「ストールブレイカー」とは何だったのか?

 もしも観劇中に、客席からスマホの着信音が鳴ったら、私は血の気が引くほどゾッとすると思う。しかも、それがもし演出の一つとして意図的に仕掛けられたものだと知ったら、腹を立てて席を立つかもしれないし、その劇団のことが嫌いになるかもしれない。

 だから、私は覚悟を決めて挑みました。

 開演直前、前説がうっかり舞台上に落としてしまったスマホが、上演中に着信して鳴ってしまった場合、いったいどんなことが起こるだろうか。たとえば、出番をひかえていた役者がとりあえずそのスマホを回収しに舞台に出ていくかもしれない。もしもそこで、すでに登場しているキャラクターがその役者を認知してしまった場合は?どうなる?役者たちが役者としての自我を失い登場人物として存在し、はたまた別の役者は、役者のままキャラクターを持たずして舞台に現れた時、物語はどう展開していくのか。
 そんなことを考えて出来たのがあれです。

 けれど、”役者が役者として舞台にあげられてしまった”という仕掛けにおいてはあくまで導入におけるミスリード。なので、FにはFのちゃんとした設定が必要でした。それはつまり、Fの物語。今回はそれに清水さんにもらったピースで当てはめて、作品をまとめていくことにしました。(だから今回の作品原案は清水麻衣なのです。)

 また、Fの物語に誘導するために必要な”破綻させる物語”には、今回Moipa Mira ミラミラとのコラボという理由から過去作の「カイン・コンプレックス」をどうしても使いたかったのでお願いしました。とんでもなく不躾で失礼なお願いだったわけですが、Moipa Mira ミラミラさんは快く許して下さいました。
 せめてもの敬意として「ちゃんとファンタジーをする」と心に決めたのですが、ご都合主義の詰め合わせ、後付後出しのオンパレード、しかも最後には、物語が破綻したから爆破オチでなんとかしちゃうっていうとんでもない作品になったので、敬意もクソもなかったです。本当に申し訳ない。
 でも、兎にも角にも”お話がよくわからなくてもなんか楽しい、面白い、感動しちゃいそう”な演劇にはしなきゃいけないとは思いました。そうなれてたら、いいな。

 あ、ちなみに役者FのFはファントムのFです。お気づきになられましたでしょうか。作者が登場人物達から取り上げた物語(カイン・コンプレックス2)はオペラ座の怪人をモチーフにしてあったんです、実は。その怪人と「舞台に潜む魔物」をかけてあったんです、実は。

 そんなこんなで、舞台全体の物語は「作者」VS「登場人物」になった訳ですが、結局は筆を握ってる作者に勝てるわけないんですよね、いくらキャラクターの独り歩きがあったところで。作者が書き込む台本を登場人物たちが手に入れ、それ以降の執筆を阻止することに成功するも、回想シーンが入った時点で、作者は爆破オチで幕を閉じさせることを決定します。スマホを落とした張本人であるスタッフを生贄に、奮闘した登場人物たちだけは救い出してやろう、と。最終的に爆破オチを「屋台崩し」と表現して、その原因を客席から引っ張り上げてきた一般人になすりつけたわけです。

 けれど、登場人物たちは最後まで作者にあらがいました。台本に”登場人物”が筆を加え、そのスタッフをも救い出す。本当の屋台崩しによって。

 つまりこの戦いは、登場人物たちの勝利でした。

 なわけないんだけどね。
 キャラクターの独り歩きを許したのも、客席に絡ませたのも、スマホを鳴らしたのも、そもそもスタッフが前説の時に拾ったゴミを舞台に置いたのも、作者である私。やはり登場人物は、作者に勝つことは出来ないのです、どうあがいても。
 仕舞いには、この演劇作品に「ストールブレイカー(屋台崩し屋)」なんてクソダサいカタカナ造語タイトルをつけるという性格の悪さ。完璧な勧善懲悪です。しかもバッドエンドだし。

 これは、静岡演劇界に嫌われて然るべき。

 だからずっと背徳感でドキドキしていました。稽古を重ね、小屋入りして、ゲネを終えて、公演日を迎えるまでは。

 公演日初演、クライマックスの途中で音響が止み、客電と作業灯がついたとき、舞台装置を破壊することなく「屋台崩し」は成立し、たちまち舞台にあったはずの世界はすべて「嘘」になる、はずでした。はずだったのに、ここに来て、私は分からなくなりました。

 物語は果たして終わったのでしょうか。

 「観客を置いて舞台から去ることは出来ない」とFは言いましたが、屋台崩しによって観客も、作者の私さえも、物語を終えられないまま劇場を出ることになった気がします。

 もしそうだとしたら

 まだ私達は、あの何も無い世界に閉じ込めれたままなのかもしれません。


 


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