改めて、君をIする恋をする。【交流企画:ガーデン・ドール】
※交流企画「ガーデン・ドール」の最終ミッションを扱っておりますので、ご注意ください。
↓前作品
ぼんやりと意識が浮上して。
ああ、きっと。
やり遂げたんだろうと。
それだけを思った。
何をどうやり遂げたのかは分からないけれど。
頭の片隅、意識の遠いところで。
頭に流れてくる様々な情報の洪水の中で。
妙に満たされていて、泣きたくなる。
これ以上の幸せが、あるのか。
そんなことを思うくらいに。
不思議と、満たされていた。
「おはようございます」
抑揚があるんだか無いんだかはっきりしない声。
センセーの声。
その声に反応するには、まだ意思も意識も定まらない。
全部、全部が、解けて溶けてしまっていて。
自分の身体なのに、そうじゃないような。
強い眠気も身体の自由を奪っていく。
ぐずるように抵抗するように手足を動かすと、毛布の感触。
それをそのままぐしゃぐしゃと揉みくちゃにした。
薄目を開けると、寮の自室なのだと気付く。
差し込む光が眩しくて、思わず強く目を瞑った。
現状を把握したくても、その隙間を埋めようと様々な情報が身体中を駆け回って忙しい。
身体のどこにも痛みはないけれど、動くのが億劫で声の方に顔を向けるのがやっとだ。
そんな状態であるにも関わらず、センセーは話を続けた。
いつもと変わらない調子で、告げられるのは最終ミッションのこと。
やりきったらしい、最終ミッションのこと。
「最終ミッション達成おめでとうございます。
キミには四つの選択肢が与えられます。
一つ目は、惑星間移動プログラムの鍵でガーデンから卒業すること。
二つ目は、人格再形成プログラムで、キミが人格コアを奪った相手の人格を復元すること。
三つ目は、それ以外にキミが望むこと。
四つ目は、何も選ばないこと。
キミが希望する道を選んでください」
無味乾燥なセンセーからの通達。
それは何だ、どういうことだとひとつひとつに聞いてみたい気持ちはある。
けれど、今の状態では追及する気にも質問する気にもなれなかった。
それに、何も選ばないわけにはいかないのだ。
選択肢の中に、自分が選ぶべきものがあるのだから。
「……相手の人格を、復元して。リラちゃんでしょう?僕が飲んだコアの持ち主」
望むのは、リラとの繋がり。
少しばかり気になるものもあるけれど、それはそれ。
優先すべきは、愛する存在。
25日の約束の通りなら、自分が人格コアを奪った相手はリラだ。
「わかりました。リラの人格復元ですね。許可しましょう」
宙に浮いたタブレット端末から声がする。
センセーの平坦で温度もない音声がする。
それでは、とセンセーのタブレットが部屋を出ていく気配を感じながら。
緊張の糸が切れ、再びベッドに倒れこんで。
また一瞬、ヤクノジの意識は遠のいた。
再び、意識が浮上する。
今度は一度目の覚醒よりははっきりとしたもので、身体にまとわりつく不快な情報を振り切るのも簡単だった。
一瞬の油断で落ちた意識は、数時間の休息を与えてくれたらしい。
完全に夜の色に染まった自室の明かりを付けたところで、ヤクノジは確認すべき事柄を思い出した。
焦る気持ちのままに部屋を飛び出してしまいそうになるのをぐっと堪えて、手近なものからひとつひとつ確認する。
先ずは日付。
端末には3月27日と表示されている。
3月27日。
思わず直近の記憶を引きずり出す。
生春巻きのサラダ。
コーヒーゼリー。
部屋で編み物。
リラちゃん。
けれどそれは、25日のこと。
「俺のコアを、もらってくれないか」
そう言ったのも、同じ日のこと。
俺。
俺?
