大阪音楽大学と脇田敬教授とのトラブルの背景と影響について
本当に残念なお話です。大阪音楽大学ミュージックビジネス専攻の中心的存在だった脇田敬教授が、突然契約終了通告されたという事件です。教育主任から理由の明示もなく、そもそも正当な理由が存在しないので、提訴するということになっているという経緯です。詳細はこちらのブログをご覧ください。
ミュージックビジネス専攻を企画したのは僕ですし、彼に教授のお願いもしましたから、もちろん無関係では無いのですが、僕自身、突然通告をされて3月末で特任教授を退任しますし、本件は弁護士も介在して、司直に委ねられることになりそうなので、コメントは控えたいと思います。
ただ、本人からは語りにくいだろう行動の背景について少しだけ書いておきたいです。業界的にも温厚で知られる彼がこんな行動をした理由を関係者のみなさんに知っていただきたいからです。
学者一家出身故の大学への愛情
本人の口から語られることは少ないのですが、脇田敬さんのご両親は、高名な研究者であり大学教授です。お二人とも鬼籍に入られていて、僕も面識は無いのですが、脇田修さんは日本近世史を専門とする有名な歴史学者で、大阪大学名誉教授、元大阪歴史博物館館長などを歴任された方です。お母様の脇田晴子さんも歴史学の分野で有名で、滋賀県立大学名誉教授、2010年に文化勲章まで受章していらっしゃいます。音楽の系譜を歴史的に捉えたらり、会話の中で日本史の事件を比喩でだしたりすることが多いのは、筋金入りなんですね(笑)
ちなみに、お兄さんの脇田成さんは経済学者で東京大学を卒業して、新東京都立大学経済経営学部教授を務めていらっしゃいます。
そんな家庭で育てば、レコード会社のアルバイトやライブハウスの店長などを経て音楽プロデューサーになっても、アカデミックな分野でも活躍するというのは自然なことだったのかもしれません。蛙の子は蛙ですね。そんな学者一家の出身ですから、大学に対するリスペクトと愛情は深いものがあります。音楽の実業が忙しく東京との行き来が多いにも関わらず、大阪音大まで徒歩圏の庄内に部屋を借りて住んでいます。学生にも真摯に接して、信頼を得ていると思います。
だからこそ、教員へのリスペクトがない大学の対応が許せなかったのでしょう。また専属教授としての一年間で、大阪音大の他の専攻の先生方とも交流していました。「素晴らしい先生がたくさんいるんですよ」と嬉しそうに語っていたのが印象的です。大阪音大への愛情が強くなったなと感じました。
これまでのキャリアで一切、トラブルを起こしたことがない彼が、訴訟覚悟の行動になったのは、そういう背景があるからです。
「デジタルコンテンツ白書」編集委員など、業界のキーパーソン
もう一つお伝えしておきたいのは、経済産業省編集の『デジタルコンテンツ白書』の編集委員を務めるなど、彼は音楽業界におけるキーパーソンでもあるということです。デジタル化によって大きな変革の時期にある音楽業界において、ビジネスに実際に携わりながら、きちんとした知見を持つ存在は少なく、経産省コンテンツ産業課からの信頼も厚いと聞いています。
大阪音大の経営陣のみなさんは、行政ともホットラインがある教授が大学内にいて、情報や人脈があるメリットと、関係が悪くなってしまって、レピュテーションも含めて失うデメリットとその大きな差を理解されているのでしょうか?
来年度からは業界団体からの寄付講座を行いたいという話もありましたが、今回の事件が解決するまでは無理でしょう。
音楽業界には、成り立ちの歴史の中で数多くの業界団体があります。レコード協会、JASRAC、音楽事業者協会、音楽出版社協会(MPA)、コンサートプロモーターズ協会(ACPC)等があります。僕が8年間理事を務めた音楽制作者連盟(FMPJ)もその一つです。
業界団体は様々なバランスを気にします。業界内をまとめて、他業種や行政に働きかけをする役割ですから、揉め事に巻き込まれるわけにはいかないのです。誰が良い悪いではなく、経産省の委員を務めている人とトラブルになっている大学と業界団体はオフィシャルに付き合うことはできません。
特に近年の音楽業界は行政とのつながりが深くなっています。違法ダウンロード刑罰化、風営法改正、チケット高額転売問題と社会的な問題を国会、省庁などと連携して解決してきました。(興味のある方は拙著『最新音楽業界の動向とカラクリがよくわかる本』の第9章「音楽業界の課題と業界団体の取組」をご覧ください)コロナ禍で打撃を受けた業界にJ-LODという枠組みの中で予算を確保したのは、業界4団体と経産省コンテンツ産業課、経産省管轄の団体VIPO(映像産業振興機構)の素早い連携プレイでした。関西でも多くの事業者がこの助成金で救われています。助成金を出す側にはしっかりとしたロジックが必要ですから、省庁からの信頼が厚く、業界との「通訳」ができる人材は音楽業界にとっても貴重な存在になる訳です。関西の音楽関係各社も経産省の助成に関わる可能性がある人と敵対関係になることはできないでしょう。
