物作りが本能的に快感な理由
私は子どもの頃から「想い」や「願い」「感情」など、
手に取れないものを、「カタチ」にすることが大好きだった。
それは今もそうで、クライアントワークだけれど「作詞」を通して、
「本当の本当は?この感情の奥にどんな想いがあるのだろう?」と、
自分の心と直結はしてなくても、目に見えない「想い」を「想像」し「カタチ」にする事でお仕事させてもらっている。
「カタチ」にする事の気持ちよさは「誰かに伝わる」や「手元に届く」ようになるので、「カタチにするほど繋がれる」ような安心感がある気がする。
1人だけで、言葉にもできないものを抱えているだけでは
寂しくなってしまって、きっと私は生きていけない。
そうやって、「生み出す」事で、誰かと繋がりながら人は生きている。
「人」は「生む」事で、目の前の世界を自分の好きなように「生きて」彩っていくんだ。きっと、自分の中の神聖な領域で、“まぐわい“が執り行われているんだと思う。
そういうラブストーリーを「人生」と呼ぶんだと思う。
だからね、ささやかでいいから、何かをいつも、生み出していたいな。
ないものが、あるようになるって、魔法みたいで最高なのだ。
カップヌードルにお湯を注ぐことで「ラーメン」を生み出し、
子どもの頭を撫でて「ホッとする」を生み出し、
時には本当に奇跡みたいなことがカタチになることもある。(出産とか)
「生む」のは気持ちがいいことだから意識するといい。
何かを生み出すときは、身体中で息をブワーと吐き出してる感じがして、
「今日も私、何某かを生み出してるなぁ〜」と実感する。
生んだ後は、少し空になる。そこでぼーっとするのがまた気持ちいい。
そうだ!何か生んだ時に、声に出してみるといい。
ご飯作った後とかに「生まれたー」って言ってみて笑
楽しい気分になるから!
私にとっての「いい人生」ってどんなだろう?
いつも穏やかで楽しい人たちとケタケタと笑っていたい。
悲しい辛いことがあったら安心して痛みに潜って、思う存分溺れたら
大好きな人のそばで「ハァ〜悲しかった」と言って寝たい。
死ぬ前には「ウケるわ、最高」と言って、死にたい。
そういう仲間と環境を「生み出して」行きたいなって思うので
浅はかなことで笑えて、自分の事をもっと大好きになれるような場所を生みたい。
そんなこんなで、「絵本のWS“TooToy”」があったり、
(個人セッションだけよりカタチにこだわりたかったし、共有したかった)
「妄想イケメン」を作ったりしています。
(こういう恥ずかしいのはカタチに残しちゃいかん。)
もし、一緒にふざけてもいいよ♪
って方は、お待ちしております♪
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