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203.暖まりたい

冬を前に新しい毛布を注文した。

毛布なんぞ何を使っても暖かいと思うのだが、家で酒を飲みながらふと良い毛布とはどんなものなのか興味が湧き、少し値が張るものをネットで頼んだ。

1週間後、注文した事を忘れかけた頃にその品は届いた。

果たして他の毛布とは何が違うのだろうか。興味津々で開封する。するとその麗しい本体が現れた。そして驚いた。

肌触りが違うじゃないか。滑らかな指通り、良い表現が分からないが、ツルンツルンのテロンテロンである。そして軽い。そして何より毛布の毛布たる能力、暖かさはどうなんだろうかと、ソファに座りながら首元まで体を覆う。

ああ、暖かい。これは良い買い物をしたと、早速寝室に行きベッドメイキングを行った。"今夜から君が僕を守るのだ"と念を込めセットする。今夜が楽しみである。

となると、これまで私を守ってきた先代の毛布が余る事になる。先代はベッドから剥がされ、物悲しそうな雰囲気を醸し出しながら床に横たわっている。

『(・・・君は・・とりあえず収納しとくか・・)』

と思ったが

『(い、いや、それは出来ない!)』

思い留まった。この時、私は数年前の出来事を思い出したのだ。

当時、私は少し大きめのブランケットを探していたのだが、お店で買い物をしている際、とある繊維の塊と目が合った。見た目も問題無い、サイズも大きい感じのブランケットだ。『(これは良いなあ)』と思わず手に取り、即購入して帰宅した。

しかし、家で包装を開封しそのブランケットを広げると驚いた。やたらデカいのだ。いや、大きいに越した事はない。大きめだったので買ってきたのだ。なんら問題無いが、それにしても という居様。

すると、床に散らばる先程剥がしたばかりの包装が目に入ってきた。

なんとそこには《毛布》という文字が印字されているではないか。完全に見落としていた。

『(君は・・毛布だったのだね・・)』

見た目はブランケットと相違ないのだ。猫を育てたら虎だったような、そんな気持ちである。それにしても申し訳ない事をした。毛布としてこの世に生を受けたにも関わらず"ブランケットだブランケットだ"と祭り上げられ買われてきたのだ。なんというか、その存在を否定された様な、そんな気持ちにさせてしまったかもしれない。

『(よし、君は毛布だ。今夜から私を守っておくれ)』

とその日から私をずっと包んでくれていた。

これが先代と私の出会いである。

そんな思い出をすっかり忘れていた。この子は生い立ちが不憫な子だったのだ。
そしてあろう事か私はそれをすっかり忘れ、酔った勢いで新たな毛布を買ってしまった。

横たわる先代の毛布から哀愁が漂う。

『(・・・ん〜・・)』

『(・・・よし・・)』

『(・・・君は今日からブランケットだ)』

これしか生きる道がない。収納という暗闇世界に押し込めるよりは良いだろう。苦肉の策だ。
私は先代をたたみ、リビングのソファの端に置いた。

─数時間後─

家で酒を飲み、風呂から上がる。ほろ酔いでリビングに戻るとソファの端に置かれた先代が目に入った。

『(・・・なぜ・・・ここにお前がいるんだ・・)』

『(・・・・・・)』

『(・・・あ・・)』

昼間の事をすっかり忘れていた。と同時に新毛布を入手した事を思い出した。

『(そうだったそうだった)』

少し心躍る思いで寝る準備をすると、足早に寝室へ向かった。

寝室にはお辞儀する様に折り畳まれ、私を待ち受ける新毛布がいた。私は『(待たせたね)』と言わんばかりにそっと布団に入り、毛布に包まれる。そう、これは言わば初夜というやつだ。
素晴らしい肌触りを感じながら首元まで新毛布にくるまれ、私は目を閉じた。

だがその数秒後、思わず独り言を呟いた。

『なるほどなるほど』

体勢を変え、再び目を閉じる。

『ああ・・なるほど』

気付かぬフリをしようとしたが、無視できない事態がそこにはあった。

『(・・・足が出るな・・)』

どんなに頑張っても毛布から足首が出てしまうのだ。普通の体格の方だったら問題はないのだろう。だが私は185センチという世界基準の身長を有している。もちろん、足を曲げて体を丸めれば毛布の中に収まる事は出来るだろう。だがそれを寝る度にするのは些(いささ)かシンドい。

何とかならぬかと何度か試行錯誤したがどうしても足が出る。足を収めれば首が寒い。私は毛布に包まれたいのだ。包まれに自ら体を丸め、擦り寄る様な真似はしたくないのだ。

『(・・・・・・)』

私は毛布を手に立ち上がった。

『(・・・よし・・)』

英断を下す。

『(・・・君は今日からブランケットだ)』

これからの季節を考えると死活問題なのだ。

寝室を飛び出し、リビングで先代と交換した。そして寝室に戻ると何事も無かった様に先代に包まれて眠りについた。足の先まで暖かった。ありがとう先代。

こうして、ブランケットとして買った物を毛布とし、毛布として買った物をブランケットとして扱う事になった。運命とは残酷なものである。

ただ、ブランケットとしては高級過ぎる元毛布(新ブランケット)はエグいほど暖かい。リビングに新入り、寝室に先代。私を寒さから守るアイテムが出揃った。今年の冬は安泰である。

おわり

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