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「譲渡所得」という迷宮にようこそ

個人所得税では、給与所得、事業所得、配当所得など10種類に区分して、それぞれに定められた計算方法にて「収入」から「所得」を確定します。
 
「譲渡所得」はそのうちの1つであり、「資産を譲渡することによって生じる所得」との定義ですが、その内容は細分化しています。
 
先ず何かを譲渡して得た収入と言っても、棚卸資産の売却は事業所得となりますし、自宅で使用した家具などの「生活用動産」を譲渡して得た収入は非課税です。
 
譲渡所得として課税されるケースを整理すると6分類になります。
 
①   分離短期譲渡所得
②   分離長期譲渡所得
③   上場株式等に係る譲渡所得
④   一般株式等に係る譲渡所得
⑤   総合短期譲渡所得
⑥   総合長期譲渡所得
 
もう既にめまいがしてきそうですが、端的に言えば①②は土地・建物等の「不動産」、③④はその名の通り「株式等」、そして⑤⑥は「その他」の譲渡が対象となります。

「不動産」と「その他」はそれぞれ「短期」と「長期」に分類し、「株式等」は「上場株式等」と「一般株式等(=非上場株式など)」に分けての課税になります。
 
また「不動産」は、それが自宅であれば「居住用財産の特例」系が別途5つ(譲渡益で3つ、譲渡損で2つ)整備されており、そこでの「短期か長期か」の判定は通常の5年ではなく10年と長めの場合もあります。
 
対象が「株式等」の場合、市場で流通する上場株式等であるか、オーナー企業の持ち株など非上場株式等に該当するかによって、表面上は同じ分離課税でも実態としての課税方法は異なります。
 
例えば非上場株式等を発行会社に売却するのであれば、譲渡所得として分離課税扱いされるのは概念的に取得費と譲渡時の資本金見合い額までとなり、その会社の純資産相当額と資本金額との差は、「みなし配当」として総合課税の対象となります。

これは非上場株式等の本質がオーナー個人資産の法人化という性格でもあり、そこでの配当所得や譲渡所得並びに役員給与所得は一体化させて総合課税とするのが正論だからでしょう。
 
課税が「総合」か「分離」か、一概にどちらが有利かとは断定できません。
 
しかし現状では総合課税は超過累進課税にて所得税と住民税併せて最大55.945%までの税率となります。

一方、上場株式等への金融所得(配当所得+譲渡所得)に関する分離課税は両所得「一体課税」の所得税+住民税合計にて20.315%で固定ですから高額所得者にはとても魅力的です。

実際、年間所得が1億円超えで税負担率が低下する「1億円の壁」と言われる現象の背景にはこの分離課税方式の恩恵があります。
 
ところで、譲渡所得は原則では他所得との損益通算が可能とされています。
 
損益通算はその所得で損失が発生した際に、他の所得との合算により総合課税額の軽減を可能にしますが、譲渡所得では「原則」よりも「例外」が幅を利かせています。
 
自宅を除く「土地建物」「株式等」「生活に通常必要ではない資産」の譲渡損失はすべて他の所得との損益通算対象外です。(上述の上場株式等の損益通算はあくまで譲渡所得と配当所得間の通算のみ)

原則通りに他所得との損益通算が可能なのは、業務用車両売却損等かなり限定的です。
 
また各譲渡所得を計算するにあたっての「取得費」と「取得日」の定義も、細かく規定されています。
 
譲渡所得がここまで複雑化してしまった理由は何でしょうか?
 
それは「政治・政策的配慮」並びに「脱税マニアと税務当局とのイタチごっこ」が長年積み重なってきた結果だと想像できます。

居住用財産、すなわち自宅に関する譲渡所得や金融市場活性化対策としての上場株式等への譲渡所得への課税上の「優しさ」と、自宅以外の短期所有不動産の譲渡やブラックボックス化しやすい非上場株式譲渡への「厳しさ」は対照的です。
 
また、日本の個人所得税制は性善説に立つ原則が基本デザインであると読めますが、直ぐにそれを逆手に取るような解釈が出てきますので、「原則」に対しての「例外」を明示せざるを得なくなります。
 
すると今度はその「例外」規定で被害を受ける善良な一般人も出てきますので、更に「特例」にての救済措置がなされ、結果として課税方式は際限なく複雑化していきます。
 
「譲渡所得という迷宮」は性質が異なる幾つもの譲渡のケースに、個別の課税方式をモグラ叩きのように反映させ続け、その結果を一つ一つ丁寧に標本にしたワンダーランドのようです。
 
追記:
 
当FP事務所のテーマは「世の中の変化を見逃さず、常に最適化を意識する」です。

しかしこの理念は性善説に基づく仕組みの間隙を突くことを推奨するものではありません。
 
広義な意味でのファイナンシャルリテラシーを高めて、せっかくの特例等を何をどう正しく活用すれば生涯ライフプランニングが最適化されるのかを検討することが当事務所のミッションです。

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