ヤクノジくんとなぞの板【交流企画:ガーデン・ドール】
ヤクノジは途方に暮れていた。
煌煌魔機構獣との戦いが終わった朝、部屋のポストに何か届けられていたのだ。
それは手のひらくらいの大きさの板で、重いというわけでもない。
板には「仮想体-A」と書かれている。
仮想体。
かそうたい。
そこまでは読める。
が、そのあとの記号はヤクノジには読めない。
思い起こせば、自身が持っているマギアレリックにも頭や末尾に何かしらの記号がついていることがあった。
もしかしたら、そうしたものの一種なのかもしれないと当たりをつけて、ヤクノジの興味は板そのものへ向いた。
仮想体。
ヤクノジはそう呼ばれるもののいくつかを知っている。
魔機構獣対策本部の仮想戦闘では過去に戦ったマギアビーストの一部と戦うことが出来るのだが、中には仮想戦闘でしか戦えない存在もいる。
自分の知る限り彼らは人型で、それぞれに桁外れの強さを持つ存在だ。
彼らにも何かの記号がついていたが、名前が仮想体というのは共通していたはずだ。
恐らく、これもそれに関するものなのだろうが。
「でも、板なんだよねえ……」
ヤクノジが手にしているのは紛うことなく板である。
そしてこれが報酬とは。
一体どういうことなのか。
仮想体が報酬になるのか。
ただの板として飾るわけにもいかず、ヤクノジは何処かのろのろと自室から出て行った。
着いたのは職員室の前。
何となく、質問をするならば職員室だろうという気分になったのだ。
「センセー。ヤクノジです、少し質問いいですか?」
与えられた報酬に困惑が抜けないまま、職員室のドアをノックした。
「はい。何でしょうか」
センセーの無機質な返答を聞いて、ヤクノジは職員室のドアを開けた。
自分の元へふよふよと浮いて近寄ってくる一台の端末に、ふと思考が巡る。
ドールの中にはあまりこの端末を好ましく思っていないドールもいるようだが、ヤクノジはそうでもない。
時折ドール達の行動を制限するので、それについて恐怖や怒りを覚えたことはある。が、過度に警戒する気にはなれなかった。
何故だろうかと思って考えたが、センセーにも何らかの事情があるかもしれないというのが一番にある。
敵意を向けるとするならば、それはもっと違う存在。
そんな予感のようなものが、ヤクノジにはずっとある。
そこまで考え、その思考を一度脳内の隅に追いやってから本題へと入ることにした。
ヤクノジは手にしていた板をセンセーの端末に見せる。
「朝、こんなモノがポストに入っていて……センセーなら何か分かるかなって。……センセー、この……仮想体、のあとに書いてある記号?は何か読み方があるんですか?」
質問をしながら、ふともうひとつの疑問が湧いて立て続けに問いかけてしまった。
この程度で混乱するようなものではないとしても、少し無作法だったかと口に出してから反省する。
「それはエー、と読みます」
淡々とした口調だが、Aの読み方は教えてくれる。
それにヤクノジが表情を明るくさせたのも束の間、「その板については知りません」と返答は続いた。
「……これでエーって読むのか……ありがとうございます」
ふむふむ、とAの文字を指で触りながら自分でも発音してみる。なんであれ知識が増えるのは少し楽しいものだ。
しかし、センセーも知らないとなると困ってしまう。これは素直に対策本部に行くべきか。ヤクノジがううむと考え込んでいると、センセーは自分の役割は終わったらしいとその場を去ってしまった。
「センセーでも知らないかあ……他に誰か知ってそうなのは……。仮想体って書いてあるし、本部さんに聞きに行くのがいいのかな…………仮想体……って言っても……なんで僕のところに……」
謎の板を改めてしげしげと眺め、ヤクノジはうんうんと唸る。
煌煌魔機構獣の討伐から日が経っておらず、まだそのショックから抜けられない頭では、なかなか思考がまとまらない。
その時。
ガラッと職員室の扉が勢い良く開いた。
「ヤクノジさん、なにかお困りの様子なのです?」
現れたのは新任の人型教師AI、アルゴである。
ドールよりも少し小さな身体にぶかぶかのスーツを身に纏った彼の動きに合わせて、淡いピンク色をした帽子のリボンがはためいた。
正直なところ、ヤクノジはまだアルゴという存在を受け入れきれないでいる。
先日、校内に響いた放送でグロウに対して悪い感情を持っていないことが分かっていても、視界に入る濃いグレーのスーツは心の傷を刺激してしまうのだ。
彼が着ているのは、どう見てもグロウが着ていたスーツと同じもの。
今はもういない、教育実習生のグロウの着ていたスーツと同じもの。
