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Chapter1:音楽ビジネスが 置かれている環境(抜本的変化の構造を知ろう)

『新時代ミュージックビジネス最終講義』(2015年9月刊)は、音楽ビジネスを俯瞰して、進みつつあるデジタル化を見据えてまとめた本でした。改めて読み返しながら、2020年〜21年視点での分析を加筆していきます。

 2010年代にミュージックビジネスを志す時に、前提として知っておくべき、環境認識のポイントが3つあります。 まず、楽曲がデジタル化、クラウド化したことで楽曲の流通の仕方が抜本的に変化していること。そして、既存の音楽業界がその変化に対応できていないこと。 2つ目は、ソーシャルメディが普及したことで、従来から重要だったクチコミのパワーが驚異的に増大し、ユーザー主導の情報世界 になっていること。 最後に、日本市場の成熟とグローバル化の進行が起きていく中 で、日本の音楽には世界で稼ぐチャンスが広がっていることと、 日本市場だけの収益では限界も見えていること。 この3点を的確に把握することが、成功のために必要です。

 CDなどのパッケージからデジタル配信になったことが大きな変化だと捉えている人も多いかもしれませんが、最も本質的な変化は、そこではありません。“コンテンツのクラウド化”こそが、100年以上にわたる音楽ビジネスを大きく変えるポイントです。
 “所有から利用へ”というのは、インターネットの発達に伴うあらゆる産業に影響を与える大きな変化ですが、音楽ビジネスへのインパクトはことさら強く大きいものです。なぜなら、音楽ビジネスの根幹にある のが“著作権”だからです。著作権は、英語では“COPY RIGHT”です。 著作権という概念自体が“複製する”という前提を持っているのです。
 “マスター音源を作成して、そこから複製したモノを売る”というのが、これまでの音楽ビジネスの基本でした。複製の仕方を工夫するのがレコードビジネスです。レコードからCD、そしてダウンロード型音楽 配信と形態は変わっても、“マスターから複製した商品を売る”という構造は変わりませんでした。
 ところが、コンテンツのクラウド化は、これを根底から覆しています。インターネット上に楽曲を置き、ユーザーがいつでもどこからでも聴け るようにするサービス。自分のスマホや PC などにダウンロードする必要が無く、ストリーミングで聴くサービスが、中心になってきています。
 クラウド上にアクセスして聴く、この“アクセス権”をコントロール するというのが、クラウド型ストリーミングサービスのビジネスモデルです。ここには、マスターからの複製という考え方が存在しません。サブスクリプションとかフリーミアムとかいう課金方法以前に、そもそもユーザーに提供するビジネスの根本が変わっていることを捉えましょう。
 気を付けたいのは、すべてのサービス、商品がアクセス権型だけになるわけではないということです。コレクションする喜びは、音楽ファンにとって重要です。アルバムという単位を大切にしているアーティスト が多いですから、彼らが精魂込めた作品を受け止める方法としては、ジャケットがあり、歌詞カードやミュージシャンクレジットも掲載されたパッケージであることは、ユーザーにとっても価値があります。
 一方で、楽曲を聴くだけなら、ストリーミングが便利です。SNS な どで、ユーザーと共有することも簡単にできます。音楽をきっかけにユーザー同士がコミュニケーションすることで、音楽がユーザーに対して身近になっていきます。
 ユーザーは、パッケージとストリーミングで求める欲望の方向が違います。ダウンロードやレンタル CD 店は無くなっていくでしょうが、 パッケージとストリーミングは音楽ビジネスの両輪となっていくことが予測されます。問題は、これまでの著作権に関する法律やビジネスルール、業界慣習 は、すべて“複製”を前提にして組み立てられているということです。
 本来はアクセス権と複製権を組み合わせた“ハイブリッド型”のルー ルが作られるべきですが、一度出来上がった仕組みを作り直すのは、新たに作ることの何倍ものエネルギーを必要とします。新勢力の壊そうという動きには、既存勢力が全力で反対しますので、フリーズします。
 結果として複製権時代の決まりごとを“読み替えて”、アクセス権にも当てはめる、そんな“木に竹を接ぐ”ようなルールが作られていくことになっています。僕らはそんな矛盾を抱えた迷宮のようなところで、 音楽ビジネスをやらざるを得ない、そんな時代にいるのです。

