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ブラックベルベット
3月21日
私とあなたにとって忘れられない日。
私はエラ。21歳。
ニューヨークの大学に通う普通の大学生。
私はそこで初めて恋をした。
彼は同じ講義を受けるハンス。とてもクールで
優しい人。彼と話し始めたのはとても些細なきっかけだった。彼が教科書を忘れたあの日、
たまたま隣だった私が一緒に見せてあげた。
あまり男性慣れしていなかった私は距離が近い
だけで緊張した。
とても心拍数が高いのを感じる。ハンスに聞こえているのではないかと怖くなるくらいだ。
その授業はとにかく緊張を隠すのに必死で
気が気ではなかった。
「教科書見せてくれない?」
「う、うん」
これだけの会話なのに。
私はその日からハンスを目で追うようになっていた。授業の時もなるべく近くに席を取るようにしていた。
そんな日が数日続いたある日、食堂でご飯を食べているとたまたま向かいの席にハンスが来た。
「何食べてるの?」
「マ、マカロニチーズです」
「美味しそうだね」
こんな会話だけでも緊張してしまうのはとても
情けなかった。それと同時に嬉しかった。
「こないだ教科書を見せてくれた子だよね、
名前はなんて言うの?」
「エラです」
「良い名前だね、シンデレラだ」
「そんなかわいいヒロインじゃないんです」
「優しい君にはぴったりな名前だと思うよ」
初めてそんな風に言われた。
心臓が飛び出そうなくらい鼓動を感じた。
きっと顔も真っ赤だったろう。
「エラの連絡先を教えてくれない?」
初めてお父さん以外の男の人と連絡先を交換した。
そこから何回もメッセージを重ねた。
メッセージを重ねるうちに徐々にハンスと恥ずかしがらずに話せるようになった。
それからほどなくして私達は付き合った。
三ヶ月後
付き合った日から毎日寝る前の電話が日課だったが、今日は大学で遅くまでレポートを書くため、
初めて電話をしなかった。
彼は勉強が得意ではないため、単位が危ない
らしい。
お風呂を済ませ、ベッドに入った私は日課の
電話が無かったため、なかなか寝付けなかった。
幸い今日は金曜日で多少夜更かしをしても大丈夫だ。なんとなくSNSを流し見していると、ある投稿が目に入った。
それは私の唯一の親友で中学生の頃から大学まで同じのアナスタシアの投稿だ。
彼女が投稿した写真には男の人の手が写っていた。どこか見覚えのある手。間違いなくハンスの
手だと確信した。それは彼がいつも着けている
シルバーの指輪だ。ハンスが着けている指輪に
間違いない。
ハンスだと確信した瞬間に疑問と不安に襲われた。なぜ彼女がハンスといるのか、なぜハンスは大学に居ないのか、なぜ私に内緒にしているのか、なぜ二人は親密な様子なのか、、、、
真偽を確かめる為にハンスに電話をかけた。
「ハンス今なにしてるの?」
「どうしたのそんなに焦って。今は先生とご飯を
食べているよ」
「今アナスタシアと一緒にいない?」
「何を言ってるんだ、僕は研究室にいるよ」
「そう、、ならいいんだけど、、」
「ごめんね、またレポート書くから切るね。
おやすみ」
プーッ、プーッ、、、
まだ信じられない。ハンスは嘘をついているかもしれない。次はアナスタシアに電話をかけた。
「アナスタシア、今何をしているの?」
「どうしたのエラ、今は友達とパーティーをしているわよ」
「そこにハンスも居たりしない?」
「居ないわよ、私はハンスと知り合いじゃないわ」
「そうよね、ありがとう」
二人とも一緒に居ないみたい。
私の見当違いにすぎないわ。きっとたまたまハンスと同じ指輪なだけよ。
自分にそう聞かせたが、その日は朝方まで寝れなかった。
次にハンスから連絡が来たのは翌日の朝だった。
「やっとレポート終わったよ」
「そう、おつかれさま。ねえ、本当に昨日は研究室にいた?」
「当たり前だよ。僕を疑っているのかい?
