「月9」は「げつく」か「げっく」か?
今クールの CX(月)21:00 のドラマ『海のはじまり』、まだ3話が終わったばかりですが、⽣⽅美久さんの脚本がとにかく素晴らしく、キレッキレの台詞てんこ盛りで、思いっきり切なくて、考えさせられる作品になっていると思います。
ところで、皆さん、フジテレビの月曜夜9時のドラマ枠、通称「月9」を何と読んでいますか? 多分ほとんどの方が「げつく」と読んでますよね? 僕はそれが気持ち悪くて仕方がないのです。
所謂トレンディ・ドラマ路線であの時間帯のドラマがヒットを連発するようになってきた頃から、僕は長らく「げっく」と読んできました。分かります? Getsuku ではなく Gekku です。
あの頃の「月9」というのはまだまだ業界用語の類で、そんな名称は一般人にはほとんど知られていませんでした(そう、ちょうどフジテレビのことを CX なんて言う一般人があまりいなかったように)。
そして、あの頃僕らは、(ひょっとしたら業界全体がそうだったわけではないのかもしれませんが、少なくとも僕の周辺の業界人は)皆「げっく」と言っていました。
だって、「げつく」っておかしいじゃないですか。
「月給」は「げっきゅう」でしょ? 「げつきゅう」なんて言いませんよね?
「月収」は「げっしゅう」でしょ? 「げつしゅう」なんて言いませんよね?
「月旦」という難しい言葉があります。人物批評の意味ですが、これも「げつたん」ではなく「げったん」です。
「月餅」は「げっぺい」でしょ? 「げつへい」とは読まないですよね?
「月(げつ)」という漢字は一定の単漢字に接続する場合促音化して、つまり「げっ」に変わっちゃうわけです。
いや、「月」だけじゃありません。「つ」で終わる単漢字はほぼ全て、
カ行、サ行、タ行の漢字に接続すると促音化します。
達観(たっかん)、活況(かっきょう)、発症(はっしょう)、熱戦(ねっせん)、必着(ひっちゃく)、葛藤(かっとう)等々
後に来る漢字がハ行の場合は前の漢字の末尾が同じように促音化するのに加えて、後の漢字の頭が半濁音化してパ行になります。
活発(かっぱつ)、欠品(けっぴん)、殺風景(さっぷうけい)、月餅(げっぺい)、月報(げっぽう)、抜本的(ばっぽんてき)等々
そのほうが明らかに発音しやすいから、自然にそうなっちゃったんじゃないかと思います。
ちなみにカ行(キまたはク)+カ行の場合にも同じようなことが起こります。
悪口(あっこう)、学校(がっこう)、激昂(げっこう)、石鹸/席巻(せっけん)等々
一方、ア行、ナ行、マ行、ヤ行、ワ行、ラ行、ガ行、ザ行、ダ行、バ行、の前では促音化せずそのままです。これらの場合は促音化したほうがよほど発音しにくいですからね。
圧延(あつえん)、血尿(けつにょう)、別名(べつめい)、月曜(げつよう)、説話(せつわ)、閲覧(えつらん)、発言(はつげん)、月次(げつじ)、切断(せつだん)、末尾(まつび)等々
ね? これだけしっかりしたルールがあるのに、月9だけ「げつく」じゃおかしいでしょ?
ただし言葉には必ず例外があるもので、ここにも例外があります。
「今月中」とか「7月中」などと言う場合は「こんげつちゅう」「しちがつちゅう」であり、「こんげっちゅう」や「しちがっちゅう」にはなりません(ま、話し言葉ではそれに近い発音をしていることもありますが)。
多分「今月」や「7月」が1単語として固まってしまっているために音便化しないのでしょうね。
話は逸れますが、日本語には、外来語や擬声語・擬態語の類(ポロポロやピカピカなど)を除けば、半濁音(゜)で始まる単語はありません。そのほぼ全部が単語の途中に、具体的には上に示したような「つ」で終わる漢字や、あるいは「ん」音の後に続くところに現れてきます。
活版(かっぱん)、絶品(ぜっぴん)、甲板(かんぱん)、新品(しんぴん)等々
逆に言うと、(擬声語・擬態語の語頭を除くと)半濁音は「っ」や「ん」の後以外には現れません。
だから、「茶髪(ちゃぱつ)」という日本語も、(もう慣れてしまいはしましたが)使われ始めた頃は僕は気持ち悪くて仕方がありませんでした。
日本人がいろんな色に髪の毛を染め始めた 20世紀の終わりごろに出てきた表現なのですが、金色の髪の毛が「金髪(きんぱつ)」だから茶色の髪の毛は「ちゃぱつ」で良いだろうという安易な発想で作られた造語です。
でも「茶」は「つ」や「ん」で終わっていないので、「髪(はつ)」をわざわざ「ぱつ」に変える必要がないのです。それは「白髪」が「はくはつ」であって「はくぱつ」でないのと同じ構造です。
同じように気持ち悪いなと思うのが、Pokémon GO に出てくる(と言うか、それ以外の全てのポケモン関連のコンテンツにも登場しているのでしょうが)マッギョというポケット・モンスターです。
日本語としてこういう音の組合せも他にはないのです。
ギョというガ行の音の前ではマッと促音化しても発音しやすくならない(どころか逆に発音しにくいと僕は思います)し、逆に他の単語を見ると、ガ行の直前には撥音「ん」は来ても促音「っ」が来る例はないのです。
だから、これも気持ち悪い。
すいませんね、「気持ち悪い」ばっかり言っていて。
まあ、言葉は変わって行くもんですから、それを止めようなんて思ってはいません。年老いた世代が気持ち悪いものも、若い世代にとっては別に気持ち悪くも何ともないもんでしょうし…。
ただ、逆にね、たとえ自分にはあまり好きになれない言葉であっても、こういう言葉の変遷を見て行くと、いやいや却々面白いなと思うのです。
言葉って、ルールがあるようでないようで、しかも、その曖昧なルールも次第に変わって行くもので、そこが面白いということ──今回一番書きたかったのは実はそういうことなんです。
「なんだよ、そんなことが結論かよ」と絶句された方もあるかもしれませんが、あしからず。
(ね、「ぜつく」とは言わないでしょ?)
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