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テレビや配信ドラマ/アニメの完結編としての映画という戦略


完結編だけを見てしまうオールド映画ファン

僕の会社員時代の 10年先輩に、テレビドラマやアニメは見ずにその完結編となる映画だけを観て「よく分からなかった」とか「評価できない」みたいなことを書いている人がいます(誤解のないように最初に書いておくと、この文章はその人を貶めるために書いているのではありません)。

去年で言うと、例えば

  • 『からかい上手の高木さん』ではアニメ版第3期の2話だけを観て、今泉力哉監督のテレビドラマ8話は一切観ずに、同じ今泉監督によるその続編/完結編である実写映画だけを観たり…。

あるいは、

  • テレビアニメとして4期続いた『進撃の巨人』をほとんど一度も観ないまま『進撃の巨人 ファイナル THE LAST ATTACK 』だけを観たり…。

  • Amazon Prime Video で配信した【推しの子】8話を全く観ずにその最終完結編である映画【推しの子】 -The Final Act- を観たり…。

僕からしたら、そもそも『進撃の巨人』なんて、あれだけ長い長い物語で、あんなに複雑に入り組んだ展開で、あれほど大勢の登場人物が出てくるアニメを最後の1作だけ観ても理解できるはずがないのになあ、と不思議に思うのです。

それまでの回を全部観ていてさえ、自分の頭の中でこんがらがったり、ちゃんと思い出せなかったりして、分からない部分が残るぐらいですから…。

でも、まあ、それにもかかわらず映画だけを観てしまう気持ちが分からないでもありません。

と言うか、もちろんこれは僕の勝手な想像、勝手な解釈でしかないのですが、「彼をそういう行動に走らせるのは、それはきっとこういうことなのかな?」と思うところはあります。

今の映画の作り手のマインド

その先輩の行動について言うと、中には完結編を総集編だと勘違いして観てしまったみたいなこともあるのでしょうが、それ以前に、彼らの世代からしたら、

テレビでの放送を観ていなかったら理解できない映画なんてあり得ない

という気持ちがあるんじゃないでしょうか?

映画界が映画ファンに対してそんな不親切なことをするはずがない

という信頼感が抜けないのではないのかな?と思うのです。

かつては娯楽の王様であった映画が、そんな風にテレビ番組のおまけや続編みたいな作り方をされることは確かにあり得なかったのでしょう。映画はあくまで独立した、それだけで完璧に自己完結した作品であったはずです。

でも、今ではそんなことはありません。何故かと考えると、それは多分そのほうが客足が見込めるからです。

いきなり何の絡みもない映画を作ると、下手を打つとほとんど誰も見に来てくれないかもしれません。いや、もちろん誰も見に来ないなんて極端なことにはならないにしても、しかし、狙いを外してしまったときの予測がつかないのです。

でも、

  • 『からかい上手の高木さん』を8話まで通して観た人は、大人になって再会した西片と高木さんがどうなったのかが気になって、多分映画も観るでしょう。

  • あの膨大な『進撃の巨人』を全回見通したのであれば、最後の完結編だけでも大スクリーンでもう一度観たいと思う人は多いはずです。

  • 原作漫画やアニメを見たことがなかった人でも、アマプラで【推しの子】全8回を観てしまったら、映画版を見に行かないわけには行かないでしょう。

だから、最初から歩留まりが読めるのです。映画会社は、そして製作委員会に参加している出資社はそういう確実な方法を好むのだろうと思います。

『呪術廻戦』のように、テレビ版とは時代や主人公が違うパートを原作から抜いてきて映画化し、テレビ版を全く観ていなくても楽しめる形にしたものもあります。

でも、それとてやはりどこかにテレビ版を踏まえたり繋がっていたりするところがあって、仮に原作漫画を全く知らなくても、テレビ版の絶大なファンであれば初めて観るよりも遥かに楽しめるような構造になっていると思うのです。

それは映画というものの新しい存在様式だと思うのです。でも、問題は、それについて行けていない観客がいるということです。

僕の考え方、感じ方

僕は映画を観たいとなると、先だっての【推しの子】のように、間違いなく、まずそこまでの前段である配信ドラマを観てからにしようと思います。

逆にそこまで思わない作品であれば、完結編や総集編である映画には手は出しません。

僕が初めて実写版の『進撃の巨人』や『キングダム』を観た時には、それらがあまりに長い話だったので今から追いつくのは無理だと判断して、最低限の準備として、映画を観る直前にコミックスの1巻だけは読んで「予習」をしました。

そして、映画版の続編で多分次の映画への繋ぎとなる WOWOWの『ゴールデンカムイ』は、映画版第2弾を観たいからこそ、「テレビ版は映画ほど面白くないな」と思いながらも、来たるべき続編の予習として辛抱して最後まで観ました。