神に誓ってエラに嘘はつかないよ。」
「そう、、ありがとう。ねえ、今から会えない?」
「ごめんね、エラ。今とても眠たいんだ。徹夜でやっていたからね」
「そうよね、ごめんなさい。今日はゆっくり休んで」
そう言って電話を切った。
何度ハンスと話しても安心出来ない。
一度頭にこびり付いた疑念はそう簡単に離れなかった。
いっその事ハンスの家に行こうかしら。
もし家に居たら、一緒に寝たらいいものね。
準備を済ませエラはハンスの家に向かった。
太陽の陽射しが照りつける中、私は自転車を三十分ほど漕いで
ハンスの家へ向かった。
家に着くやいなや家に止まっている自転車が
目に入った。アナスタシアと同じ自転車だ。
自転車を見た時点で私の心拍数はかなり上がっていた。
ピンポーン
「どうしたんだいエラ、何でこんなところに」
「ごめんなさいハンス。どうしても会いたくなって」
「そうか、とりあえず上がりなよ」
玄関にアナスタシアの靴は無かった。
私の思い違いね。きっと家族の自転車なんだわ。
出迎えてくれたハンスは何故か上裸だった。
心做しか息も切れている。
「息が切れているみたいだけど、どうしたの?」
「ああ、ちょっと悪い夢を見ていてね」
「それは大変ね。」
私はハンスにハグをした。
それと同時に疑念は少し増えた。
アナスタシアの香水の匂いがする。
でももしかしたらハンスは香水を変えたのかもしれない。
「ハンス、香水を変えた?」
「いや、変えてないよ」
私の鼓動はハンスにも聞こえそうなほど音を立てていた。
「部屋に上がってもいい?」
私は答えを聞く前に部屋に入った。
部屋は少し散らかっていて、急いで片付けたようだった。
「このクシはなに?」
ピンク色の明らかに女性物のクシだった。
「ああ、それは妹のだよ。」
「なぜ妹のクシがここにあるの?」
「部屋に勝手に入って忘れていったんだろう」
そんな訳はない。
私の中で疑念は確信に変わった。
今の今まで絶対にアナスタシアはここにいた。
「本当にアナスタシアと居なかった?」
「居るわけないだろ、何回もどうしたんだい」
「昨日、アナスタシアの投稿にあなたと同じ指輪をした男の人の手が写っていたの。」
「見せて、、、気のせいだよ」
「そう、ならなぜあなたの身体や部屋からアナスタシアの匂いがするの?」
「な、なぜだろうね」
ハンスの目が泳いだ。
私はそれを見て嘘をつかれた悲しみよりも、
二人への憎しみがピークに達した。
そんなにも馬鹿だと思われているのか。
「もし、嘘だったらどうする?」
「嘘だったら何をしても構わないよ」
部屋を入って初めから気になっていたクローゼットの方へ向かった。
何も言わず開けるとそこにはアナスタシアが居た。
「これはどういうこと?」
「いや、違うんだ、、」
彼の返事を聞く前に私はアナスタシアにビンタした。そしてすぐにハンスにもビンタをして部屋を
出た。
彼はもし嘘だったら何をしても良いと言っていた。
私は彼がどうすれば精神的ダメージを与えられるか考えた。
家を出て、自転車に乗り、道路に飛び出した瞬間
私は車に轢かれた。
私は少し先にあるまだ咲ききらないチューリップの花壇まで飛ばされた。
泣きじゃくっていて、周りを見ていなかった。
意識が朦朧とするなか、ハンスが何か話しかけて
来ているのが分かる。だが聞き取れない。
ハンス、これはきっと私を裏切った神からの
罰よ。でもこんなものじゃ生温いわ。
私からもあなたに最高の罰をあげる。
「ハンス、愛していたわよ」