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脳卒中の歩行のリハビリテーションに臥位でのセラピーはダメだという風潮

一時期、歩ける人を横に寝かすのはダメだとか、リハビリテーション室にプラットホームを置くべきではないとか云った事が流行った時期があったと記憶しています。
とあるEBMに関するZoomの研修会に出たら、講師の先生が、「私の病院ではプラットホームは一台も置いてありません」と自慢をされておられ、受講生のなかから、「どの様にしたらそんな風に出来るのでしょう?私の施設では上司が許してくれない」と言ったようなやり取りがあったことが記憶にあったりします。
あぁ、情報に踊らされているなぁと考えつつ研修会に参加させていただいていたのです。
現在は、ここまででは無いとは思いますが、SNS上では、時折見かけたりすることがあります。ブラックジョーク的な情報かなぁと思ったりもしますが、どうやら本気の人もおられる様子。

こういった流行の元になったのは、簡単に言えば、立って歩ける人の歩行を課題にするのであれば、なるべく長い時間歩いてもらった方が改善すると云った理屈では無かったかと思うのです。ただ、私、これは流行(ハヤリ)だと思っていたので、詳しくは調べようとしていませんでしたので、間違っていたらゴメンナサイ。(^_^;

科学という事に関しては、最近沢山書いていますので、何を書こうとしているかはもう予想されている方もおられるかも知れませんね。(^^)/

そうです。

仮に、歩行のスピードを上げたいとか云う課題があったとして、それに対するエビデンスとしてリハビリテーションアプローチで臥位での練習時間が長い群とどんどん歩行させた群に分類して,後者が歩行スピードに於いて改善が見られたという結果が在ったとしましょう。

しかし、それには様々な要因が関わっている可能性が否定できませんよね。

例えば臥位でのアプローチが多い群というのは、全身状態が悪かったり、感覚情報が上手く取り込めず,非常に転倒やその他のリスクが多かったりする群であって、早期から歩行をどんどん導入できる群というのは、そういった問題が無いか、軽度であると言った場合です。実験や分析をするための母集団の分け方が科学的では無い場合ですね。ほかにも細かく考えると様々な要因が沢山在りそうではありますが、こういった研究というのは母集団がどの様なものかというのはかなり慎重に取り扱うべき問題だと思いますので、思いつきやすかったので取りあえず書いてみたのです。(^_^;)

まぁ、それら様々な要因による差違というのはあると思いますので、これらの研究結果は実際には検証すべき結果なのです。

研究結果というのは常に検証すべきものなので、この問題に限ったことではないですけれど。それらの検討をせずに、流行でそういったアプローチを為てしまうのであれば、それは宗教のようなものですね。
あ、言い方が悪かったかも知れませんね。(^_^;)
えっと、少なくとも科学的な行為〜科学的なアプローチとは云えません。

科学とは、疑問に対して常に門戸を開けておくべきものなのです。

と云うわけで、「なんでも歩かせればいいってもんでもないんじゃない?」という疑問を持ってみることにします。

取りあえず5つ。

1.そもそも、脳卒中の障害というのは行動や運動の定型化にあるという見方があります。運動パターンそのものは通常でも起こすことが出来るものですが、それしか出来ないというと云うところが脳卒中の問題として捉えることが出来るのですね。言い方を変えると私たち正常と言われているヒトの動きは適切に多様性を持っているのですが、脳卒中の場合は定型的になってしまうと云う言い方が出来るかも知れません。

であれば、歩行という運動を移動のための運動という側面から捉えると、立位による歩行は移動のひとつの手段にしか過ぎないことになります。他にも移動手段としては、立位であれば中腰姿勢での歩行、蹲踞での歩行などが在るでしょうし、パターンも多様で、スキップのような動きやジャンプのような移動方法を様々な方向に行います。座位であれば、お尻で歩くように移動したり、お尻を横にずらすような移動方法も良く用いています。臥位であればざまざまないざり、匍匐前進のような動き、身体をくねらすように行ういざりなどなど様々な動きを私たちは用いています。

それらの動きは、魚から陸上、は虫類から四足獣、二足歩行を獲得してきた脳の進化を考えると、最も基礎的な運動パターンを積み上げるようにして二足直立歩行を獲得してきた経過が在り、それらはそれぞれが単独で存在しているパターンではなく、それぞれに関連し合って存在している出力パターンと云えます。

(図は高草木先生の資料からお借りしています)

つまり、歩行に問題を抱えておられる方は臥位での動きも問題がある可能性が高いという事にもなりますね。そういった問題にはやはり臥位と云う姿勢でで対応すべきではないかという発想と、それが移動手段の多様性を拡大していくためには必用ではないかという論理は成立するように思います。

2.次は、運動の繋がりという事についてです。私たちは夜には寝ていますよね。朝起きたら臥位姿勢と言う事になります。そこから寝返り、起き上がりといった一連の動作の中で立位をとるわけです。脳の中では、さまざまな姿勢変換に対する網様体脊髄路と皮質脊髄路の働きの協調が起きていることになります。ベッド上で仰臥位から端座位になるというシーンだけ抜き取って考えてみましょう。通常、座ろうと思って座位になることは少ないですね。覚醒したため脳には環境情報がさまざまに入力され脳は睡眠時より活動性が上がってきます。その情報を反映して、脳幹網様体はセロトニンなどの放出量が増えることになります。

