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Chapter3:日本の音楽ビジネスの仕組み<4>(音楽配信における日本の特殊性)

『新時代ミュージックビジネス最終講義』(2015年9月刊)は、音楽ビジネスを俯瞰して、進みつつあるデジタル化を見据えてまとめた本でした。改めて読み返しながら、2020年〜21年視点での分析を加筆していきます。
 未来を予見するためにも、現状を改革していくためにも、まずは 正確な現状把握が必要です。 守るべき掟と、変えるべきルール、そんな視点も交えながら、できるだけ構造的に説明していきます。

日本の音楽配信事情: 着うた、iTunes、dヒッツ

 欧米とはかなり事情が違う、日本の音楽配信事情について見ていきましょう。
 まず確認したいのは、日本は世界最大のCD大国だということです。2008 年にパッケージ売上がアメリカを抜いて世界一になって以来、落ち幅は他国に比べて緩やかで、差が開いています。単価も3,000 円とアメリカの 10 ドル前後と比べれば 2.5 倍程度と高めです。
 歴史を遡って、“着メロ”の話から始めましょう。着信音が音楽として楽しまれ、大きな市場になったのは日本だけのようです。音楽業界の外側の事業者が始めて、2004 年には 1,167 億円の大きな市場になりま した。
 ここで 1 つ問題が起きます。着メロ事業者は、著作権使用料は支払っていましたが、前述の 2 つの著作隣接権は発生していません。着メロの音源は、あくまで各コンテンツプロバイダーが独自に作っていますので、実演家やレコード製作者には分配がありません。
 最初に怒ったのは事務所側です。“◯◯(アーティスト名)の着メロ” と宣伝していても、そのアーティストが作詞をしていなければ、1 円も収益が無いわけです、これはおかしいということで、“氏名表示権”と いう権利を掲げて、コンテンツプロバイダー側と交渉を行ない、一定の成果を得ました。
レコード会社は苦々しく見ていたのですが、この時の経験が、携帯電話と回線環境が進化して、実際の CD 音源を使う“着うた”になった 時に、大手レコード会社が共同でコンテンツプロバイダー会社をつくり “レコード会社直営”(後に社名ごとレコチョクと改称)にするという行動につながっていったのです。
 iTunesStore が普及しなかった日本でも、独自のモバイル向けの音楽市場があったということです。フィーチャーフォンと言われる携帯電話、いわゆるガラケーの高機能にも後押しされ、“着メロ”“着うた”といった他国に無い市場は大きく伸びていました。ちなみに、欧米の携帯向けの音楽サービスは、リングバックトーンが中心です。日本では“待ちうた”とも呼ばれていましたね。電話をかけて、相手が出るまでの間に流れる音楽のことです。
 日本の音楽配信市場が最大だったのは2009年です。着うたが約 1,200 億円まで伸び、着メロは落ち始めていましたが400億円。リング バックトーンが 115 億円、iTunesStore などのインターネット配信は約 260億円しかありません。これらを全部足すと、日本の音楽配信市場は 2,000 億円近い規模があ ったことになります。
 ガラケーからスマートフォンへの移行によって、この着うた市場は崩壊しています。インターネット配信は、2014 年は635億円まで伸びていますが、フィーチャーフォン市場の急激な落ち込みを補えず、全体で 1,000 億円に届かない状態です。