その一方で、予習をする熱意の湧かない映画には決して手を出しません。

例えば、TBS が放送していたドラマ『グランメゾン東京』には全く興味が湧かず一度も観ませんでした。だから映画『グランメゾン・パリ』も全く見ようとは思いません。

映画を観るために今から U-NEXT でドラマ版を遡って見ようとも思いません。逆に言うと、そういう作品だから、当然続編の映画も観ないのです。

何故観ないかと言えば、映画の出来がたとえどんなに素晴らしかったとしても、それだけを観ると中途半端になるからです。

【推しの子】 -The Final Act- で言うと、配信版で描かれてきた天才子役時代のかなのエピソードや、アクアがテレビのリアリティショーに出演する件や、アクアとあかねの微妙な関係や、新生 B小町の誕生をめぐる経緯は映画では一切割愛されています(と言うか、繰り返しては描かれていません)。

でも、そういう背景があるからこそ、そんなさまざまな場面が僕らの脳裏に甦ってきて、完結編の映画がクライマックスに到達するのです。

  • フル・コーラスで描かれたドーム・ライブが極限まで盛り上がるのはそれに至る曲折を僕らがつぶさに知っているからなのです。

  • 映画の中で B小町の初ライブのシーンが一瞬カットバックして来ますが、ここでほんの一瞬、最後列でペンライトを両手に狂ったように踊って妹たちを応援しているアクアの姿が映ります。あのクールなアクアが、です。
    配信版を観ていない人は確実に何も気づかないこのカットバックを観て、僕らの胸は再び熱くなるのです。

また、これは恐らく美術スタッフの遊びなのでしょうが、撮った映像を編集している五反田監督の背後にお菓子の箱か何かが置いてあって、「五反田監督のお母様からいただきました」という紙が貼ってあります。こういうのは現実の撮影所/スタジオの前室やスタッフ・ルームではよく見かける光景です。

  • 画面の片隅に映るたったこれだけの、しかも一瞬の映像ですが、観客たちはこれを観て、五反田監督がいい歳をして実家暮らしで、(映画版には一切出てこない)監督の母親が、突然監督の部屋のドアを開けたり、「ご飯ができたよ」などと言って仕事の邪魔をしていたシーンを思い出すのです。

こういうのも楽しい見方です。観ていない人には申し訳ないですが、そういう細部にこそリアリティは宿るのです。そんな細部を積み重ねて完結編の感動に繋げるために、配信版の8話は飛ばすわけには行かない存在なのです。

そんなことが分かっていないと楽しめない2時間の映画なんてひどいもんじゃないか!

と思うかもしれません。

無料の地上波テレビならまだしも、有料チャンネルや有料配信のドラマを見終わってからでないと映画を楽しめないなんてあんまりじゃないか!

と思うかもしれません。

確かにそうかもしれません。

でも、そこまでのめり込んでくれた観客を、前段部分をしっかり分かって踏まえた上で2時間の映画を観てくれるファンを、映画界は今や大切にしようとしているのではないでしょうか?

そうでない映画もまだまだたくさんあるわけですから、映画界がかつてのファンをないがしろにしているとは思いません。ただ、テレビ版や配信版から引き続いて見てくれるファンの存在に気づいて、彼らの欲求に答える形で新しいビジネスモデルを構築しようとしているのだと思います。

そういう意味で、見方も見せ方も、少しずつ変わってきているのだと思います。それを残念に思う人もいるでしょう。とりわけ古くからの映画ファンには許しがたいシステムだと思われるかもしれません。

でも、時代はそんな風に変わってきている(あるいは、変わってきちゃっている)のだと僕は思っています。

だって、長い時間をかけて描いたほうが、感動は大きくなる可能性がありますから。今までは約2時間の枠内に収めるという制約があって描けなかった世界を、映画は描き始めたのです。

そういう描き方、見方と言うか、「そういう映画もある」ということについても少し理解してあげるといいんじゃないかな、というのが僕の感じ方です。

メディア・ミックスなどという表現はもう半世紀近く前からありますが、漸くそれがひとつの形を成してきたのだと思っています。

テレビ版や配信版を観ていなかった皆さん、ごめんなさい。でも、「ああ、この映画めちゃくちゃ面白そうだな。観たいなあ」と思われたのであれば、映画館に行く前に、どこかで探し出してきてまずはその前段をご覧になることをお勧めします(今やそういうのが割合簡単に見つかって見られる時代になってきましたし)。

せっかく映画を観るのであれば、面倒くさくてもそのほうが愉しみが倍加しますから。

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山本英治 AKA ほなね爺
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