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小説:平凡な少年には秘密があった…3章『五つ守の物語』

【あらすじ】
これは、東西南北に四つの国があって、五体の龍が棲む「五つ守 いつつもり」という大陸のおはなし。

十五年前、突然、朱の国が白の国を侵略した。
白の国の王子トールと姫エリザは、行方知れずとなる。
時を経て現在、どの国にも支配されない中央自治区に、ユージンという貧しい少年が暮らしていた。
平凡な毎日を送るが、まちの顔役だった大老が亡くなったある日、妙に気になる外套姿の男を見かけて……。


〈五つ守の国と龍、力関係〉
朱の国(火の龍)→白の国(金の龍)→青の国(木の龍)→(土の龍)→玄の国(水の龍)→朱の国(火の龍)……
*詳細はプロローグへ。

小説:4つの国と5体の龍が棲む大陸のおはなし プロローグ『五つ守の物語』|山川エマ


3章 少年の秘密

 あくる日、僕はズンおじさんの店で、繊細な金細工の首飾りを見つけた。
 それは普段と変わらない乱雑に積まれたガラクタ――のように見えるもの――の中に隠れていた。まるで僕に見つけてほしいと主張するように、鈍く光を反射していた。
 宝物を発見した。そんな気持ちを抑えきれず、僕はそれをつかんだ。
 汚れと錆びでくすんでいるけど、気品は隠しきれてない。草花の形をした装飾が、混ざり合うように連なっている首飾り。宝石は一つもついていない。それがかえって、品の良さと質の高さを表しているみたいだった。
 僕はそれを手に掲げて、店主に声を掛けた。
「これ、どこで手に入れたの?」
 おじさんは事務仕事をしながら、目もくれずに「忘れたな」とつぶやいた。まあ、予想していた反応だ。老人になって便利なことは、都合よく物を忘れられることだな。
「白の国のものだよね、きっと。けっこう、年季が入ってそう」
「見せろ」と言って、おじさんは右手を差し出した。
 その手のひらに首飾りを置くと、じっと見て、そのまま愛想なく僕に返してきた。
「明日、店に並べられるように磨いとけ」
 読み通りの返事があって、僕はにんまり笑った。
 早速、ほかの道具と一緒に、首飾りを机の上に置いて作業を始めた。
「これは高く売れそうだね」
「白の国のもんは高値が付くが……実際のところ、何個も装飾品を売るより、金の鱗一つ売るほうが手っ取り早い」
 僕の心臓が一瞬、跳ね上がった。
「……それが簡単に見つかれば、の話だがな。金の鱗を見つけたら、すぐにでも店をやめて、悠々自適な余生を送るぞ」
「金の鱗」は一種の金塊で、金の龍からとれるものだ。人間の髪が生え変わるように、ぽとりと身体から抜け落ちるらしい。あるいは、金の龍が戦いに備えるとき、全身が金の鱗で覆われるのだけど、それをまき散らすこともあるという。
 いずれにしても、守護龍が戦う機会は少ないし、世間では金の龍がどこにいるかはわかっていないから、滅多に見つけられないものだ。
 ひとの手の甲ほどの大きさだけど、それ一つに、家と家財道具、ついでに商売を始められるほどのお金の価値がある。みんな喉から手が出るほどほしいものだ――特に中央自治区の民にとっては。
 僕はおじさんの話を聞いていないフリをした。
