沖縄 汁物の旅~2 骨汁
骨汁
のっけから強烈な二文字。「ほねじる」と読みます。
この謎のスープはいったい何なのか。もう沖縄に旅立つ何日も前からわくわくし通しで出発を指折り数える毎日でした。
まずは写真から
じゃーん。生まれて初めて食べた骨汁です。場所は沖縄県宜野湾市の「まかない家」です。
骨汁とは沖縄そばなどの出汁をとった後の出汁殻を再度調味してスープに仕立てた食べ物です。骨がスープに漬かっているから骨汁なんですね。味は“二番煎じ”かと思いきやさにあらず、とても滋味豊かで、骨には肉がまだ付いている部分もあり充分ご飯のおかずになります。
売り切れ注意
材料が出汁殻ですので数には当然限りがあります。よって遅い時間に行くと売り切れとなる公算大です。
私たちが店に入った時はまだ宵の口だったにもかかわらずもう最後の1杯しか残っておらずしかもハーフサイズでした。でも何とか食べられてラッキー。味噌屋さんのお店で、骨汁は久米島の味噌仕立てでした。
一緒に食べたもの
骨カレー
細かい骨が入っているのかな?体験したことのない食感でした。
ゲンキ食堂で元気をもらう
次は那覇市内の元牛乳販売店で現在は「てんぷら*」をメーンに食堂を営む「ゲンキ食堂」で食べた骨汁です。こちらも定食に付いていた汁ですのでサイズはミニでした。
*沖縄で天婦羅は「てんぷら」とひらがなで表記してあることが多いのでこれに従いました。ちなみに沖縄のてんぷらは本土のものとだいぶ違っていて衣が厚くフリッターのような食感です。
こちらがゲンキ食堂のてんぷら
さて、店に着いたのはお昼時でした。客は私たち夫婦2人ともう1人女性がいただけでした。
謎の料理「おかず」
私は「おかず」、家内は「焼きそば」を注文しました。
と、ここで「おかず」という謎のメニュー登場です。おかずは沖縄独特の表現で定食のメーンの料理を指します。ですので「おかず」にはご飯と汁物などがセットになっているのが普通です。おかずの内容はその時次第ですので事前に聞くと教えてくれます。
知らずに「おかず」と「ご飯」と「味噌汁」を頼むとエライことになったという本当とも嘘ともつかない話も。沖縄では「おかず」にも「味噌汁」にもご飯がついてくるので都合ご飯3杯食べるはめになったという訳です。ちなみに沖縄のご飯は盛りが多いです。
かめーかめー攻撃にあう
ここの女将さんはとっても気さくで優しい方でした。外国人の観光客も来るそうで「なんでここが分かるんだろう」と不思議そうに話していました。 「おかず」には次から次へと付け合わせの料理が出て来くるので一体どこまでが本来のメニューなのかまったくわかりません。 「これが沖縄のおばあの『かめーかめー攻撃』か」。まさか自分たちも体験出来るとはと嬉しくなりました。かめーかめーとは食べなさい食べなさいといった意味で、足りないことがないようにという優しい思いやりなのです。
ね、次々出て来てどれが本来の料理でどれが「かめーかめー」なのかなあ。
嬉しかったまかないのジューシー
さらに嬉しかったのが私たち夫婦にまかない用であろう「カズラ」のジュシーをご馳走してくれたことでした。
カズラとはサツマイモの葉や茎の部分で沖縄名はカンダバー、ジューシーは炊き込みご飯のことです。
つまり私たちはサツマイモの葉の炊き込みご飯をご馳走になったのです。珍しくて嬉しくて目が丸くなりました。
ジューシーには硬めの「クファ(硬)ジューシー」と汁気が多く柔らかい「ヤファラ(柔)ジューシー」に大別され、私たちが食べたのは雑炊のように柔らかい「ヤファラジューシー」でした。
ああ、さすがにお腹いっぱい。家内は焼きそばが食べきれず(これも量が多い)残してしまいました。「ごめんなさい、食べきれなくて」と言うと「いいのよ、残して」と、これがまた本当に優しい口調で、家内も嬉しくなって最後には一緒に記念写真を撮らせていただきました。
そうそう、私たちの他にもう1人いた女性を忘れていました。客というより話し相手といった感じでした。97歳とのことでした。しかしそんな齢にはとても見えない、肌の色つやも良く話す言葉もはっきりしていて言われるまでその方の年齢を意識すらしませんでした。
目の前に“カジマヤー”
沖縄で数え97歳はカジマヤー(風車)にあたります。どういうことかというと、カジマヤーは産まれて12年ごとの干支年(トゥシビー)の生年祝いの8巡目にあたり、数え97になると童心に帰ると言われていることと関係があります。
カジマヤーになると長寿を祝っての盛大な宴や、風車で飾りたてたオープンカーで町内を練り歩くなどの行事が有名です。
「ではパレードやられるのですか?」と聞いたところ「やる人もいるしやらない人もいる。私はやらない」との答えでした。
もっともなことで、色々事情もあるだろうに軽率な質問をして申し訳ない気がしました。
話が汁物からこぼれて脱線してしまいました。
すっかり時が過ぎ私たちは店を辞去、暑い那覇の街へとゲンキいっぱい歩き出しました。
*お断り 記事には場所や店名を出しています。これは投稿の信憑性を担保する意味からで、私は過去も現在もお店との利害関係は有しておりません。メニューや料金などの情報は訪問した時点ですので、行かれる際はHPなどご自分で再度確認して下さい。また、味などの評価はくまで私個人の感想です。
<近くの見どころ>
嘉数高台公園
沖縄戦かつての激戦地のひとつ。
米軍普天間基地が一望できます。
滑走路の北側に回ると
普天間宮
琉球八社のひとつ
中村家住宅
18世紀中ごろに建てられたといわれる沖縄の住居。沖縄戦を経てなお完全な形で残る貴重な建物だそうです。国指定重要文化財。
中城城跡
15世紀の琉球王国・尚泰久王代、護佐丸の城(グスク)跡。
佐喜眞美術館
私設。常設展に丸木位里・俊氏の描いた「沖縄戦の図」。
ケーテ・コルヴィッツ、ジョルジュ・ルオー、上野誠、浜田知明など。
屋上には慰霊の日(6月23日)にちなんだ仕掛けが。
(以上宜野湾市)
与儀公園
1月下旬から2月上旬ごろにかけてカンヒザクラのお花見スポットとして有名です。
壺屋やちむん通り
沖縄の焼き物が並ぶストリート
(以上那覇市)