日本のストリーミングサービス事情

 ヨーロッパでは音楽市場を上向きに反転させたストリーミングサービ スですが、日本ではどうなっているのでしょうか?
 世界最大のストリーミングサービスSpotifyは、2006 年の創業以来着実にユーザーを増やして、全世界で2,000万人の有料会員を抱えています。日本でも 2012 年12 月に日本法人を設立して、サービス開始を準備しています。始まらないのは、レコード会社が許諾を出さないからです。ところが、2015 年になって状況が変わりました。
 大手レコード会社が、方針を変えたからです。“全力を挙げて、時計の針を前に進めないようにブレーキを踏む”という方針から、“来るべ きストリーミング時代も、レコード会社が覇権を握るべく動くのだ”と 変わったように僕からは見えました。
 登録ユーザー数が 5,600 万人の LINE とソニー・ミュージックエンタ テインメントとエイベックスの3社が共同で、LINE MUSICを設立、 2015年6月からサービスを開始しています。その後、ユニバーサルミュージックも資本参加して、「レコチョクの夢よ再び」というようにも見えます。前述の着うた市場では、レコチョクがシェアの 7 割以上を握っていました(独占禁止法的に問題がありましたが、そのことが社会的に認識される前に市場がなくなり、問題視されなくなりました)。
 エイベックスは、同時にサイバーエージェントと組んで、AWA Music という音楽ストリーミングサービスも始めています。一時期の時代を象徴するようなアーティスト、楽曲を持つエイベックスと、アメブロでブログサービスを成功させているサイバーエージェントが、どんな展開を見せてくれるのかに注目です。
 2015年6月30日からは、全世界でApple Musicも始まりました。 欧米市場で Spotifyに追い上げられているAppleの起死回生策なのでしょうが、このことは次章の海外編で詳述します。
 本書を書いている時点では、日本における音楽ストリーミング市場の状況はまだ分かりません。ただ、音楽の主要な聴き方にストリーミングが加わることは時代の必然です。僕は日本の音楽産業と、アーティストを含めた音楽シーンを活性化するために、応援したいと思っています。

d ヒッツの問題点

 いま日本で一番会員数が多い有料音楽サービスは、NTTドコモが行なう dヒッツです。2015年3月には月額300円で会員が300万人を突 破したと発表されました。
 dヒッツは数百あるチャンネルから選んで聴けるという、多チャンネルラジオ型のサービスで、編成企画は悪くないのですが、アクティブユーザーが著しく低いという問題があります。正式な発表はありませんが、月に 1 回以上使うアクティブユーザーが 10~15%程度だと言われ ています。スマートフォンで音楽を聴くなんて、毎日使ってもおかしくないことで、月 1 回でもアクティブとは言えないですね。
 アクティブユーザーが少ない理由は、ドコモショップの営業方法にあります。携帯電話の契約をする時に、「使わなかったら2ヶ月後に解約してくださいね」と言われたことがある人はいませんか?一覧表をチェックするやり方から“レ点営業”と言われる手法で、ユーザーを強引に増やしています。解約を忘れるのか、いつか聴くかもと思うのか、使わないままのユーザーが 8 割以上いるというわけです。
 レコード会社に売上があるのは良いことなのですが、実際にユーザーに音楽が届いていないということは、長い目で見るとマイナスの方が大きいと危惧しています。前述の着うたは、「あんな音楽の聴き方は邪道だ」と言う音楽ファンも多かったですが、“着うた系”と呼ばれる新しいジャンルを生み出し、西野カナなどのスターも出てきました。収益が上がっただけでなく、音楽シーンの活性化につながったのです。

 通信会社の営業力に依存して、ユーザーに使われないサービスで収益が上がっている状態では、プロデュース力は鍛えられません。危険な状態だと理解するべきでしょう。ユーザーを欺くようなビジネスは、公正性という点でも問題があります。レ点営業を総務省が禁止したら、無くなってしまう危うい売上でもあるのです。