まだ頭がはっきりとはしないが、26日の記憶がすっぽりと抜けているのは分かる。
ぐっすり眠ったからか、身体に違和感は何一つなく。制服には染みひとつなかった。
思考は全く追いついてはいなかったが、ベッドサイドにはいつだったか自分がカスタムした素敵なもの……ナイフが一振り転がっている。
「これはいいんだ?」
ベッドサイドには、他にもノートがあった。
日記をつける習慣はないくせに、何かを予期したような書き殴り。
それに目を通して、ヤクノジはううんと唸った。
「俺……?」
『俺』が書いた、
『ヤクノジ』が書いた、
『ヤクノジ』に宛てた、
『僕』への手記。
『この記録を見る「俺」へ。
俺のままなのか、もっと別の何かになっているかは分からない。
とにかく、今これを見ている「ヤクノジ」に。
別に俺に似せることも、自分を偽る必要もない。
多くが変わっても土台は変わらないだろうから。
俺が決めたことを知らないとしても。
そこに何も思わなくても。
それでいい。
俺は欠けたものよりも欲しいものを手に入れる。
明け渡したいものを明け渡す』
25日までの記憶は持っている。
それでも、上手く言えないこの感じは。
「やっぱり……もしかしたら、そういうことなのかなあ」
この記憶は、自分のものなんだろうけど少し違う。
そういうことなのかもしれない。
「……そうだね。うん……そういうことなんだろうね。やりきったんだね」
黒いペンで書かれた、お世辞にも綺麗とは言えない字を指で撫でながら。笑みが零れる。
「物語の王子様みたいだ」
代わりに僕を置いて。
僕もヤクノジだけど。
俺はどこかに行って。
俺はどこかに消えて。
代わりに僕を置いて。
「ふふ……ずるいなあ」
そんな「自分」を自分でも嫌いになれない。
自分もまた、同じヤクノジなのだから。
とん、とん、とん。
階段を一段飛ばしで、リズムよく降りる。
少し行儀が悪いかもしれないけれど、これくらいはいいだろう。
そのまま、残りの三段をジャンプして一気に降りた。
自分がこうなっているのなら、リラはどうなっているのか。
人格復元を頼んだが、復元できない状態というのもあるかもしれない。
選択肢の中には卒業というものもあった。
卒業。どういうことなんだろう。
そんなことを考えながら、リラの部屋の前に辿り着く。
「……リラちゃん」
ドアは鍵がかかっていなかった。かちゃりと扉を開けると、ベッドに座ったリラが窓の外を見ている。
「………ヤクノジ、さんですか?」
「うん。えーっと……僕も、ヤクノジ……ってことになるのかな?」
「…あぁ……私の、せいですね…」
「……そうじゃないよ」
その一言に、首を振る。
「私が…私とあの子が……我儘を選んでしまったから…」
「………助けたかったんです、あの子を…あの子が想っているドールを…」
今にも泣きそうなリラの両手をきゅっと包むように握って、ヤクノジは微笑む。
穏やかに、微笑む。
「……リラちゃんが、どうにか叶えたいってことだったなら。僕はそれを誇るよ。大好きなリラちゃんが選び取ったことだから」
そう告げれば、リラの瞳が一層潤む。
大きい瞳から、今にも涙が零れそうで。
それでも、リラは言葉をくれる。
「…ただ、どんなに変わってしまったとしても、心は変わらない」
「前のヤクノジさんも、今のヤクノジさんも変わりません」
「……見た目が変わろうと、性格が変わろうと、大事なところは、一切変わらない」
「…優しくて…かっこよくて…誰かを守って…支えようとしてくれる」
リラの言葉が重ねられるのを聞きながら、段々と頬が朱に染まっていくのを感じる。
こんなにきらきらとした感情を、好意を惜しみなく向けてくれる存在が他にいるだろうか。
「へなちょこになったっていいです。嫌なことから目を背けてもいいです」
「………どんなに貴方が変わってしまっても、私に愛を…この気持ちを教えてくれた貴方を」
「愛しています」
「……ありがとう」
リラの選択が、人格の復元ではなかったことくらい今のヤクノジにも察することが出来る。
だから、それを後悔させたくはない。
誇ってもらうために、今のヤクノジはいるのだ。
真っ直ぐな言葉を向けてくれたリラの唇に、自分の唇をそっと重ねる。
自分で約束したことだとしても、なんて恥ずかしいことを約束したのか。
唇が軽く重なっただけでも緊張でいっぱいいっぱいになり、ヤクノジはすぐに距離を取った。
「25日の約束……駄目だったかな?」
こてんと赤い顔で首を傾げる。
むず痒さや愛おしさ、幸福で言葉ひとつ上手く出せない自分。
それでも、これからリラと歩んでいくのは自分なのだ。
せめて隣にいられるようにしないといけないのだが。
「ああ、恥ずかしい。僕……キザだよねえ、それとも……いっぱいいっぱいだったのかな」
思わず笑いだす。
身体の緊張も抜けてしまって、へなへなと座り込んでしまう。
こんなにカッコつかないのに、リラはにこにこと笑ってくれた。
「ふふ…いっぱいいっぱいでも…いいんです、………そんなあなたを、私は誰よりも愛しています」
ああ、きっと。
これで良かったのだ。
分からないことだらけだけど。
これで良かったのだ。
うん、大丈夫。
「これからもよろしくね、リラちゃん」
「はい、ふふ…よろしくお願いします」
さあ、恋を始めよう。
ワガママを許し合った二人で。
ワガママを隠し合った二人で。
罪を与え合って。
自分を預け合って。
それでもそれを幸せとした。
思い出したことも、知らなければ良かったと思うことも、今はあるけれど。
ガーデンの記憶も、自分たちの存在も、何もかも疑いたくなるけれど。
自分達は、自分以上に手に入れたいお互いをこうして手に入れた。
これでいい。
周りからそう見えなくとも。
これでいい。
それさえ無意味だとしても。
自分とリラが選び取った選択を、ヤクノジは誇る。
駆け抜けた「俺」も、これからの「僕」も。
さあ、今度こそ恋を始めよう。
#ガーデン・ドール
#ガーデン・ドール作品
企画運営:トロメニカ・ブルブロさん
special thanks:大猩猩ゾン子さん
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