【hint.279】ある議員
「よろしくお願いします」
きっとこれまでの活動経歴や、どんな想いでその活動をしているのかなどがぎゅっとまとめて書いてあるのだろうチラシを、朝のラッシュで活気づいている駅舎のすぐ前で、その日も、ある議員が配っていた。
「よろしくお願いします」
とても元気で清潔感があり、チラシを受け取ってもらえることは少ないようだったが、悲壮感を感じさせないその立ち振る舞いに、いつもながらの早足で駅舎の中へ入ろうとしながらも、僕の意識は奪われてしまっていた。
「よろしくお願いします」
僕がもうすぐその方の前を通り過ぎようかという時に、僕の二人ほど前を歩いていた男性がチラシを受け取った。
「ありがとうございます」
そう言って、深々とお辞儀をするその議員。
それまでは「よろしくお願いします」とあまり間をあけずに声を出されていたので、目の前を通り過ぎるほとんど全員へと声をかけていたのだが、お辞儀をしている間、僕も含めた5~6人は、声をかけられることなくその方の前を通り過ぎることになった。
それほど、チラシを受け取ってもらった一人に向けての時間を大切にされていたのだった。少なくとも僕はそのように感じた。
なにか物事の本質をみたような、そんな気がした。
目の前にチャンスらしきものがたくさんあり、それに飛びついた結果、いくつかのチャンスをものにできるかもしれない。
でもチャンスをものにした時には、それとの時間を大切にする。
そうすることで、たとえ、目の前にある別のチャンスをいくつか見送ることになったとしても。
「そういった姿勢を大切にしている人」だと感じてもらえることで、じわじわと響いてくるものって、やっぱりあるような気がした。