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太公望 呂尚

モンゴルの遊牧民ではありませんが、遊牧民つながりで、ここ数日で読んだ本の話。

宮城谷昌光の古代中国の小説が好きで、数年前に出会ってから、古本屋などを巡って、すべての作品を買い漁って読みました。

先日、我が家のトイレに置いてあるトイレカレンダーのうんちくで、「覆水盆に返らず」の逸話が紹介されていました。 

「覆水盆に返らず」の「盆」とは?
「覆水盆に返らず」という諺がある。一度離婚した夫婦の仲は再びもとに戻らない、一度やってしまったら、もう取り返しがつかないというたとえである。
 太公望の名で知られる周の呂尚は若いとき貧しかったので、妻に去られてしまった。のちに出世し、斉の国王になるち、もとの妻が復縁を求めた。すると呂尚は盆に入れた水をこぼして、「覆水盆に返らず」と妻に向かっていった。平たいお盆には水を入れたりはしないので、「覆水盆に返らず」の盆は、食器などをのせるお盆のことではない。諺の盆は、底の深い鉢のことなのだ。

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そういえば、宮城谷昌光の小説に「太公望」があったなぁ、久しぶりに読んでみるかなと思い、ページを読み進めると・・・。

あれ、ワンフレーズも記憶に蘇らない。登場人物が誰一人として思い出せない・・・。買い漁って、あとで読もうと思っていて、結局、読んでいなかったようです。こんなことってあるんですね。

読み始めると、とても面白く、1週間かけて文庫版3冊を楽しみながら読ませてもらいました。で、この「太公望」の中にも「覆水盆に返らず」のエピソードも書かれているのですが・・・。

太公望の結婚といえば、どうしても、
「覆水盆に返らず」
 の話にふれぬわけにはいかぬであろう。その逸話は、晋の時代に成立した『拾遺記』という志怪小説に採られたものである。
 およそ、こういう話である。
 太公望ははじめ馬氏の娘を娶った。かれは読書ばかりをしていて家事をおこなわなかったので、妻は離婚して去った。太公望が斉に封ぜられてから、先妻が再婚を求めにきた。すると太公望は水を一盆に取って地にかたむけて。
 「水を収めてみなさい」
 と、いった。その先妻は水をすくい取ろうとしたが、得たのは泥ばかりであった。そこで太公望はいった。
「いちど離れてまたいっしょになろうといっても、くつがえした水を収めることがむずかしいときまっているようなものだ」
 そのことはほかに、
「覆水は収めがたし」
 とか、
「覆水、収まらず」
 とかいわれる。いちどおこなったことは、とりかえしがつかないことをいう。その話は、家が貧しく、読書をこのみ、妻にあいそをつかされた漢の朱買臣(しゅばいしん)の逸話を換骨奪胎(かんこつだったい)したといわれるように、まったくのつくり話である。
 望(ぼう)が生きていた時代に、まず書物はなく、庶民で文字を読むことができる人はほとんどいなかった。さらに盆という水器が普及したのはおそらく戦国時代で、数百年もあとの器なのである。
 太公望の生涯を考えたとき、地を這うような身分の者が、一躍、東方の国主になったふしぎさがあり、ふしぎさに打たれた人がそういう話を産み出したといえよう。これもやはり、
「志怪」
 すなわち怪を志(しる)すひとつなのであろう。

「太公望(中)」宮城谷昌光 文春文庫

我が家のトイレカレンダー、雑学が身についていいのですが、時々、うそをぶっ込んでくるので、気をつけないといけません。
語源、由来は諸説あるので、注意しないといけません。(というか、中国の晋の時代の『拾遺記』という小説がいけないんですけどね。)

それはそれとして、宮城谷昌光の作品はどれもおすすめなので、ぜひ読んでみたください。

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