山田もめん

思ってるだけじゃもったいないと言われ始めました。思い出深い出来事や、日々感じたことを記していきます。 twitterでは自由律俳句をやっています。https://twitter.com/yamada_momen

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最近の記事

意味があるように思うのは

先日、仕事でお世話になった或る分野の先生が亡くなった。 数年前から入退院を繰り返し、昨年秋に容態が悪化、年明け頃から終末期の医療施設に入っていた。職場で事情を知っている人はほとんどいなかったのだが、私の上司がお見舞いに行ったところ、先生が私の名前を出してくださったので、私は知ることができた。 お見舞いに行くと、先生は少し痩せていたものの、ベットの上でよく話し、いつもの溌剌とした明るい声を聞かせてくれた。けれど何度も「寂しい、皆に会いたい」と言っていたので、その後は私も思い浮

    • まだ恥ずかしいから夢の途中

      先日、午後半休を取り、都内をぶらぶら散歩した。 まず、竹橋まで足を運び、東京都近代美術館で展覧会を鑑賞した。1時間半ほど滞在した後、今にも雨が降りそうな天気だったが、平日の休みという高揚感から、私はそこから九段下まで歩いてみることにした。 元来、散歩というものがあまり上手くない私は(よく、散歩に上手いも下手もあるのかと聞かれるが、間違いなくある)、ただ九段下に向かうとミッションを自らに課したのだが、やはり散歩が上手な人には憧れるので、その途中で、寄り道というものをしてみたく

      • 貴方を思って泣くけれど悲しいだけの涙じゃない

        兄が亡くなって10年経った。亡くなったのは2012年11月のこと。 最期の半年間は、お見舞いに行って家に帰ってきては、私も両親もいつも泣いていた。本当に辛い日々だった。   この10年、兄のことを思い出さない日はなかった。そして、思い出して涙が出ない日もなかった。   私は、祖母のことが大好きで、孫の中でも最も好きだったと言える自信があるほどおばあちゃん子だった。祖母は14年前に亡くなったが、同じくこれまで祖母のことを思い出さない日はなかった。でも、涙が出ることもあるが、それ

        • 「自分の〇〇ができなくて」という言葉

          主にスポーツ選手が試合後のインタビューで使う「自分(たち)の〇〇」という言葉。 自分の相撲、自分のマラソン、自分たちのサッカー、など。 この言葉にはいつも微かな違和感を覚える。特に悪い結果の時に「自分の試合/プレーができなくて…」という感じで使われていると。 言わんとしていることは分かるが、この言葉って具体的に伝えることを放棄した結果ではないかと思う。 具体的に伝える、それは例えば「自分が持っている力を最大限発揮することができず、思い描くような試合運び/プレーができなくて」

          小室とKEIKOに思うこと

          (ここに書いてあることは、全くの私見で、誰かに聞いたわけでも芸能ニュースから取ったものでもありません。ファンの方、気を悪くしたらすみません。) 先日、小室哲哉とKEIKOが離婚した。 病気になった妻と献身的に支えている夫、というのが長年のイメージであったと思うが、ここ数年は不倫やら別居やら(あと小室の詐欺事件)という報道もあった。でも私は、まぁそんなことも経て末永く連れ添っていくのかななんて思っていた。 が、違った。 別に知り合いでも何でもないので、ああそうなんだぐらいの

          小室とKEIKOに思うこと

          自己紹介

          はじめまして。じゃなくって普通に、こんにちは。 これは2回目の投稿です。前回初投稿をしてから気づきましたが、皆さんこのような自己紹介を最初に書いているんですね。勢いあまって、いきなり過去の思い出を載せてしまいました。遅筆のくせに、こういうことをしてしまう私です。 気を取り直して、自己紹介をしたいと思います。 山田もめんです。東京生まれ、東京育ち、東京在住です(2021年3月現在)。 私の祖母が「山田きぬ」なので、相対するものとして(?)このペンネームを付けました。我ながら気

          アブダァルマリックからの連絡

          2013年秋から2014年春までの半年間、イギリスのオックスフォードに語学留学をした。 前年、兄が病気で亡くなり、その後数カ月間は胸がえぐられるような気持ちで仕事を続けていた。それまでだって日々の生活に希望が持てず、ぼんやりとした絶望を抱えて過ごしていたのだが、兄の死を境にその絶望ははっきりとしたものに変わった。 このままではこの生活もこの気持ちも絶対に変わることはないのだと悟った時、とてつもない恐怖が自分を襲い、何がなんでも前を向こうという気になった。生活を大きく変えたい

          アブダァルマリックからの連絡