ラジオ番組の持つ可能性

 既存の音楽関係サービスで、唯一と言ってもよい、大きな成功例があります。radikoです。
 ラジオ局の番組をインターネットで聴けるというサービスで、関西の ラジオ局の集まりから実験的に始まり、全国のラジオ局と電通が出資した会社が運営しています。
 radiko は、月間ユーザー数は 1,200 万人となっています。もう終わりだと言われて、影響力がなくなっていたと思われたラジオが、スマ ホや PCで簡単に聴けるようになったことで、息を吹き返しました。 2014年は、ラジオの広告売上も前年比増となっています。
 ダメだったのは、ラジオ番組というコンテンツではなく、ラジオの電波と受信機だったというのは、示唆的です。僕が一番驚いたのは、放 送エリア外の局の番組が聴ける月額 350 円の有料会員が、2015 年で20万人を超えたことでした。聴き逃した番組を、1 週間以内なら聴けるというサービスも始まります。インターネット放送であることを活かして、音楽サービスやコンサートへの誘導など radiko を核にしたサービスの充実を期待したいところです。 前述のように日本のルールは、放送と通信は全く違っていて、時代遅
れになっています。インターネットラジオは、楽曲ごとに著作隣接権者 (レコード会社や事務所)の許諾を得ないと流すことができません。唯 一の例外が、この radiko の形です。放送の同時(サイマル放送)再送信という言い方がされますが、放送局が放送番組を同時にインターネットで流すのは、難聴取者(電波が届きにくい人)対策として、放送と同 じルールで良いですよ、ということになっているのです。
 僕は、次章で見るアメリカのミレニアム法のやり方で、日本版Sound Exchangeを作るべきだと強く思っています。今のままではイン ターネットラジオ局はできません。
 そんな中で頑張っているblockFMを紹介します。blockFMは、 m-flo のリーダー、☆Taku Takahashi さんが始めたダンスミュージックに特化したネットラジオサービスです。スマートフォンアプリでは、 アーティスト紹介などのメディアも始めています。
 欧米では、BEATS や Tidal など、アーティストが IT サービスを事業化する例がたくさんありますが、日本のアーティストがビジネスを本格的に行なうのは珍しいです。アーティストは浮世離れした孤高の人でいてほしい、金儲けに手を汚さないでほしい、みたいな感覚の日本人も居るからでしょうか?
blockFM は、音楽家目線が活かされた素晴らしい内容のサービスです。新しいダンスミュージックを流すメディアとして文化的な役割も担 っています。ジャンルを特化して個別に許諾を取ってインターネット放送局をやっています。ルールを変えることも重要ですが、既存のルールの中でやれることにも知恵と情熱を持って挑戦していきたいものです。
 2016 年には楽天が、“楽天 FM”という名前で、インターネットラ ジオ局の事業者向けのプラットフォームを始めます。ウェブキャスティ ングに必要なインフラと、音声広告配信の仕組みを提供するサービスで す。音楽の活性化につながるメディアが増えることを期待しましょう。(続く)
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2020年11月付PostScript
 5年前の認識、解説としては適切なものだったと思います。dヒッツは僕の「予言」通り、総務省からの「レ点営業」に対する指導で、一気にユーザー数を減らしていきました。
 2020年の時点で明確に言えるのは“来るべ きストリーミング時代も、レコード会社が覇権を握るべく動くのだ”というレコード業界の思惑は成功しなかったということです。CDバブルの時代から音楽ファンを大切にし、育ててきたのかを真摯に反省するべきでしょう。LINEもサイバーエージェントもユーザー体験の大切さをしった素晴らしいITカンパニーですが、レコード会社との合弁サービスが伸び悩んでいるのは、偶然ではありません。供給者目線で(上から目線?)で運営されるデジタルサービスは必ず失敗するというのが、デジタルサービスの基本です。AWAも流石サイバーAと言う感じスマホアプリとしてはよくできていますし、コミュニケーションプラットフォームとして圧倒的な存在であるLINEは日本だけでなく、アジアでLINE MUSICを展開するくらい頑張って欲しいですね。株主であっても、レコード会社の移行を聞かずに、ユーザーの希望を愚直に探るのがポイントだと思います。

  radikoは着実な歩みを続けていますね。このサービスもラジオ局の縛りから良い意味ではみ出していけるかどうかが、これからのポイントでしょう。期待しています。以前書いたエントリーはこちらです。

 着うたで大きなシェアを持った「レコチョク」の存在感もかなり薄くなりました。着うたは、地方のライトヤンキー層に支持されたという分析結果もあります。音質の問題など賛否ありますが、ユーザーに対して新しいカルチャーと体験を提供できたのは素晴らしいことでした。ゆーざーと繋がったという成功体験と、dヒッツの「失敗」を踏まえ、改めてサービス開発に取り組んで欲しいです。大手レコード会社の共同出資で始まったレコチョクもいまや筆頭株主はNTTdocomoです。音楽好きのプログラマをたくさん抱えている会社ですから、ユーザー重視のサービス開発に期待したいです。

 コロナ禍で3割減が予想されるパッケージ売上は、アフターコロナでも復活は望めません。無理やり頑張って、下落を止めていたのがコロナに足をすくわれてしまいましたので、むしろ下降に加速がつく可能性もあります。デジタル配信サービスへの期待が高まります。ストリーミングサービスを幹に、周辺サービスを強化して、音楽ファンのデジタルな音楽体験を豊かにする動きが待たれます。そういうサービスを提供するスタートアップを生み出すことで僕も音楽業界に貢献したいと思っています。
 音楽関連サービスのアイデアがあったり、音楽関連での起業を考えている人はスタジオENTREがバックアップしますので、連絡下さい!


モチベーションあがります(^_-)