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ソーシャルメディア普及 が音楽の聴き方を変える

 Facebook、Twitter に代表されるソーシャルメディア。最近は LINE の存在感が大きくなってきました。以前は、情報伝達が一方向のマスメ ディアに頼るしか無かった音楽を広める方法に、人を媒介とするソーシャルメディアを活用するという新しく効果的な方法ができました。
 実は僕自身が、書籍を出版したり人前で話したりするようになったの も、ソーシャルメディアの勃興が理由です。マネージメントやプロデュースの仕事を裏方と考えていた僕は、2009 年まで、一切の露出をしていませんでした。ブログを書かないのはもちろん、自社の所属アーティ ストのメイキング映像みたいなものにも、一切映らないということをポリシーにしていました。ところが、アーティストを売り出すためにソー シャルメディアを徹底活用しようと思うと、自分が直接やらないと正確な理解ができません。また、人が情報のハブになって拡散してく時代に、 自分がやらないのは「損すぎる」と思い、20 年来の方針を180 度転換 しました。
 ソーシャルメディアは、その拡散力の強さと共に、“可視化”が大きな特徴です。アーティストやプロデューサーがメッセージをユーザーに 直接出せるようになったことも大きな変化ですが、それ以上に、ユーザ ーの声を目の当たりにできるようになったのが革命的な変化なのです。
 飲食店のアルバイトの悪ふざけが原因で、お店が閉店に追いこまれたり、リベンジポルノと呼ばれる、昔の恋人が別れた腹いせに過去の際どい写真を公開したりと、ソーシャルメディアは負の効果が出た時のエネルギーも大きいですから、使い方は気を付けないといけません。自分が 想定した人にだけ伝えることは難しく、誰からでも見られてしまうというのが、ソーシャルメディアです。
 一方で、人と人がゆるやかにつながって、拡散力を持つソーシャルメ ディアは、アーティストや楽曲を広めていくことと親和性が高いツールでもあります。ソーシャルメディアを上手に活用し、何をやるときも、ソーシャルメディア上でのユーザーとのコミュニケーションを意識して いくことが、これからの時代には必要です。
 ユーザーの音楽体験自体も、ソーシャルメディアと切り離して考えられなくなっています。以前から CD の貸し借りや、気に入った音楽をコピーして友人に渡すという行為は行なわれていましたが、ソーシャルメディアの普及で、即時に手軽にできるようになり、しかも可視化された状態になるので、第三者にも波及します。音楽がコミュニケーションを誘発し、そのユーザーコミュニケーションで楽曲が広まっていく、そんな時代になっているのです。
 ニューミドルマンは、高いソーシャルメディアリテラシーを持って、 戦略を構築し、アーティストにコミュニケーションプランを提示する役 割を担います。そして、ここでも、キーワードは“ハイブリッド型”で す。一時期よりは衰えた側面もありますが、地上波テレビをはじめとしたマスメディアのパワーはまだまだ侮れません。従来のマスメディアを 否定するのではなく、上手に活用しましょう。
 ポイントは、ソーシャルメディアがマスメディアに取って代わると考 えるのではなく、従来型のマスメディアと、ソーシャルメディアを上手に組み合わせる、“ハイブリッド”型のプロデュースワークが必要になるということ。アーティストのタイプや作品の特性などによってメディア戦略は違ってきますが、適切な作戦を考えましょう。