おそらく辺縁系や運動前野などと基底核ループの中で無意識に抗重力的な姿勢〜座位を取るような運動選択が起きてくる事になります。


(図は高草木先生の資料からお借りしています)

橋網様体脊髄路が興奮すると、腹部深層の筋肉〜腹横筋や内腹斜筋などの筋群のγ系が活性化されることになりますので、寝返りの際に上肢からであっても下肢からであっても体軸内回旋が分節的に起きることになります。そうした働きが姿勢変化を支えて側臥位が完成されることになります。下になった支持面に体重がかかり、さらに同時収縮性が高まることになるでしょう。起き上がりに対する出力が運動前皮質と基底核ループで決定されると、上肢の皮質脊髄路が働くことになりますが、それよりわずかに早く延髄網様体脊髄路が働き、股関節周囲や肩関節周囲の同時収縮がさらに強くなる準備をしています。これが端座位になった際に股関節や骨盤帯を安定させ、上肢が身体を押し上げる時の中枢部の安定性を強化することになると推測できますので、これで起き上がることになるのです。端座位では既に、そういった同時収縮性〜安定性が準備されていることになりますので、立位での安定につながっていくことになるのだと考える事が出来ます。これらのプロセスに失敗して端座位になっていたとしたら、そこからの立位もやはり不安定なものとなりますね。

姿勢の異常の連鎖

そこからの歩行、歩行だけで改善するのは結局それらのシステムを余り使用していない歩行となることが予測されます。つまり代償性を学習することにつながる可能性が高いという事になります。そういった側面から考えると、臥位から立位までの姿勢変換に介入し、改善させること、そういった動きを習慣化させることは、やはりリハビリテーションの重要な要素と考えても良いという事になるのでは無いかと思います。

3.睡眠と機能回復の関連については、以前は経験的に知られていたことですが、近年はアストロサイトの機能などの情報で科学的な裏付けが出来つつあります。たとえば、良質な睡眠、特に深い睡眠がアストロサイトによるグリンファティックシステムを活性化させて脳の神経細胞外環境を良好なものにします。睡眠が上手くいかなければ運動学習効率に関わってくることはこういう生理学的側面から説明が可能だと思います。眠っている際に深い睡眠を得るためには、寝返りは必要な要素と考える事が出来ますので、睡眠中にも寝返りが可能となるように寝返りが自動化されるような臥位でのアプローチは運動学習には必須のことだという事は出来ます。

グリンファティックシステム

4.臥位の方が調整が有利な要素の改善を試みる場合もあるかと思います。例えば、状況依存反射反転の機能異常に対するアプローチなどは下腿から足底部の軟部組織の改善は必須ですので、歩行中の改善は難しいため、臥位もしくは座位が好ましいように思います。脳機能を考えると、状況依存反射反転の機能が普通に働くためには、基底核による脚橋被蓋核の抑制性制御が必用だと思われますので、足趾の随意運動出力を要求する場面も必要です。

Reflex reversal

不安定性による辺縁系の興奮から脳幹網様体のセロトニン出力が増えるような場合〜γ系が過剰に興奮してしまうような場合は臥位で安定性を感じていただく方が有利なケースも想定しやすいと思います。体幹の選択的な運動やコアスタビリティと言われる機能の再学習も、臥位や座位でアプローチする方が有利な場合もあると思います。


5.経過の問題です。
そもそも・・・。病院で獲得できた歩行。
それが、例えば、50歳で脳卒中になった方が、6ヶ月で獲得できた歩行。
50歳の平均余命が80歳だとして。健康寿命が短いとして、70歳ぐらいとしたとして。
その6ヶ月で獲得していただいた歩行は、20年持ちますか?
持たせるようなことを視野にリハビリテーションを設計されていますか?
そういった科学的研究を基盤に置いたアプローチ方法の答えが、臥位を取らすべきではないという事なのですか?

まぁ、そういった疑問はあると思うのですね。
リハビリテーションを提供する業種の人も。それを受ける側の人達も。
20年を持たせる歩行。その為に何が正しいのか、それを示す科学的根拠はあるのでしょうか?
まぁ、私の知るかぎりないのですけれど。
在るのなら教えて欲しいと思います。


5つの疑問のお話をしてみました。
あ。
誤解されないよう。

特定の条件において、歩くことを優先した方がいいという科学的根拠を否定しているのではありません。やはり歩行の頻度の問題というのはあると思いますので、必用な人にはやはり出来るだけ長い時間歩行を経験していただくことも必用だと思います。
同時に、必要性をきちんと考えているのであれば、臥位でのセラピーも重要だと思っていますので、要はバランスなのだと思っています。

今回は、ただ、科学的考察のための疑問点を考えただけです。
( ̄ー ̄)ニヤリッ

ま、そもそもこの疑問自体も、成立させるために検証が必要な部分もありますしね。

(^^)

蛇足です。
高草木先生の資料から図をお借りしていますが、この記事の内容は永島の私見であって、高草木先生の主張ではありませんので、ご了承下さい。
(カンチガイスルヒトナンテイナイトハオモウケド)

そして、こういった記事は病院に勤めていたままでは書きづらかったことの一つです。(^^)/

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