【戯曲】私の怒れる一日
オフィス
A 掛川さん、すみません。会議資料って、もう確認していただけました?あーお忙しいですもんね。お手すきの時でいいので、確認していただけますか?私も手伝ってはいるんですけど念のために。あと、すみません。清水さんどこにいるかご存じですか?ですよね、すみません。
A あ!浜松さん、お疲れ様です。休憩前にすみません。企画書のチェック終わったんでデスク置いてあります。頑張って作ったんで、ぜひ、よろしくお願いいたします。あとすみません。清水さん見ませんでした?ですよね、すみません。失礼します。
A 藤枝さん、これは?あー、なるほど。いや、私、今日はちょっとキャパオーバーというか。あー、ですよね。はーい。あ、すみません、ちなみに清水さんって。ですよねー。はーい。
A、デスクにもどる
後輩がやってくる。
A え、あ、おつかれさま。掛川さんまだみたいだし、帰りまでにもう一度か自分からも確認してみて。あと企画書だけど、浜松さんには私からもお願いしておいたし、あとはもう幸運を祈るしかないから。あと清水さんまじで見つからないので、もう期待しないほうがいい。じゃあ、休憩いただくね
後輩の様子がおかしい
A どうかした?今日元気ないじゃん。大丈夫?大丈夫。
A 私は知っている。女の「大丈夫」は大丈夫じゃない。「気にしないでください」は気にしたほうがいい。とりあえず心の準備していいかな。私今仕事がひと段落してやっと休憩に入れたの。今日は駅前で買った数量販売ベーグルサンドをランチにしようと、楽しみに楽しみにしてたわけ。平日でも一時間並ばないと買えないって噂のあのベーグルサンドだよ。ちょっとまえにグルメ番組で取り上げられちゃってから入手困難になったあのベーグルサンドよ。ここんとこ毎日カップラーメンだったから、今日は自分へのご褒美にと思って、素敵なランチタイムを過ごすはずだった。休憩の 1 時間を優雅に満喫する予定だった。まぁ、すでに休憩がはじまって15分もたっている現状なんだけど。とはいえ!とはいえ!ようやく…、ようやくここから私の優雅なランチタイムが始まる予定だったのに…。でも私は逃げない。なぜなら知っているから。 この子は今とても悩んでいて、わたしだけを頼りにしていることを。 そう、私は逃げない。だって、こいつ本当にポンコツだけど悪い子じゃないし、頑張ってるし…。なにより私は、仕事が出来ちゃうとっても優しい良い人だから。
A なにー?どうしたー?いいよすわって。正直に言いなって、締め切りのやばい何かがほかにもある感じ?え、ちがうの。 なにー、いいよ、なんでもいいなよ。え、あ、そっち系?!あ、いや、恋愛相談受けると思ってないじゃん。それなら全然ウェルカ ムだよ!へー!あ、そう!そうなの!へー!! え、誰だれ!?同期!? ………課長っ!?!?
A でたー!課長だってよ。課長。まー確かに顔はいいし若く見えるしね、でもねー、妻子持ちなん だよなー。こういうのはちゃん と教えてあげなきゃだめだよね。ちょっとかわいそうだけど、早めに相談きてもらってよかった。
A そっか。話してくれてありがとう。でも、うーん、かわいそうだけど。課長はダメだわ。あの人、 実は結婚してるから。 え、知ってた。あ、そっか。 でも、こどもも二人いるんだよ。下の子なんて去年生まれたばかりで。 あ、知ってた。あ、そっか。 あ、知っててもあきらめないの?そういう感じ? そういう感じかー。え?いや、よくない、でしょ。だってもうパートナーがいるんだよ。幸せな家庭つくってるんだよ。入 り込む余地なくない? …え、どゆこと?…うん、うん
A やってんなあいつ。やっちゃったな。あのくそ男、この子が好意ある事わかっててカマかけてやがるな。 そういや最近一緒に仕事するとこよくみてたもんなー。それでいて自分からは何も手は出さない パターンか。相手から言い寄ってくるの待ってるパターンか。最低だな!
A え、あぁ、なんでもないごめん。 えっとね、単刀直入に言うとね、辞めたほうがいい。あんな男本当にやめた方がいい。 いい?あの男は、あなたを不倫相手にしようとしてるんだよ。こんなにも素直でいい子で、不器 用だけど真面目で一生懸命の女の子を、もてあそぼうとしてるんだよ。 いや、そんな人じゃないって思うかもしれないけど、そうなんだよ。不倫ってそういうことなん だよ。課長はいいよ。自分は結婚してて家で待ってくれてる家族がいるから。でも、あなたは彼一人しかいないでしょ。それって、寂 しい思いや辛い思いをたくさんすることになるんだよ。堂々とデートすることもできないし、一緒に作った思い出も、インスタとかでシェアすることもできないんだよ。それでもいいの? …うん、そうね …うん、そうね …うん、そうね
A こいつ全然、話聞かないじゃん。なんなん。相談しに来たんじゃないん?どゆこと?
A だから!今はよくても幸せになれないっていってるの! 絶対だよ絶対なんだよ!たとえ、最終的に彼が家族よりあなたをとったとしても、それでいいの?それでいい人間になっちゃだめでしょ!あの男の存在が、あなたという人間の価値をどんどんさげていく の! …怒ってないよ。…怒ってないよ。…怒ってないって!…怒ってるよ!わかんない!?わかんないかなぁ!わなんないよなぁ!大事なんだよお前が!可愛いんだよお前が!大事に育てたお前があんな男に奪われるのをみてたまんないんだよこっちは!どんだけ一緒にいて心くだいてきたか!どれだけお前のために時間を割いてきたか! この会社でやっていけるようにとどれだけ苦労したか…。それを、簡単に捨ててもいいような言い方をして… ふさけるなぁぁ!うわああああ!
A でも、そうね。それは、私の都合だものね。私が勝手に世話を焼き、私が勝手に好きになり、 私が勝手に期待してただけなのよね。あなたは悪くない。私の都合なのよ。…そうよ。あなたは別に私を裏切ったわけじゃない。今だって、私をしたい、私を信じて相談に 来てくれてるんだものね。私に何を言われるかわからないのに、その覚悟できたんだものね。…そう。あなたは初めから、そのつもりで来てたんだわ。どう考えてやめておけと言われるよう なことを、あえて私に言いに来た。それって、私を本当に信じてくれていたからじゃないの。…じゃあ、今、私がするべきことは?あのこにとっての一番の正解とは?
A これを持っていきなさい!そう、これはベーグルサンド、でもただのベーグルサンドじゃない! 私の汗と涙と血と怒のベーグルサンドよ。私の幸せそのものよ!これをあなたにあげる。そして ランチに誘ってきなさい。欲張って買ってきたから二つ入ってるわ。たとえ相手がランチを済ましたとしてもまぁ食べれるかなくらいの大きさよ! そしてきちんと気持ちを伝えてきなさい。あなたがどんな思いでいて、どうなりたいのか、決着 をつけてきなさい。自分の目で、自分の物語の結末を見届けるの。覚悟を決めなさい。あなたはいずれ泡になって消える人魚姫。一歩足を踏み出すたびにナイフが 刺すような痛みを足裏に感じるとしても、それでもこの恋を貫くというのならその覚悟で。あなたを嘆く大事な人たちすら置き去りにして。さぁ!行ってきなさい!この、ベーグルサンドをもって!
後輩、ベーグルサンドを受け取ってかけ出す
A さようなら。私の休憩時間。
清水、登場
清水 めっちゃ並んだわ。いる?
終幕