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グローバル化する市場

 以前は、日本の音楽プロデューサーという仕事は、ドメスティックな職業でした。海外のアーティストやエンジニアとレコーディングをするために海外に行くことや、海外の作品をライセンス契約などで仕入れることはあっても、ターゲットとする市場自体は日本国内だけを見ていれば成立していました。“ギョーカイ”とカタカナで書きたくなる閉じた 世界で、誰を知っているか、そのコミュニティの中で信頼を得ているかというコネクション、人脈が最重要でした。
 僕も音楽業界で育った人間ですので、その良さもよく知っているつも りです。音楽好きが多くて、新しい挑戦をする人に価値を見出し、バッ クアップしようとするという、日本の音楽業界のカルチャーを誇りに思っています。
しかし、環境の変化に合わせて、変わらなければ生き残っていけません。これからのニューミドルマン型のプロデューサーは、海外市場を視野に入れて、アーティストの活動プランを立てなければならない時代だということです。 日本の人口は既に減り始めています。少子高齢化という現状は、簡単には変わりません。単純に言って、20歳の人口はこれから 20年間減り続けることが確定していますし、仮に政府が出生率向上や移民政策などを講じても、日本語文化圏の対象人口が増えることは少なくもあと数十年間はありません。このことを肝に銘じるべきです。
 一方、アニメやマンガ、ゲームやコスメなどが牽引してくれて、日本のポップカルチャーのファンが海外に存在するようになっています。潜在的な層も含めれば、J-POP の海外市場には大きな期待が持てます。 アジアを始めとした、これから経済が発展し、人口が増える国で J カルチャーファンはたくさんいます。
 日本人が知らない間に、世界中のさまざまな国で日本のポップカルチ ャーをテーマにしたイベントが行なわれるようになりました。規模はさまざまですが、ゆうに 1 0 0 は超える数です。最近になって、フランス・ パリのJAPAN EXPOやアメリカ・ロサンゼルスのAnimeExpoなどが日本でも注目されてきていますが、いずれも日本からの働きかけはなく、現地の J カルチャーファン主導の企画です。コスプレ大会が中心だ ったり、日本人は不思議に感じる内容もありますが、J-POP に対して、 ポジティブに関心を持つユーザーが、相当な数で存在しているのは紛れ もない事実です。
 インターネットが発達し、YouTube などの動画共有サイトができたことで情報の伝達は地球上どこにいても即時に可能になりました。 iTunes StoreやAmazonは世界中の誰にでも、コンテンツの販売が可 能な環境を提供しています。デジタルコンテンツでも商品でも、クレジ ットカードで決済すれば、手に入れることは簡単です。LLC(格安航 空会社)が発達し、飛行機での移動コストも大幅に下がりました。ビジ ネスを行なう環境が大きく変わり、国ごとの市場の障壁は溶け始めてい ます。
 守っていては未来が無い。攻めるチャンスは広がっている。この環境を正しく認識しましょう。
 音楽ビジネスにかかわる人が、国内市場だけを意識していれば済む時代は終わっているのです。

従来のノウハウは陳腐化している

 この章では、クラウド化、ソーシャルメディア普及、グローバル化と いうキーワードを掲げました。これら 3 つの事象が相互に関係し、影響し合いながら、音楽ビジネスの環境を根底から大きく変えているのが 2015年現在の状況なのです。
 レコードビジネスを生態系の幹にして、国内市場だけを対象にした従来型の音楽業界とは、全く異なった状況に変化をしています。この 3つの大きな状況変化に対して、レコード会社を中心とした従来のノウハウは、既に陳腐化しています。ニューミドルマンとして、時代に合った新たな音楽ビジネスの仕組みの再構築に取り組み、成功する方法を考えていくことが必要なのです。
 この営みは、従来の“音楽ビジネス”という領域自体を疑い、音楽ビ ジネスを再定義して、その生態系の再構築に取り組むことにもつながります。
 僕が、“ニューミドルマン養成講座”で最初に語る、講座の目的をここに掲げておきます。

◉ニューミドルマン養成講座の目的
時代の変化に合った(できれば先取りした) 
新時代の音楽ビジネス(という領域自体を疑いつつ)を
再構築する方法を考え、実践していくこと。

本書も、全く同じテーマで書いています。
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2020年10月付PostScript
音楽ビジネスという立ち位置でデジタル革命による変化を語っている総論的な章ですね。基本的な認識に変わりはありません。

1)デジタル化・クラウド化(所有から利用へ)
→音源が複製型からアクセス権コントロールに変わったことで著作権ビジネスが本質的に変化

2)SNSがインフラに(情報の民主化)→ユーザー行動が可視化される共にビッグデータ分析がマーケティングの主流に

3)音楽市場のグローバル化→グローバル市場での同時多発型ヒット可能性

最近はもう一つ、業界慣習の変化を呼ぶポイントを加えるようにしています。

4)デジタル化進展による音楽創作、制作の変化と、そこから起こる権利分配のルールの変化→低廉化による原盤権の存在意義の低下

原盤権の位置付けに興味のある方はこちらのエントリーをどうぞ。

 そしてこれから近未来で、この変化を加速されるのは、5G、人工知能(AI)、ブロックチェーンです。これらの影響も加味して、音楽ビジネスの変化をこのマガジンで解き明かしていこうと思います。率直なご意見いただけるとありがたいです。
 まだの方は、拙著も読んでいただけると嬉しいです。



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山口哲一:エンターテック✕起業
モチベーションあがります(^_-)