 この日は店番の時間も少なくて、ただひたすら品物を磨く仕事に励んだ。
外が茜色に染まる頃、おじさんから今日の報酬を受け取り、昨日はできなかった薬草探しに向かった。
 小森の中心を通る街道にはまだ人通りがある。行きかう人々、往来する馬車の目を盗むようにして脇の小森に入った。
 一歩、森に足を踏み入れれば、豊かな土壌の匂いが僕の鼻の奥を満たす。
湿り気の中にあるかぐわしさ。木々の葉が枯れ落ちて、また土に還って新たな命を与える深い匂いだ。
 草の茂みに目を凝らした。落ちた小枝や倒木、ぬかるみを避けながら、薬草を見分けると反射的に手を伸ばして、カバンの中に次々と入れる。そうして、どんどん森の奥深くに進んでいった。
 でも、僕の目的は薬草だけじゃない。
 しばらく歩いて、少し開けた場所に出た。
 苔むした岩場がある。そこだけ木が間引かれ、夕日が木々の隙間から漏れ、光の筋を伸ばしている。人の二倍ほどある大きさの岩と、やや小ぶりな岩が折り重なって、その下に小さな空洞がある。地面に穴を掘ったみたいな洞窟で、先は真っ暗だ。
 カバンから火打石を出して、入口に置いていた松明に近づけた。石を打って小さな火花を散らし、松明に火を移す。それを手に、穴の中に足を踏み入れる。
 松明のあかりに反射して、足元できらりと光るものがある。
 金の鱗だ。
 世間では喉から手が出るほど望まれるものだけど、もう僕にとってはそうではなくなった。
 洞穴の先、暗闇の中に、小さな二つの丸い光が見える。生き物の湿っぽい、生々しい息遣いが聞こえる。その息が、僕の顔にまでかかってくるような気がした。
 腕を伸ばして掲げた松明の、ゆらめく炎が、白い鱗に覆われた大きな生き物を照らし出す。
 狭い洞穴の中いっぱいに、僕の背の二倍はあろうかというほど大きい身体が縮こまるように収まっている。
「久しぶり、金の龍」
 僕はそう言って、金の龍の前足のあたりに座った。
 他の龍と比べて胴体が短めで、しっかりとした四本の足がある。体つきは四足歩行の動物に近い。
 僕を警戒する様子はない。四足をだらりと横に伸ばして、くつろいでいた。
「冬の間は、あんまり良い薬草も見つけられないからさ、ここには最近来れなかったけど。もう外は春だよ」
 金の龍は、僕の話を理解しているのかな。もちろん、僕は白の国の王族ではないから、金の龍と会話することはできないんだけど。
 でも、なぜだろう。金の龍はいつも、僕の話を静かに聞いているように見えるんだ。
「今日はズンおじさんが金の鱗の話をするから、ちょっと焦っちゃったよ」
 僕は首の紐を胸元から引き抜いた。その紐の先は小さな巾着袋になっている。
 紐を緩めて、中から〝金の鱗〟を取り出した。
 手の中のそれは、松明のゆらめく炎を反射して、僕の顔を照らした。
「これが見つかったら、おじさんはすぐに『売っちまえ』って言うだろうなあ」
 去年の秋のことだ。
 いつものように、この小森で薬草探しをしていたら、たまたまこの金の鱗が落ちているのを見つけた。
 まさかと思った。こんな幸運が巡ってくるなんて。
 最初はこれを売ってしまおうと思った。そしたら、きっと二つ丘に家だって買えるし、家族みんなで新しい商売だってできるだろうし、ちょっとした贅沢だってできるかもしれないし――でも、その考えは一瞬で消えた。だって、世間では金の鱗はこうも言われていたから。
