【story】2-5

「やっほーおじさん!」
「おじさんじゃない」

女子高生の制服を着た太陽は、僕の存在を完全になかったことにして、彼に駆け寄った。
対する彼は、苦虫を噛み潰したような顔をしている。

そうえいば、苦虫って何だろう。
よくわからないけれど、チョコレートの中に知らずにコーヒー豆が仕込まれていたら、そんな感じなのかもしれない。

目の前の状況が理解できなさすぎて、思考が明後日の方向に飛んでいく。
鬱になりかけた思考は、見事に一緒に飛んでいった。

「じゃあパパって呼ぶ?」
「それはもっとダメだ」
「あはは、だよねー!」

何が楽しいのかよくわからないが、とにかく彼女は楽しそうだった。
もちろん彼は嫌そうだが、もう何か諦めているようだった。

「それは師匠の入れ知恵か」
「うん、おじさんって言うと嫌そうだからって先生に言ったら、パパって呼んでみたらって」
「嫌がらせじゃねぇか」
「うん、あんまりいじめると可哀想だからお兄さんって呼ぶことにしといたよ」

じゃあはじめからそう呼んでくれ、と言う彼のため息は、今までで一番深かった。
それを満足そうに眺めた彼女は、一瞬だけ僕の方を見た。
何を判断したのかわからないが、さっと踵を返す。

「じゃ、今日はお母さんが差し入れ持ってくらしいから、先生によろしく〜」
「待て、それは…」

まるで返事を聞く気のない彼女の背は、夕日に照らされた人の間に消えた。
いつの間にか、人が増えてくる時間帯になっていたようだ。

2人の間に、静けさが戻る。

「…嵐のような人でしたね」

今にも舌打ちしそうな顔で額を押さえる彼に、素直な感想を伝える。
嵐というよりは突風だな、と微調整をしてくる彼の感覚は、どうなっているんだろうか。
確かに、すごく短い時間ではあった。

そして、その短い中で出てきた師匠とか先生とか呼ばれる人。
あの女子高生との関係性。
謎ばかりが増えている。

「あー…その、なんだ」
悩んだ挙句、とても言い辛そうに切り出されたのは。
「いろいろ教えるのは構わないから、とりあえず、うちで夕飯食っていかないか…」

まさかの夕飯のお誘いだった。


よろしければ応援ください。 糖分補給します。