大阪音大MB専攻の岡本教育主任は20年前に音楽業界を離れて以降は、専門学校教員のキャリアしかありませんので、業界事情に疎いのでしょうが、それは理由にはなりません。少なくとも大学の経営者側に一般的な社会常識があれば回避できたトラブルです。
業界との険悪な関係は、短大「音響照明コース」にも大きなマイナス
短大に音響照明コースを作るという話も耳にしましたが、この職域もシミズオクトなどが、日本舞台技術安全協会という団体でまとまっています。前述の音楽業界団体と緊密関係がありますので、音楽業界と険悪な関係になってしまうと、関わり方が難しくなります。
そもそも音響照明スタッフは慢性的に人材不足ですし、会社内に人材育成の仕組みはありますので、成りたいのなら学歴関係なく会社の門戸を叩いて、見習い的なところから始めればよく(やる気のある人がいたらいつでも僕が紹介します(^^))、音大として蓄積がない領域での専攻の新設に特に意義は感じません。これからのコンサートスタッフ、特に若い世代に求められるのはテクノロジーへの知見と応用力ですから、現状の大阪音大短大のノウハウとはミスマッチと言えるでしょう。
それらを踏まえた上で、どうしてもやりたいなら、業界にある課題感から逆算する必要がありました。コロナ対策助成で最も打撃を受けたのが舞台、音響、照明のスタッフでしたので、音楽業界3団体がコロナ禍により公演事業活動が困難になっているライブエンタテインメント産業を担う事業者や専門スタッフのために「Music Cross Aid」(ライブエンタメ従事者支援基金)を作りました。もし大学が本気で関わるつもりなら、この基金との付き合い方から最初に考えるべきでしたが、そもそもこの基金の存在すらご存じないのかもしれません。リアルタイムに業界事情を知っていないと、本当の意味での産学連携はできません。音楽業界は、良い意味でも「村社会」的な側面を持っています。信頼できない人たちとは本気では付き合いません。音楽ビジネス周辺について人材育成の役割を担う覚悟があるのなら、大学経営者のみなさんに「大人の常識」を持った上で、まさに脇田敬教授や僕のような業界と教育界の「通訳」機能を持つ人を活用していただきたかったなとしみじみ残念に思います。
ちなみに、ミュージックビジネスの客員教授に僕がお願いしたみなさんは現役感バリバリの方ばかりなのですが、今回の騒動を知って、ほとんどの方が退任されます。憤慨している方もいらして、僕がなだめる謎の展開も起きてます。岡本西川両氏は付け焼き刃的に新しい方を打診しているようで、名前は書けませんが、僕のところに訝しがる問合せがありました。トラブルを伏せて依頼するので、不信感を持たれるようです。客員教授は名誉職的なものなのですから、不名誉になるリスクがあると知ると受けにくいのは当然のことですね。大阪音大の業界内レピュテーションを落としていることに気づいていただきたいです。
寄付講座に代わる学生のための危機「救済」策としての山口ゼミbiZ
今回の事件での、何より一番の問題は、大学が 音楽業界と関係が悪くなってしまうと、割りを食うのは学生だということです。僕がやれる範囲でできる限りデメリットが及ばないようにしたいと思っています。緊急対応策の一案が山口ゼミbiZの提供です。
3年前に僕が企画した「音楽ビジネスの学校」というプログラムがあります。各業界団体にお願いして講師を派遣をしていただきましたので、講師一覧を見ていただくとわかるように「音楽業界団体カタログ」のような内容になっています。現在の業界団体のトップの方々は識見が高く、僕も親しくさせていただいてる方ばかりです。講義動画を収録していて、StudioENTREでeラーニング用にまとめていますので、山口ゼミbiZ受講生には無償提供します。各業界団体のみなさんとの関係も今もリアルタイムで継続していますので、そのネットワークを学生に提供することももちろん考えています。本来は大阪音大ミュージックビジネス専攻でやりたかったことですが、音楽業界は良くも悪くも属人性が高いので、大学云々は関係なく、適切な人材を僕がお願いすれば問題なく関係性は成立します。学生たちが不安にならないように伝えようと思います。
大阪音大に関わるみなさんに知っていただきたい
言うまでもないことですが、大学は社会の公器です。今、経営している人や運営している人が恣意的に利用するのではなく、過去の歴史を数多くのステークホルダー(関係者)に支えられていることを忘れはいけません。多額の私学助成金(税金)が投入されていますので、経営に関する社会的な説明責任も存在します。
今回の法的な懸念を含む大学側の行為に対して 大学のステークホルダーの皆さん、学生の父母の方々だけでなく、卒業生や庄内の地域の皆さん、進路指導の高校教員、特に大阪音大への「推薦枠」をお持ちの高校の関係者、そしてもちろん現教職員の皆さんが、声を上げていただくことが、大阪音楽大学「健全化」の一歩だと思います。
僕は学生たちに向き合い続けることに注力しながら、友人の1人として、「脇田敬の正義の戦い」を応援していきたいと思っています。
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