「金の鱗を持っていると、幸運に恵まれる」
 自分でも、そんなのは迷信だと思っている。だって、僕は中央自治区の民だから。
 それでも、金の鱗を大切に持っておくことに決めた。これを売ってしまったら、お金を手に入れても、僕にはかえって幸せは逃げてしまうように思えた。
 つまり、少し、怖くもあった。
「君の身体から出てきた金の鱗は、僕のお守りとして持っておこうと思ったわけ。それに、売ったことが自治区のやつらにバレたら、どこで拾ったかって、めちゃくちゃ聞いてくるだろうね。それは僕たち家族が危険にさらされるし、君と白の国にとっても大変ことでしょ?」
 あいかわらず、金の龍は僕の話を聞いているのか、よくわからない。問いかけてみたけど、金の龍は大きなあくびをした。肉付きのいい大きな前脚の上に顎を乗せて、くつろいでいる様子だ。
「白の国の王子と姫って、まだ生きてるのかなあ? 君は知ってる? いまだに、朱の国の隠密隊が嗅ぎまわってるって噂だよ。もちろん、王子と姫だけじゃなくて、君の行方も探しているみたいだけど。君が見つかったら、大ごとだよ。また、五つ守に大きな争いが生まれるだろうな」
 炎の侵略が起きたとき、運よく国外に逃亡した民の多くは、中央自治区に身を寄せた。
「王子と姫もかわいそうだけどさ、白の国の民も気の毒だよね。炎の侵略以降、故郷を失って――もう帰る場所がないんだから」
 今では、白の国は朱の国の植民地のようになっている。残された民は朱の国の管理下にあって、強制的に労働を強いられているらしい。
 朱の国は、その豊富な資源と労働力を使って、武器の生産を推し進めていた。けど、一つ予想外のことが起きた――採っても採っても出てくるはずの資源が、少しずつ減っているという。原因は、金の龍がその地からいなくなったことだと噂されている。
 だから、朱の国は優秀な隠密隊を派遣した。金の龍の足跡をたどりながら、王子たちの行方も調べているらしい。金の龍と王子たちを連れ戻すことが彼らの使命――王子たちの命をどう扱うつもりなのかは、わからない。
 隠密隊は彼らを見つけては逃げられ……ということを長年繰り返しているみたい。ただ、この数年はとんと噂話を聞かない。王子と姫の生死も、金の龍の行方もわからなくなっていた。
「君も、白の国に帰るわけにはいかないしね。中央自治区の小森で、ひっそり身を隠していたってわけでしょ? いまや君の仕事は、こうやって僕の話し相手になることだね。僕の愚痴や心配事を黙って聞いてくれてさ……まあ、聞いてるかはわからないんだけど。君や王子と姫、白の国の民もかわいそうなんだけど、僕らの生活だって、いつもぎりぎりなんだ。ズンおじさんの言う通り、自己責任だよ。この先、どうなるかわからない。不安は不安だよ。こんなこと、父さんや母さんには言えないけどさ……でも、今のところ、僕は金の鱗を売るつもりはない。それは、本当に、本当に、いざというときさ」
 僕は立ち上がって、お尻についた土を払った。
「じゃあ、もう帰るよ。あの遠い家にさ。僕の売りは健脚なこと」
 金の龍に手を振って、そこから立ち去った。
 洞穴を出ると、空は暗く、夕焼けが消えていくところだ。僕はいつものように、家までの長い道のりを黙々と歩き続けた。

