が置いてあるのだが、通りすがりに商品名を読むと、こんな事が書いてあった。
【プレミアム牛糞】
いやもう意味が分からない。牛糞にプレミアムもへったくれも無いだろう。どこまでいったって牛の糞は牛の糞じゃないのか。じゃあプレミアムになれたその要因は何なのだろうか。
何より驚くのはこの牛糞が積み重ねられている事だ。私の目線ほどに積み重なっている。こんな大量の牛の糞、どこから仕入れて来て、誰が何の為に買うのだろうか。そんな事を思いながら立ち尽くしてしまう。
そしてふとした時に気付く。
『(・・・いや、違う。ネジを探さねば)』
振り切る様にその場を去るが、店に入ったとしても一筋縄ではいかない。
ケルヒャーの高圧洗浄機が置いてある。ケルヒャーが何者かは知らないが名前ばかりはよく聞くので存在は知っている。きっと洗浄機界のギブソン、フェンダーみたいな事なのだろう。
そこには"こんな用途に使えまっせ"という映像が延々と流れていた。私はそれを見ながら『(これは良いなぁ)』とまんまと策略にハマる。抜群の宣伝効果である。
思わずそこに置いてあったデモ機を手に取り、クリアケースの中に水を噴射する。手に響く振動、破壊力のある水圧。『(これはあそこやあそこに使えそうだ)』と様々なイメージをする。
が、ハッとする。私は買い物の途中なのだ。ネジを探さねばならない。ギリギリで自我を保った私は目的へ向かって進む。
だが少し歩き、ふと思う。
『(・・・あれはなんだろうか・・)』
足を止め、腕を組みながらじっと眺める。銀色の鋼鉄の円盤。小ぶりなフリスビーほどの大きさ、厚みは1cm未満。外周がノコギリの様なギザギザの刃になっている。一体これは何なのだろうか。知識の無い私から見れば少しイカした武器にしか見えない。ゲームなどに出てくる"円月輪"とか、古代インドの武器"チャクラム"とかその類。
だが説明を良く見てみるとこれは武器などではなく、どうやら"草刈機の替え刃"らしい。で、これを使って何をするのかといったら草を刈るのだと言う。高速回転させ、刃のギザギザで草を刈り取るのだ。
だが"鋭利に加工された刃"と"ゆらゆら揺らめく草"。このコントラストを思い描いた時、こう思った。
『(フェアじゃない)』
ちょっと草相手に本気出し過ぎではなかろうか。あんな柔らかいもんにこんな鋭利な刃を高速回転させたら余裕で草を刈れる。圧勝。約束された勝利だ。マグマで雪を溶かす様な圧倒感。
よく考えると、ホームセンターに売っているものは基本的に圧勝出来るものを取り揃えている様に思う。草刈機の替え刃しかり、牛糞はどう使うか分からないが、基本的には土壌の改良だろう。これは元々の土に対して圧勝出来るわけだし、高圧洗浄機は汚れに対して圧勝出来るのだ。ネジだって接着剤やテープでくっつかない所を固定出来る=接着に関して圧勝となる。もしかしたらホームセンターとは【勝利の館】と言っても過言ではないのかもしれない。
そしてふと気付く。
『(・・・そうだ。ネジを探さねば・・)』
再び振り切る様にその場を去り、その余韻を引きずりながら考え事をする。
さっきの草刈機の刃。あれは使い方次第じゃ別の事にも応用できそうだ。護身用にいいかもしれない。例えば山賊などの暴漢に襲われた時、この円盤が懐にあったなら心強い事限りない。手裏剣の様に投げれば、さながらヒーローの様な立ち回りだって出来る。なんなら盾の様な使い方も出来る。
草を刈り、ヒーローの振る舞いができ、盾にもなるのだ。これはすごい事だ。なんて便利な物が売っているのだろう。
そしてまたふと思うのだ。
『(・・・あれはなんだろうか・・)』
この繰り返しである。なかなかすんなり買い物が出来ないのだ。
つくづく魅惑のスポットである。
というか、こんな楽しみ方をしているのは私だけなのだろうか。
おわり