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相続設計はなぜ上手く行かないのか

相続設計は通常「遺産分割対策」「相続税軽減対策」「納税資金対策」の3要素で構成されており、その中でも一番大切なものは「遺産分割対策」と言われています。

それは財産を遺す側と受け取る側の人間関係に影響を受ける遺産分割を適切に整理することができれば、「税」に関する残りの2要素は比較的スムースに対応が可能となるからです。

遺産分割対策の基本は「財産目録書の準備」「遺言書の作成」「生命保険の活用」「遺留分への配慮」など、いわゆる「争族」回避のためになすべきことはほぼ決まっています。

人口ピラミッド的に「多死社会」に突入している日本では、書店には数多くの相続関連本が並び、全国で幾多の相続セミナーが開催されていますが、それでも結果的に相続人の間での話し合いがまとまらずに、家庭裁判所に調停案件として持ち込まれる数は上昇傾向にあります。

被相続人(ここでは仮に「親」としましょう)が相続設計に消極的になる理由と処方箋について考えてみます。

多くのケースでは次の①~⑥までの感情の組み合わせであると推察します。

① 相続対策をするほどの財産がないから

これが相続設計を始められない心情の中心であるならば、「争族調停件数の割合は遺産1千万円以下が約1/3であり、5千万円以下が3/4以上を占める」などの実態を示す最高裁判所の司法統計年報に記載がある定番資料の解説が有効かもしれません。

② ウチの子どもたちは仲がよいから

この場合でも「調停案件の多くは二次相続(=2人目の親が亡くなり子ども達だけで分け合う相続)事案」等の資料を引用すれば、相続設計の必要性を納得してもらえる可能性は高まりましょう。

③ 自分が死んだ後のことは自分には関係ないから

または

④ 相続対策(設計)とは自分の死に向き合うことだから

これらが主な理由である場合は「死」と「相続」を切り離して考えてもらうアプローチが有効です。

例えば「遺言書」ですが、この漢字(感じ?)は「遺書」に近いものがあり、遺言書の準備を勧められているということは「自分が終わりを迎えることへの準備」を強要されている否定的感情を惹き起こします。

(ちなみに法律家による相続セミナーでは「遺言のことを正しくは ”ゆいごん” ではなくて ”いごん”と読むんですよ」とウンチクを語るのがお決まりのようですが、ますます ”いしょ”に近づけており余計な解説です。)

そうではなくて、自身を恒久的な文書化にして家族の中に永続的に生き続けさせるための手段として遺言書を位置づけることができるのであれば、そこでの見える景色は変わってくるかもしれません。

英語では遺言書のことを「WILL」と言いますが、これはまさに「財産の相続を通じて自分の意思を伝える」という手段を意味します。

日本でも「遺言書」に代わる「みんなが書きたくなるキラキラネーム」を公募して改名してしまうのも一案に思えます。

⑤ 人生100年時代、自分の老後がまだまだ心配だから

これが理由の中心であれば、FPお得意の「キャッシュフロー表の作成による資金の可視化」が一助となるでしょう。

「DIE WITH ZERO」は理想的過ぎるにしても、高齢者の金融資産残高のピークが死亡する時という悲喜劇は避けることができるかもしれません。

⑥ 自分がもっと弱った時に面倒を見てくれる人に手厚くしたいから

任意後見制度の活用等がテクニカルには考えられますが、その善意の申し出を受けてもらうには相当の努力が求められるでしょう。

相続セミナー出席者や相続対策本読者の多くが実は財産を受け取る側ですが、そこで学んだ節税対策などの経済合理性を軸にした算段を矢継ぎ早に進めようとしても上手く行きません。

相続設計をその参考書通りに進めるための特効薬はなく、何が本人をして相続設計を進めることを躊躇させているかの複合的な背景に見当をつけて、時間をかけて対応するしかないというのが結論です。

追記:

あくまでも都市伝説的に語られているレベルですが、相続設計を積極的に進めさせる1つの「特効薬」として聞いたある話があります。

それは遺産分割に関する調停件数を抑制するために、現状の相続税率を一般税率として、別途遺言書に基づく遺産分割に関しては相対的に低い特例税率を適用する案が検討されているというものです。

なかなか普及が進まなかったマイナンバーカードは、マイナポイントを付与すると発表すると同時に一気に申請者が激増したという事実もあります。

どのような分野でも経済的インセンティブの発動は理屈や倫理よりも有効のようです。

令和4年の死亡者数に対する相続税課税件数の割合は全体に対して10%弱(約15万件)と限定的でした。

よって本案の実行にはもう一段階ほど相続税基礎控除額を下げて相続税対象者を増やす等の工夫がないと効果は限定的かもしれませんが、着眼点はおもしろいと感じました。

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