 さあ、お披露目だ。
 翌日、僕は手直しした金の首飾りを、自信をもって店頭に並べた。
 道行く人たちに自分の仕事ぶりを見せつけたいというのは本心なんだけど、それだけじゃなくて、客寄せになるからでもある。
 こういうときに大切なのは、注意深く見張ること。価値の高い代物は、いつ盗まれるかわからないからだ。
 太陽がちょうど頭上にある。目抜き通りのにぎやかさが最高潮に達するころだ。
 僕はズンおじさんの代わりに、いつもの嵩増しした椅子に座って店番をしていた。すると、瑠璃色の外套をまとった客が一人、店棚の前にやってきた。
 その客はじっくりと品定めをしていた。特に装飾品が気になっているみたいだ。すっと手を伸ばした――細長い指だった。僕はその客が若い女性だとわかった。
 彼女は並べられた装飾品に軽く触れながら、金の首飾りの上で手が止まって、それをすっと持ち上げた。
 お、見る目があるなあ。さすが白の国の民だ。
 僕は思わず口の端が上がった。
「お客さん、お目が高い! それ、白の国でつくられたものだと思うんだ。お姉さんの国元でしょ? やっぱり価値がわかるんだね」
「……そうね。なかなか良い代物じゃない。どうやって手に入れたのかしら?」
「あー。それは店主に聞いてよ……聞いても口を割らないと思うけど」
 僕は作業台の椅子に座ってうたた寝しているズンおじさんを振り返った。店内には、ほかに客はいない。
「これ、あなたが手直しした? もともと、状態は良くなかったんじゃない?」
「え。なんでわかったの?」
「白の国の民にとってはね、鍛冶や細工は一般教養なのよ。ほら、ここ。修理がちょっと甘いわね。まあ、それなりに良い腕前はしてるけど」
 彼女はそう言って、首飾りのつなぎ目部分を指さして、僕に見せるように掲げた。
 そのとき、外套に隠れていた顔があらわれた。
 正直言って、はっとするほど、美しかった。
 僕は彼女の顔に気を取られて、首飾りには目が行かなったくらいだ。
 意志のはっきりした黒い眉。その下にある、扇状に広がったまつ毛と大きな瞳。健康的で艶のある肌。全体に生命力を感じるような、溌溂とした顔だ。それでいて、この自治区にはあまり見られない、上品さがある――こんな美人に会ったことがないのに、どこか見覚えがあるような気がした。なぜだろう。
 僕はちょっとぽーっとしてしまったけど、彼女の手にある首飾りを慌てて見た。たしかに、少しのほころびがあった。
「あーうん。そうだね。お姉さん、厳しいな」
 そう言いながら、僕はちょっとどきどきしていることを隠した。だって、稀に見る美人だ。
「ま、及第点をあげるわ」
「ありがとう」
「これ、いただくね。お店の中にも、こういうものはあるの?」
「あ、うん。見ていく? 入るなら、棚の下をくぐって入ってきて」
 棚の上には商品はどっさり載っているから、動かすことはできない。客には棚の下をくぐって入ってもらう。彼女もそうして店の中に入って、物色し始めた。
 僕は彼女の姿をあらためて確認した。美人だからってわけじゃない――まあ、それもあるけど。
 外套に覆われて服装ははっきりと見えないけど、生成りの長いチュニックにズボン姿で、首元には白の国の女性らしい首飾りを重ねている。ちらっと裾から覗く足元は、男性の旅人が履くような革のブーツだった。しわが刻み込まれた革に砂や泥の跡がついている。
 相当使い込まれているなあ。
 中央自治区のいわゆるフツウの女の人が履くようなサンダルや簡易的な紐靴じゃない。しかも、白の国の女性はズボンではなくワンピースを着ることが多い。少し妙だなと思った。
 だから、僕は彼女の動きに気を配った。けど、店頭も見なきゃいけない。ズンおじさんに起きてほしいところだけど。
 店棚のほうに目を向けると、いつの間にか二人の男性が店の前に立っていた。
 ちょっとびっくりした。振り向くまで、彼らの気配を感じられなかったからだ。
 しかも、その恰好は明らかに、ただの市民じゃない。傭兵のそれと同じ。動きやすいズボンとベストを着て、腰の革ベルトには物々しく剣と短刀が差さっている。
 傭兵自体は、中央自治区のそこかしこにいる、めずらしくない存在だ。だって、ここには大きな傭兵案内所がいくつかあるから。四つの国には比べられないほど、腕の立つ傭兵がたくさんいる。
 戦争が起きれば彼らも活躍するし、それ以外にも、市民間の争いや危険な幻獣の討伐とか、その仕事は多岐にわたる。それこそ、このまちの案内所に登録しているやつらは、お金のためだったらなんでもやる。お金を担保にすれば信頼に足る存在かもしれない。けど、いろんな意味で、危険な存在だっていうのは間違いない。
 男たちは商品を見ている〝フリ〟をしている――僕の勘がそう言っている。なぜか、違和感を拭いきれない。どことなく、彼らの意識は店内に向いているように感じた。
