【story】2-1

「なんだ、また来たのか」

変わらない声に、変わらない姿。
まったく興味がなさそうなその目線に、安心感を覚えてしまうのは自分だけなのだろうか。
妙に久しぶりに会うような気がした。

座ったままの彼に、缶を差し出す。

「この前のお返しです」

ココアをまじまじと眺めた彼は、缶を受け取りそっと自身の横に置いた。
律儀なやつだな、という呟きと共に、目線はすでにいつもの場所へ注がれていた。

気付かれないようそっとため息をついて、僕も彼の横に座った。
本当に、この人はまるで僕に興味がないようだ。

「1週間」

僕もまた、通行人になんとなく目を向けながら、呟いた。

「遅くなってすみません。
 あの後、熱が出て寝込んでいたんです」

反応はない。
たぶん聞いているのだろうとは思う。
しかし彼の様子をうかがうより先に、胸の中にもやっとした何かが生まれる。
ぐるぐると渦を巻き始めたそれに耐えるように、声を絞り出した。

「ココアって、万能じゃないんですね。
 毎日、死にそうなくらいつらかった」

吐き出した言葉に、自分の胸が痛む。
彼に言ってどうしろというのだ。
僕は一体…

「当たり前だ、ココアは薬じゃない」

間を置いて聞こえてきた声は、完全に呆れていた。
いつの間にか落ちていた目線を彼の方へ向けると、目が合った。

(何言ってるんだこいつは…)

もはや声に出すことも必要ないくらい、その目が、表情が、全身がそう言っていた。
しばらくそのまま思案した後、彼は面倒臭そうにため息をついて目線を外した。
そうだよな、そういうことだよな、とぼやきながら煙を吐き出している。


「俺の言い方が悪かった。
 鬱という気分の状態には若干軽減の効果が出るかもしれないが、重度の鬱に対して薬のような効果は期待できない。
 あと…」

選ぶように言葉を紡いでいた彼が、ふっとこちらを見た。

何の感情も入らない、ただまっすぐな目。
僕の目がそこに惹き込まれた瞬間、ぞく、と全身が拒絶の意を示した。

「俺は医者じゃない」

はっと目を逸らす。
それ以上、見ていられなかった。

僕は一体、彼に何を期待してしまっていたのだろう。

速まる心臓。
じわりと滲む汗。
息苦しい。

そう、彼が医者じゃないなんて当然のことだ。
医者には行っているし、薬ももらっている。
それなのに、何を期待していたんだろう。
わからない。
なんで、どうして、僕は、


「ほら飲め。もう返さなくていい」

結局、ココアは僕の手元に帰ってきた。

 

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