再びの森は、深く、寂しく。【交流企画:ガーデン・ドール】
それはまだ、ガーデンが学園祭で賑わっていた時のこと。
寮の自室で、ヤクノジは部屋の天井をぼんやりと眺めていた。
持っていたペンを指先でくるくるくるくると遊ばせながら。
「気のせい、じゃないような気がするんだよね……」
3月の終わりにワンズの森へ行った時に、不意に感じたもの。
もっと先に誘われているような、呼ばれているような。
自分が思っているだけ、とも言えるので気にする必要はないとしても、多少は気になるもので。
「君を抱えて行くわけにも行かなかったからね」
ちょこちょこと短い足で部屋を歩き回るモルモットののりまきにそんなことを言えば、自分のことかと言うように白い塊はプッとひと鳴きした。
何なら、箱庭にはまだまだ知らない場所が多い。
これを機に、あちこち出歩いてみるのもいいのかもしれない。
教育実習生のグロウと共に仕立て屋で見つけた緑色のコートをばさりと羽織り、肩掛けの鞄に荷物を詰め、外出の支度を進める。
日頃着用しているスーツも動きにくいわけではないが、汚してしまったあとの手入れが厄介だ。それならば汚れても手入れしやすい服がある方がいい。そう考えての服ではあったが、やはり持っていてよかったとこういう時に思う。
あれこれと肩掛けの鞄に詰めながら、恋人の顔が頭を過った。
「リラちゃん……誘ってみるかな……」
「ワンズの森、ですか?」
「そう。久しぶりに映写画を撮りに行きたくてさ。リラちゃんもどうかなって」
ヤクノジがそう誘えば、リラもそれを快諾した。
学園祭の屋台には「一日デートにつきお休み」の貼り紙をして、ピクニックデートの支度が始まる。
「センセー、ワンズの森に行く許可を。リラちゃんと二人分」
『申請を受理いたしました。
同行される方がいる場合も同様に許可を得たことになります。また、再度ワンズの森に入る場合は再申請をお願いいたします。』
「はあーい、行ってきます。センセー」
二人でワンズの森へと向かう。
センセーからの許可は取れたので、万が一深く分け入っても問題はない。
明確な目的地があるわけでもないが、このところ二人きりで出かけるタイミングもなかったので知らず浮足立ってしまう。
そんな幸福を噛み締めながら、ヤクノジはリラの隣を歩いていた。
「どこまで行こうか」
「どこまでも行けますよ」
言ってリラと笑い合い、手を繋ぐ。
穏やかな笑い声が、木々に跳ねて泡のように弾けた。
「あれ?何だこれ」
他愛ない話をしながら森を歩けば、崩れた石像を見つけた。
像の土台に名前はあるのに、足から先がごっそりとない像は寂しいというよりも痛ましい。
ほぼ足元しかない姿ではあるが、ヤクノジには少し見覚えがあった。
ただ確証が持てない。
それでもひとつ、胸に過るものがあった。
「隠す……ううん、見せしめみたいだ」
その姿に僅かでも見覚えがあったからこそ、寄り添う気持ちは湧いてくる。
「ワンズの森のワンズって、君のことだったんだね」
映写画を撮り、崩れた像をそっと撫でながら微笑む。
崩れて顔は見えないし、身体もかなり削れているけれど、名前を知れたことが嬉しかった。
そういえば、この箱庭にはもうひとつ誰かの名前を使ったらしい場所がある。ウィズ公園だ。
公園と言っても、何か華やかなものがあったり遊具があるというわけではない。
もしかすると何かがあったのかもしれない、だからこそ場所の名前がついているのかもしれない。
けれど、その全ては今のヤクノジは知らないし、他のドールも似たようなものなのではないだろうか。
「少なくとも、整備されてはいないよなあ……」
背の高い草木が無造作に生い茂っているのをかき分けて進むような場所が、公園と呼べるのだろうか。
思う所は色々あるが、別にこの場所が嫌いなわけではない。
(そういえば)
ふと思い出す。
シャロンが行方知れずになり沢山のドールが捜索に行った時。
発見されたのはウィズ公園だと聞いたことがあった。
(聞いたことがある、はちょっと違うな)
今のヤクノジがその報せを聞いたわけではない。情報としては知っているが、それを覚えていると言っていいのかは分からない。
それでも、以前の自分の記憶、知識のようなものがある。
覚えてはいないが知らないわけでもない。微妙な感覚だ。
とはいえ、ヤクノジとリラの関係の起こりはあの頃からになるのだろう。
あの出来事のおかげと言うのは少し違う気もするが。
まじまじとウィズの像を見ることは今までなかった。
マントを着けたハムスターの石像、これがウィズの像らしい。
ワンズの像と同じくウィズの像の映写画を撮影してから、リラにへらりと笑いかける。
「……そういえば、お腹空いちゃったね」
「歩きっぱなしでしたもんね」
ふふふ、と笑い合って、次の目的地を考える。
二人でお弁当を楽しむ場所を、探すのだ。
森に呼ばれているような気分は、リラと歩いている間に緩和されていった。
特に目的もない、散歩の延長のようなものであったが、それでも靄がかかったような状態から抜け出せたのは有難い。
「ねえ、学園祭の出店一緒に回らない?」
「いいですね、一緒に行きましょうか」
軽やかな声を響かせて、二人は明日の予定を語るのだった。
#ガーデン・ドール
#ガーデン・ドール作品
企画運営:トロメニカ・ブルブロさん
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