 ただの客でもなければ、窃盗犯でもない。彼らに声をかけようか悩んでいたそのとき、先に動き出したのは男二人だった。
「店内を見てもいいか?」
 奇妙な緊張感が漂う。
「……どうぞ。下をくぐって」
 一人ずつ、中に入る。店内の彼女は、二人の男にちらっと視線を送っただけだった。
 中央の大きなテーブルを介して、男女三人が間を取りながら反時計回りに歩いている。お互いに顔は見ない。下を向いて商品を手に取っている。
 突然、耳をつんざくような、大きな金属音が鳴り響いた。
 女の人がテーブルに山積みになった調理器具や食器、貴金属を両腕で押して崩したからだ。
「なんだ!?」
 騒音で眠りが解けたズンおじさんは、椅子から飛び跳ねた。
 テーブルから押し出された金属の山は、向かいにいた男二人へ雪崩のように落ちた。「うっ」「いてっ」と小さくうめく男たちを尻目に、彼女は外に走り出そうとした。
 運よく雪崩をかすめただけの男のほうが、短刀を腰から引き抜いた。それを見て、思わず「あっ」と僕の口から声が漏れた。男は躊躇なく、彼女を切りつけようとしている。彼女は振り回される短刀を、軽快に避けながら後ずさりした。その間に、腰から頑丈そうな短い直刀を抜いて、相手の刀を何度か受け流した。両方とも手練れだ。
 彼女は隙をついて男の腹のあたりを蹴ると、うめく男を置き去りにして出口に向かって走り出し、流れるように店棚の下に滑り込んで出ていった。
 蹴られた男は顔を歪めながら、女の後を追いかける――二人は目抜き通りの人の波をかき分けた。
「どけっ」
 女の人はしなやかに人の間を縫って走るのに、男のほうは乱暴に人をはねのけていた。突然の出来事に、人混みから驚きと迷惑そうな声がそこかしこで上がっているのが聞こえる。
 僕は店内を振り返った。鉄の山に埋もれていた男は、もう立ち上がっている。
 男は、彼らのあとを追いかけようとして、店棚をくぐろうとした――僕の体が勝手に動いた。「コーン!」。金属音が響く――僕が棚の上にあったフライパンを取って、男の頭上から、その頭めがけて振りぬいたからだ。
 もちろん、致命的な一撃にならないように力加減したつもり。でも、男が気を失うには十分の強さだった。呆気にとられていたズンおじさんは、両手をぱんっと叩いた。
「でかした!」
 滅多に褒めない店主の言葉に、僕は呆気にとられた。
 おじさんはのびている男のそばに立つと、しかめ面をして見下ろした。
「傭兵だろうな……ったく、商品の弁償をさせなくちゃならねえ」
「そんなことしないで、逃げていくんじゃない?」
「こいつは頼まれた仕事をしくじったんだ。自分のしりぬぐいは自分でしなきゃならねえってことくらい、傭兵はわかってるはずだ」
 おじさんは何とも言えないうめき声を上げながら――地面に落ちたものを拾う中腰が辛いらしい――散らかった店内を片付け始めた。
 僕は女の人の姿を確認しようと思って、椅子から下りて目抜き通りの人混みに入り込んだ。
 もう二人は遠くまで行ったみたいだ。
「邪魔だ」「立ち止まるんじゃねえ」と行きかう人に文句を言われても、僕は気にせずその場に突っ立っていた。
 彼女はいったい何者なんだろう。
 そう考えていた僕の背中に、突然、布越しでもわかる鋭利なものが押し付けられた。
「叫ぶなよ」
 男の声。戦い慣れていない僕でもわかる。刃物だ。振り向かずに、僕は押し黙った。
 僕とその男は、周りの疎ましそうな声を聞き流しながら、人波の中で、ただ二人、立ち止まっている。
 僕はちらっと店内を横目に見た。
 おじさんは、こちらを気にすることなく片づけを続けている。
「お前、あの女とどういう関係だ?」
「知らない。今日初めて会った」
 本当だ。
「なぜ、助けた?」
「助けたわけじゃない」
「傭兵を殴ったのを見てたぞ」
「あやしいやつだったから。あんたみたいに」
「度胸のある坊主だ」
 背後の男はそう言って、僕が武器を持っていないか、手早く探ってきた。その間にも、僕の心臓は、思いもしない状況にどくどくと鳴り響いていた。
 背中に感じるのは、屈強そうな身体。ただ者じゃない。
 ふと、浅黒い手が僕の胸元で止まった。
 しまった。僕の心臓が大きく跳ねた。
「まさかとは思うが……〝幸運〟の持ち主だな?」
「……なんのこと?」
 男は、僕の首にかかっている紐を軽くつまんだ。
「女と関係ないとは言わせないぞ」
 どういうこと? と僕が聞く前に、男は背中の刃物をさらに強く押し付けた。有無を言わさず、人で溢れかえる目抜き通りを僕に歩かせる――彼女が消え去ったほうへ。



次回こそは、キャラクター紹介をアップします!

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