敵視する存在ではないというのは分かっているし、彼から悪意は見えないのでヤクノジも出来るだけ普段通りに接している。
考え事をしていたところに響いたアルゴの声に、ヤクノジの肩がびくりと跳ねた。
「!?…うわあびっくりした、アルゴ先生か……。こんにちは。そうなんです、僕の部屋に届けられた謎の板についてちょっと」
ヤクノジが仮想体と書かれた板をアルゴに見せると、アルゴも首を傾げる。
「仮想体A……オレちゃんも見たことないものなのです。でも仮想体ってことは、仮想戦闘に関係あるものじゃないですか?知らんけど、なのです」
「知らんけど、って……僕も仮想戦闘で、いくつかの仮想体と戦ったことはあるんです。だから余計に、こんな板がポストに入れられてたのが分からなくて。……やっぱり対策本部で聞くのが一番なのかなあ……」
アルゴの返答にがくりと脱力してしまうが、緊張は解けて笑みが零れる。
色々と真剣になり過ぎていた頭には、アルゴの軽い口調が丁度良かったようだ。
「なーんでヤクノジさんのところに来たのかは謎なのです……とにかく、本部さんに聞いてみるのが良いと思いますなのです!ついでに仮想戦闘もやってきたらどうですか?なのです」
「ですよねえ……何でなんだろ。マギアビーストにしても、仮想体にしても一番知ってそうなのは本部さんだもんね。もののついでにするには勇気がいるけど……うん、これも何かの縁だろうし、そうします」
アルゴの疑問はヤクノジがずっと抱えているものだった。
何故ヤクノジなのか。
それが運や確率、抽選の話ならばまあそういうことなのだろうと飲み込めるが、まだ煌煌魔機構獣との戦いでついた心の傷が癒えていない身には辛いものがある。
「厳正なる審査により」と通知には書かれていたので、運だけではないようだ。
理由や意図と呼ばれるものが全くないということではないらしい。
……誰の意図かは分からないが。
勇気がいる、というヤクノジの言葉にアルゴは不思議そうな顔をした。
「仮想戦闘するのに勇気いるんですか?なのです。仮想なんだから遠慮せずボコボコにすれば良いと思いますなのですよ!」
「仮想戦闘……仮想体って、マギアビーストとはまた違う強さがあるから、慣れないんです。……戦いに慣れる、っていうのが良くないかもしれないんですけど……」
仮想であれ、それは戦闘であるとヤクノジは考えてしまう。
なのでどんな相手であれ油断は出来ないし、油断するものではないと。
特に過去に現れたマギアビーストではない、人型の仮想体は仮想とはいえ脅威だ。
慣れることも、油断もしたくない。
「それで、対策本部には1人で行くんですか、なのです。それとも〜……リラさん誘うんですか?なのです」
にまにまと笑みを浮かべるアルゴはヤクノジとリラの関係性を既に知っているようで、見透かすような視線が刺さる。
じんわりと顔が赤くなるのを自覚しつつ、ヤクノジは慌てて言葉を探した。
リラとの関係性を隠していないが、周りから刺激されるのは未だに慣れない。
スマートに受け流すことも、笑顔で言い返すことも難しいし、慣れる日は来ない気がする。
「えっ、あ……えーっと……その……分かんない、です。この板のことも話してなかったから……」
顔を赤らめるヤクノジを見て笑みを深めながら肘でつんつんと小突き、楽しそうに笑うアルゴには勝てそうにない。
「え〜?水臭いなのですよ〜!オレちゃんに構わず、リラさんのところに今すぐ走って行くべしなのです!」
「え、え~……で、でもそうですね。一人で行くのもちょっと不安だし、リラちゃん誘ってみます。じゃあ、アルゴ先生また今度!」
アルゴに背中を押され、その勢いにたたらを踏む。
強い力ではないものの、アルゴの勢いには何となく負けてしまう。
きっと、自分には無い部分だからだろう。
そして多分、それがヤクノジにとってアルゴを敵視しない理由のひとつ。
己の感情、思考のままに。
裏表のない在り方が、少し心地いいのだ。
背中を叩かれたと同時に転がり出た自分の願望を口に出すと、体勢を整えるついでにアルゴに手を振り寮の方へと駆け出した。
自分一人で考えてしまうと、どうしても後ろ向きになりがちだ。
だから会いに行く。
抱えるものを押し付けるわけではなく、傍らにいて欲しいだけ。
だから共に行こう。
ただ、それだけ。
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企画運営:トロメニカ・ブルブロさん
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